血糖値・血圧・体液の調節|調節する(4)

解剖生理が苦手なナースのための解説書『解剖生理をおもしろく学ぶ』より
今回は、神経伝達物質・ホルモンについてのお話の4回目です。

 

[前回の内容]

標的細胞を刺激するホルモン|調節する(3)

 

解剖生理学の面白さを知るため、身体を冒険中のナスカ。細胞膜に存在する受容体を持つ細胞(標的細胞)を刺激するホルモンについて知りました。

 

今回は、神経系ホルモンと内分泌系ホルモンによる血糖値血圧、体液を調節する仕組みの世界を探検することに……。

 

増田敦子
了徳寺大学医学教育センター教授

 

神経系と内分泌系は多くの場合、単独ではなく、お互いに並行して機能しています

 

バラバラではなく、一緒に働いているんですか?

 

そうよ。その目的はからだのホメオスタシスを維持すること。その具体例を、いくつか紹介しましょう

 

血糖値の調節

神経系ホルモンと内分泌系ホルモンによる調節が機能する代表例に、血糖値の調節があります。正常な場合、血糖値は80~100mg/dLに維持されています。血糖値がこの範囲を大きく下まわった場合、身体は緊急事態発生という赤信号を発し、神経系と内分泌系の2つのルートを使って、血糖値をなんとかもとの範囲に戻そうとします。

 

血糖値が異常に低下するとまず、間の視床下部にある特定の中枢(血糖値の変化に反応する)が興奮し、その興奮が交感神経と下垂体に伝わります。交感神経の興奮は副腎髄質を刺激し、そこからアドレナリンが分泌されます。アドレナリンは蓄えられているグリコーゲンをグルコースに分解するよう肝臓に働きかけ、血糖値の低下を抑えます。

 

ただし、これは応急処置のようなものなの。グリコーゲンの貯蔵量にはおのずと限界があり、持続的な効果は期待できません。

 

神経系が「蓄えた糖を放出しろ」と働きかける一方で、内分泌系は、「新たに糖をつくれ」という指令を出します。副腎皮質から分泌される糖質コルチコイドは、脂肪やタンパク質を分解させ、肝臓に働きかけて、分解産物であるアミノ酸やグリセロールをグルコースに作り替えるよう指示します(図1)。

 

こうして糖を新たに作り出すことで、持続的な血糖補給が可能になるのです。

 

図1血糖値の調節(低血糖の場合)

 

血糖値の調節(低血糖の場合)

 

脂肪やタンパク質から糖を作り出すことを、糖新生といいます。これも、肝臓の機能の1つね

 

血糖値が正常より低くなってしまった場合の反応はわかりましたが、血糖値が異常に高くなった場合は、どうやって調節するんでしょうか?

 

うーん。そこが、弱点よねぇ

 

弱点?

 

私たちの身体はどうも、血糖値が高くなりすぎた場合をあまり想定していなかったようなの。その昔、人間にとっても、食べ物とはもともと、いつ手に入れられるともわからない、不確かなものだったでしょう。だから、身体にとって、血糖値が下がって困ることはしょっちゅうあったの。でも、上がりすぎて困ることは想定外だったのよ

 

なるほど。じゃあ、上がりすぎた血糖値を下げる手段はないんですか?

 

いいえ、あることにはあります。血糖値を下げるのは、膵臓のランゲルハンス島から分泌されるインスリンだけ。インスリンは、細胞による糖の取り込みを促進することで、血糖値が上がりすぎるのを防いでくれています

 

 

血圧の調節

交通事故に遭い、大量出血で血圧が急速に低下し、命の危険にさらされている患者さんがいる、と仮定しましょう。

 

こんな場合、生体内ではまず、神経系ルートが血圧を上げようと働きます。

 

血圧の低下をキャッチする受容器は、大動脈弓と頚動脈洞、腎臓にあります。大動脈弓は全身に血液を送る最初のポイントであり、頚動脈洞は脳に血液を送るポイント、腎臓は先にも説明したように、血圧とは切っても切れない関係にある臓器です。

 

大動脈弓と頚動脈洞でキャッチされた「血圧低下」のSOSはまず、延髄へ送られます。延髄は交感神経を興奮させ、心臓の収縮力を高めて拍動を増やします。同時に、脳や心臓へ優先的に血液が流れるよう、手足など末端の血管を収縮させます。交感神経はさらに、副腎髄質を刺激し、アドレナリンと少量のノルアドレナリンを分泌させます。これらの情報伝達物質は、血管に作用して細動脈を収縮させます。

 

しかし、これはあくまで緊急処置に過ぎません。持続的に血圧の低下を防ぐには、ホルモンによる指令が必要になってきます(図2)。

 

図2血圧調節にかかわるホルモン

 

血圧調節にかかわるホルモン

 

ホルモンが働きかけるのは腎臓です。腎臓の受容器が血圧低下をキャッチするとまず、糸球体近くの細胞からレニンというタンパク質分解酵素が分泌されます。レニンは、血液中に待機していたアンジオテンシノゲンという物質をアンジオテンシンⅠに変化させます。アンジオテンシンⅠは、次にアンジオテンシンⅡに変化し、それが末梢血管を収縮させます。

 

アンジオテンシンⅡは同時に、副腎皮質を刺激し、アルドステロンの分泌も促します。アルドステロンは、腎臓におけるナトリウムの再吸収を促すホルモンです。

 

血圧を上昇させるのに、どうしてナトリウムを再吸収する必要があるのか、と思うかもしれません。思い出してほしいのは、ナトリウムには水を引きつける力がある、ということです。ナトリウムを再吸収するということはすなわち、水分を再吸収すること。水分を再吸収するということは、血管を流れる血漿の量を増やすことにつながります。

 

血圧は血管の抵抗と血液の量に比例します。したがって血液の量が増えれば、血圧も上がります。ナトリウムの再吸収を促すのは、血液量を増やすと同時に、血圧を維持するためでもあります。

 

 

血糖値と血圧について説明したけれど、調節しなければならないものは、まだまだたくさんあるの

 

まだあるんですか?

 

たとえば体液。体液には何が含まれているんだっけ?

 

えーと、水分とタンパク質、それといくつかの電解質ですよね

 

そう、その組成と比率が大事なのよ

 

体液を調節する腎臓の働き

排出器官としての印象が強い腎臓ですが、その機能の本質はむしろ、体液を調節することにあります。体液の量、組成、pH、浸透圧、すべてを一定に保つホメオスタシスこそ、腎機能の本質なのです。

 

細胞にとっての環境は、細胞外液だとお話しました。腎臓はこの細胞外液の量と組成、とくに電解質を調節する大事な器官です。

 

細胞外液の量や電解質の濃度は、体内に張り巡らされたさまざまなセンサーでモニタリングされています。センサーからの情報をキャッチするのは脳の視床下部です。

 

大量の汗をかいたにもかかわらず、長時間水分をとらなかったりすると、細胞外液の電解質濃度は急上昇し、血液の浸透圧も上がってしまいます。脳の視床下部がそれをキャッチすると、視床下部から下垂体後葉へ抗利尿ホルモンバソプレッシン:ADH)を分泌するよう、指令が出ます。抗利尿ホルモンは尿細管に働き、水の再吸収を増やすホルモンですから、水分をなるべく体内に留め、尿を少なくする働きがあります(図3)。

 

図3体液量の調節

 

体液量の調節

 

浸透圧が過剰に低下した場合も流れは同じです。脳の視床下部がそれをキャッチし、今度は反対に、抗利尿ホルモンの分泌を抑えます。

 

腎臓の糸球体が1日に150L近くの血液をろ過しているにもかかわらず、なぜ、そのほとんどを再吸収しているのか。おそらく、その理由もこの体液の調節機能と関係があります。

 

ろ過した原尿をそのまま排出すれば、たしかに効率はいいでしょうが、調整の幅はぐっと狭くなります。いったん大雑把にザルでこしておいて、後から必要なモノだけを取り出すほうが、水や電解質の調節幅を大きくできるのです。

 

尿素の濃度が正常の10倍になったとしても、すぐに命にかかわるというわけではありません。むしろ、危険なのは電解質濃度が調節されないことなの

 

どういうことですか?

 

たとえば、体液のナトリウムイオンがほんの10%でも急速に低下してしまったら、意識をなくすことだってあるのよ

 

そんなに少しで、ですか?

 

細胞外液のカリウムイオンはとても低く調節されていて、正常でも4mEq/L。これが倍の濃度になるだけで、重篤な不整脈になり、命を落とす危険すらあります

 

電解質の乱れは命にかかわる、覚えておかなくちゃ

 

コラム腎臓のその他の働き

腎臓には、造血ホルモンであるエリスロポエチンや骨を丈夫にする活性型ビタミンDをつくる機能もあります。腎機能が障害を受けるとエリスロポエチンもあまりつくられなくなり、貧血になります。腎不全患者に貧血が多いのはこのためです(腎性貧血は人工的なエリスロポエチンの注射で治療可能です)。

 

ビタミンDは体内に入り、肝臓と腎臓で活性型に変化して初めて、その効果を発揮します。したがって、肝臓や腎臓の機能が弱まると、どんなにビタミンDを摂取しても、その効果が発揮されなくなってしまいます。

 

活性型ビタミンDは、腸管からのカルシウムの吸収を促進し、骨を丈夫にします。活性型ビタミンDが欠乏すると、くる病となり骨がもろくなります。

 

血圧を上昇させるレニンは、エリスロポエチンとは違い、腎機能低下の影響をあまり受けません。しかし、腎動脈が動脈硬化などの原因で細くなると、血圧自体は正常なのに腎血流量が減少し、レニンが分泌されてしまうことがあります。これが理由で起こる高血圧を、腎血管性高血圧とよびます。

 

高血圧は糖尿病脂質異常症とともに生活習慣病で最も頻度の多い病気です。心筋梗塞などの心臓病や脳出血、脳梗塞などの脳卒中も高血圧と関連があります。高血圧は腎臓に大きな負担をかけるので、放置すると腎臓に原疾患がなくても腎硬化症などを引き起こし、腎不全になる場合があります。

 

コラムホルモンの不足・過剰と機能障害

ホルモンには、局所的に作用するものと全身に作用するものがあります。下垂体でつくられる甲状腺刺激ホルモンは甲状腺にだけ作用しますが、甲状腺でつくられる甲状腺ホルモンは、全身の細胞に作用して細胞の成長を調節し、心拍数を制御し、エネルギー燃焼速度に影響を与えます。また、膵臓のランゲルハンス島でのインスリンも全身に作用し、代謝をコントロールします。

 

このように、ホルモンは全身の機能を調節するのに欠かせない役割を担っているため、それがなんらかの理由でつくられなくなったり、分泌されなかったりすると、全身のいたるところに機能障害を引き起こします。

 

たとえば、成長期に下垂体前葉から分泌される成長ホルモンの量が少ないと背が十分に伸びず、小人症となります。成長ホルモンはペプチドホルモンの一種であり、それを構成するアミノ酸もわかっています。したがって、早期に成長ホルモンを注射すれば、発育不良は未然に防げます。

 

反対に、成長期に成長ホルモンが過剰に分泌されてしまうと巨人症となります。さらに、大人になって骨の成長が止まってしまってから成長ホルモンが過剰に分泌されると、末端肥大症を起こします。末端肥大症のおもな原因は、下垂体にできた良性腫瘍です。腫瘍化した細胞ではホルモンが大量につくられ、骨が長軸方向に成長する骨端部は閉鎖しているため、行き場のないホルモンが先端部分に集中し、そこだけが突出して肥大化します。この場合、手術で下垂体の腫瘍を摘出する治療が一般的です。また、下垂体にかぎらず分泌腺細胞が腫瘍化すると、同様の分泌過剰が起き、さまざまな症状を引き起こします。

 

コラムスポーツにおけるドーピングとホルモン

ホルモンはスポーツと関係が深い物質です。スポーツ選手が薬物などの不正な手段により競技成績を上げようとする行為をドーピングといいます。

 

ニュースなどでよくにするのは、タンパク同化ステロイド(摂取したタンパクを筋肉に変える作用がある)を使ったドーピングです。

 

オリンピックなど国際競技大会ではこれまで、選手の尿を検査することでドーピングを検査してきました。国や宗教によっては、採血行為に抵抗があったからです。ところが近年、エリスロポエチンを使用する例が増えてきたため、検尿に加えて血液検査も実施するようになりました。

 

腎臓でつくられるエリスロポエチンは、骨髄における赤血球の生産を促して、酸素供給能力を高めます。このホルモンを合成した薬物は本来、貧血などの治療で使用します。しかし、競技の数週間前から注射すると、赤血球が増え、競技時の酸素摂取量の増大から持久力を高めることもできます。

 

ちなみに、高地(酸素濃度の低い環境)でトレーニングすると、腎臓から大量のエリスロポエチンが分泌され、赤血球が増加し、酸素運搬効率が上がります。これがマラソンランナーが高地トレーニングする理由なのです。

 

[次回]

体温の調節|調節する(5)

 

 


本記事は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。

 

[出典] 『解剖生理をおもしろく学ぶ 』 (編著)増田敦子/2015年1月刊行/ サイオ出版

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