免疫反応の流れ|守る(4)

解剖生理が苦手なナースのための解説書『解剖生理をおもしろく学ぶ』より
今回は、免疫についてのお話の3回目です。

 

[前回の内容]

リンパ球と抗体|守る(3)

 

解剖生理学の面白さを知るため、リンパ球と抗体について知りました。

 

今回は免疫反応の流れの世界を探検することに……。

 

増田敦子
了徳寺大学医学教育センター教授

 

免疫反応の流れ

免疫反応の流れについておさらいしてみましょう(図1)。

 

図1抗原提示からT細胞、形質細胞への流れ

 

抗原提示からT細胞、形質細胞への流れ

 

病原体などの異物が体内に侵入した場合、最初に攻撃を仕掛けるのは歩兵隊にあたる好中球マクロファージ(単球)でした。好中球もマクロファージも、細菌などをとらえて食べる細胞であり、敵とみればなんでも食べてしまうのが、大きな特徴です。

 

このうち、好中球の寿命は短く、ある程度食べてしまうと、限界がやってきて自滅していきます。その後を引き受けるのがマクロファージで、彼らは前線で好中球と一緒になって異物を食べ続けますが、その食作用は好中球よりずっと長持ちします。

 

マクロファージはまた、重要な別の役割も負っています。敵をその触手でとらえ食べつくした後、細胞表面にさらなる応援を頼むための旗印を立てるのです。これを、抗原提示といいます。

 

抗原提示とは、「ここに敵がいるぞ」とほかの細胞に知らせる仕組みです。これが、その後の免疫反応につながっていくわけです。

 

マクロファージが立てた旗に気づくと、今度はT細胞が動き出します。最初に動くのは、作戦参謀役のヘルパーT細胞です。ヘルパーT細胞はマクロファージと結合し、作戦指令書を配ります。作戦司令書とは、サイトカインと総称される情報伝達物質の一種で、ほかのT細胞やB細胞は、この作戦指令書を受け取ることで動き出し、マクロファージを助けます。

 

次に、この作戦指令を受けて最強軍団のキラーT細胞が動き出し、その他多くのマクロファージも前線に集まってきます。キラーT細胞に「攻撃しろ」と指令を出すのはヘルパーT細胞。ヘルパーT細胞は同時に、敵に対して最も効果的な武器(抗体)を生産するB細胞を選び出し、抗体をつくらせます。

 

闘いが長期化すると、身体のダメージも大きくなります。派手に攻撃しすぎると、自分の陣地(正常な細胞)までだめにしてしまったり、アレルギー反応を起こしたりすることもあるからです。

 

だから、私たちの身体には、適当なところで闘いを終わらせる仕組みも、ちゃんと備わっています。その抑制役を担うのが、サプレッサーT細胞です。

 

サプレッサーT細胞は、闘いの状況を冷静にみつめ、抗体の生産状況を常に監視し、攻撃し過ぎないようにしています。

 

ここまで、私たちのもつ免疫機構が自己と非自己を区別して、身体を守る仕組みをお話ししました。でも、まだ1つ大きな疑問が残っているの。気づいてた?

 

なんだろう。だいたいわかったような気がしましたけれど……

 

いいえ、大事なことを1つ、説明し忘れていたの。それは、免疫細胞がいったいどうやって、自己と非自己を見分けているのか、っていうこと

 

うーん、いわれてみれば、謎ですね

 

細胞が持つ「私」という刻印

私たちの身体を構成している60兆個の細胞すべてには、「自分」を証明する、刻印のようなものが押されています。白血球などの免疫細胞は、この刻印によって「自己」と「非自己」を区別しています。

 

生物が「自己」を認識する遺伝子は、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)とよばれています。人間の場合はヒト白血球抗原(HLA)とよばれます。輸血の際に、ABO血液型やRh血液型が合致してもなお副作用が現れることがあり、HLAはそれがきっかけで発見されました。

 

HLAは染色体のある場所に固まって存在し、「自己」と「非自己」を区別する基準となっています。ところが、たまにある種の製造ミスで、この刻印が違ってしまうことがあります。さらに、もともとは「自己」の刻印をもった細胞でも、がんウイルスにおかされると、その刻印を見分けることができなくなってしまいます。このような場合、すかさずキラーT細胞がやってきて、間違った刻印のある細胞を殺してしまいます。

 

白血病と免疫の関係

白血病血液のがんといわれています。白血病の場合、検査結果が好転し、自覚・他覚症状がほとんど消失しても、完治という言葉を使いません。白血病では完治にあたる状態を、あえて寛解(かんかい)とよんでいます。治らない病気ではありませんが、より完治した状態に近づけるためには、骨髄移植造血幹細胞移植)をするしかありません(図2)。

 

図2骨髄移植

 

骨髄移植

 

骨髄移植では、がん化した自分の骨髄を徹底的に空っぽにし、そこに正常な骨髄細胞を注入します。この場合、注入される骨髄細胞は誰のものでもいいわけではありません。ドナー(骨髄の提供者)とレシピエント(患者)のHLAが一致していることが絶対条件となります。

 

最後に、血液型と輸血についてもお話しておきます。輸血も、実は他人の血液細胞をもらうわけですから、臓器移植と一緒。下手をすると免疫反応が現れて、命を落とすこともあるのよ

 

輸血された血液を「他人のもの」と判断して、排除しようとしてしまうんですね

 

そうなの。こうした反応は拒絶反応といわれていて、臓器移植などでは、この拒絶反応を抑えることが移植成功の鍵を握ります

 

血液型が発見されるまで

A型、B型、O型、AB型といえば、いまでは小学生でも知っている血液型のタイプですが、その違いが明らかになったのは、1900年代になってからです。それ以前は、血液型の違いは認識されることなく、それによって多くの人命が失われてもいました。

 

治療目的で輸血が行われるようになったのは、イギリスの医学者、ウィリアム・ハーヴェイ(William Harvey、1578~1657)が血液循環説を唱えた1628年直後からです。最初に輸血による治療を行ったのは、フランスのルイ14世の侍医だったジャン・バティスト・ドニ(J.B.Denis)。彼は、貧血の青年に半パイント(約225ミリリットル)の子羊の血液を輸血し、青年は一時的には顕著な回復をみせました。しかし、その後も輸血を続けると、青年は亡くなってしまい、ドニは殺人者として裁判にかけられます。

 

結局、ドニは無罪になるのですが、これをきっかけに「輸血は危険である」との認識が広まり、輸血による治療はしばらく、行われなくなりました。

 

再び輸血が試みられるようになったのは、19世紀に入ってからのこと。1818年、イギリスの産婦人科医であったジェームズ・ブランデル(J.blundell)が、出産時の失血で瀕死の妊婦に輸血をし、その成功が世界に広まりました。

 

しかし、その後も受血者の死亡は後を絶たず、輸血が治療方法として確立されるには、1901年、オーストラリアの医師、カール・ラントシュタイナー(Karl Landsteiner、1868~1943)によるABO式血液型の発表を待たなければなりませんでした。

 

輸血の失敗は、抗原─抗体反応によるもの

血液型が発見されるきっかけになったのは、ランドシュタイナーが1900年に実施した実験でした。そこで彼は、ある人の血清に他人の赤血球を混ぜると、赤血球が互いに密着してひとかたまりになってしまう場合と、そうでない場合があることに気がついたのです。

 

この発見によって、輸血の失敗は型の合わない血液を使用したためであることが判明しました。ランドシュタイナーはこれにより1930年、ノーベル生理学医学賞を受賞しています。

 

型の違った血液を混ぜると赤血球がひとかたまりになってしまうのは、抗原抗体反応によるものです。赤血球の膜の表面には、遺伝的に決定された血液型の違いによる凝集原(抗原に相当するもの)が存在し、血漿中には、凝集素(凝集原に対する抗体)が存在しています。

 

血液型の異なる人の血液が輸血されると、それは異物として認識され、赤血球の表面に抗体が結合し、赤血球を凝集させます。こうして凝集した赤血球が生体内の細かい血管に詰まってしまうと、生命に危険を及ぼします。

 

さらに、輸血された赤血球が溶血し、ヘモグロビンが血液中に放出されると、それが腎臓の尿細管に詰まり、重篤な腎不全を生じます。不適合血液型による輸血はほかに、発熱や悪寒・嘔吐などの拒絶反応も引き起こします。

 

血液の抗体は最初から血液に含まれている

私たちがよく知るABO式血液型は、A抗原およびB抗原の発現の有無によって決まります。これらA、Bの抗原は、メンデルの「遺伝の法則」にしたがって優性遺伝します。

 

血液型は大きく分けて、A、B、O、ABの4タイプありますが、A型の人はA抗原を、B型の人はB抗原をもち、AB型はその両方をもっています。O型は、そのどちらももっていません。

 

通常の免疫反応では、抗原に遭遇して初めて、それに対応する抗体がつくられます。ところが、血液の抗体は特殊で、抗原に対応してすでに血液中に存在しています。A型の人の血漿には、抗B抗体、B型の人の血漿には抗A抗体が存在し、O型はその両方の抗体をもっている、というわけです。

 

血液の抗体がこのように特殊なのは、腸内細菌や新生児が取り込む食物中にAとBに似た抗原があり、それに対応する抗体を急速に生成するためではないか、と考えられています。

 

輸血に必要な交叉試験

AB型の人はかつて、抗A,抗Bのどちらの凝集素ももたないので、万能受血者とよばれていました。同様に、O型はいずれの抗原ももっていないので、どの血液型にも輸血できる万能供血者と考えられていました。

 

しかし、現在ではこうした考えは間違いとされ、異なる血液型を輸血する「異型血輸血」は、災害など緊急時にかぎられています。大量に異なる血液型の血液が輸血された場合、入ってきた赤血球に存在する抗体が反応を起こし、赤血球を凝集させてしまうおそれがあるからです。

 

また、同じ血液型でもABO式以外の因子によって凝集することもあるので、現在では必ず交叉試験をしてから輸血をすることになっています(表1)。

 

表1血液型と赤血球の凝集

 

血液型と赤血球の凝集

 

コラムRh式血液型とは何か

血液型には、ABO式血液型とRh式血液型による分類があります。Rhとはアカゲザル(Rhesus monkey)の頭文字からとった呼び名です。アカゲザルの赤血球とヒトの赤血球には、共通した抗原が存在しています。この抗原をRh因子とよび、この因子がある人の血液型をRh陽性(+)型、ない人の血液型をRh陰性(-)型と分類しています。

 

抗原に対する抗体がもともと存在しているABO式とは違い、Rh因子の抗体は、Rh(-)型の人がRh(+)の輸血を受けて初めてつくられます。したがって、Rh(+)型の血液を輸血されたRh(-)の人が、再びRh(+)型の輸血を受けると、赤血球が凝集を起こしてしまいます。

 

これと同じ事は、母親と胎児のRh血液型が異なる場合でも起こります(図3)。

 

図3妊婦とRh因子

 

妊婦とRh因子

 

Rh(-)型の母親が、Rh(+)型の男性との間で子どもを妊娠した場合、胎児の赤血球はRh(+)型になる確率が高いです。分娩時に胎児の血液が母体に入ることが多く、胎児の赤血球が抗原となって、母親の血漿中で抗体がつくられ始めます。この抗体はIgGなので胎盤を通過します。

 

初産ではほぼ問題はありませんが、母親の体内では抗体がつくられ続けるため、次に妊娠した場合、胎児の赤血球は母親の体内にある抗体が胎盤を通過して入ってくるので凝集され、溶血を起こします。その結果流産したり、生後、とても重度の溶血性黄疸になって、さまざまな後遺症(胎児赤芽球症やRh溶血性疾患)を残したりします。

 

このような状態で生まれた子どもに対しては、従来、交換輸血が行われていましたが、最近は免疫グロブリン療法とよばれる治療が行われています。これは分娩後、母胎に入ってきた胎児の赤血球を認識して抗体をつくる前に、外から抗体を投与して入ってきた赤血球を排除するものです。

 

コラム血管を修復する血小板(図4

けがなどで血管が破れると、流れ出た血液が固まり、傷口を塞いでくれます。これはおもに、血小板と血漿の役目です。

 

図4血液凝固と線維素溶解系のメカニズム

 

血液凝固と線維素溶解系のメカニズム

 

血管が破れると、まずその周囲に血小板が集まってきて、傷口にふたをします。血小板には、赤血球と同じようにがありません。また、完全な細胞ではなく、巨核球とよばれる大きな細胞の細胞質がちぎれた直径約2μmの小さな破片です。

 

血小板が破れた箇所を塞いで応急処置をした後は、血漿中に含まれている水溶性のフィブリノゲンがトロンビンの作用によって、不溶性のフィブリンという糸のような物質になって固まり、そこに足場となる網目をつくります。さらに、この網目に赤血球がからまると、傷口には赤い塊(血餅)、いわゆる「かさぶた」ができます。これによって、血液が過剰に流れ出るのを防ぐのです。

 

かさぶたの内側では、同時に血管の修復も進行していきます。かさぶたが残ってしまったのでは、血管はでこぼこで、詰まりやすくなってしまいます。そうしたことがないように、血管が修復されると血管の内側のかさぶたはプラスミンによって溶かされて、血管の表面は再びもとのように滑らかになります。これを血液の線維素溶解系(略して、線溶系)といいます。

 

血液はもともと、「血管の外に出ると固まる」という性質をもっています。この性質を血液凝固といいます。血液凝固にかかわる物質には、それぞれ番号がつけられ、第Ⅰ因子から第XⅢ因子まであります(第Ⅵ因子は欠番)。

 

第Ⅰ因子はフィブリノゲン、第Ⅱ因子はプロトロンビン、第Ⅲ因子は組織トロンボプラスチン、第Ⅳ因子はカルシウムというように、ここまでは通常、名前でよばれ、第Ⅴ因子からは番号で呼びます。血液凝固は、これらすべての因子と血小板の働きが協力し合って完了します。因子のうち、どれか1つでも欠けると、破れた血管の穴は塞がれず、血液の流出が続いて一大事になります。

 

[次回]

遺伝と染色体|子孫をつくる(1)

 

 


本記事は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。

 

[出典] 『解剖生理をおもしろく学ぶ 』 (編著)増田敦子/2015年1月刊行/ サイオ出版

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