ステロイド投与中の患者にステロイドカバーは必要?

『術前・術後ケアのこれって正しい?Q&A100』より転載。

 

今回は「ステロイド投与中の患者へのステロイドカバーの必要性」に関するQ&Aです。

 

井上透
大阪市立総合医療センター消化器外科副部長
編著 西口幸雄
大阪市立十三市民病院病院長

 

ステロイド投与中の患者にステロイドカバーは必要?

 

急性副腎不全の予防のため、必要です。

 

〈目次〉

 

なぜステロイドカバーは必要なのか?

健常な成人には1日5~10mgのコルチゾール(副腎皮質ホルモン)が分泌されています。手術などのストレス侵襲が生じた場合、通常量の5~10倍(最大100mg)のコルチゾールが分泌され、身体の恒常性を保とうとします。

 

ステロイドを長期投与していたり、短期でも多量投与されている患者は、このような身体ストレスに適応するためのステロイドホルモンの分泌が抑制されています。

 

したがって、手術によって身体にストレスがかかった場合に、ステロイドホルモンの不足状態、いわゆる急性副腎不全(表1)の状態となり、術中や術後に原因不明の血圧低下などの病態をきたします。

 

よってコルチゾールの分泌が抑制されている可能性のある患者に対しては、ステロイドホルモンの急性期補充療法(ステロイドカバー)が必要となるのです。

 

表1急性副腎不全の症状

 

  1. .血圧低下→循環不全・ショック状態
  2. .発熱
  3. .消化器症状:嘔気・嘔吐腹痛下痢
  4. 低血糖
  5. 電解質異常:進行性の低ナトリウム血症

 

1.ステロイドホルモンとステロイドカバー

コルチゾール(副腎皮質ホルモン)は、鉱質コルチコイドと糖質コルチコイドに分類されます。

 

鉱質コルチコイドは身体において主に、水・電解質の調節を担っています。糖質コルチコイドは、糖・タンパク質脂質代謝に関与し、循環維持(カテコラミンの作用増強や、副腎髄質からのカテコラミン分泌増加)や、抗炎症作用、免疫抑制作用をもち、手術など身体にストレスがかかった状態において分泌が亢進され、身体の恒常性を維持するよう抗ストレスホルモンとしてのはたらきを示します。

 

その作用調節は、「視床下部→下垂体→副腎」により行われており、これをHPA軸によるコルチゾール分泌調節(図1)と呼びます。副腎不全の患者では、身体に手術などによるストレス負荷がかかった場合に、このHPA軸による調節機構がうまく機能せずコルチゾール分泌が増加しないため、ステロイドカバーが必要となります(表2)。

 

図1HPA軸によるコルチゾール分泌調節

HPA軸によるコルチゾール分泌調節

 

CRH:corticotropin-releasing hormone
ACTH:adrenocorticotropic hormon

 

表2ステロイドカバーが必要な患者

 

  1. . 現在(術前)1 週間以上、ステロイドを投与されている
  2. . 術前6 か月以内に4 週間以上ステロイド投与を受けている
  3. . 術前6 か月以内にコルチゾール1 g 以上あるいは同等以上のステロイド投与を受けている
  4. アジソン病の患者、または両側副腎摘出術や下垂体摘出術の既往およびこれらの手術予定の患者
  5. . ACTH 刺激試験などで副腎機能低下が明らかな患者

 

2.周術期ステロイドカバーの投与量と期間

投与量に関しては、健常人のストレス時の分泌量に比して大量といえる投与量が推奨されてきましたが、2002年にCoursinらが手術ストレスに応じたステロイドカバーの基準を報告して以来、それを指標に投与することが推奨されています(表3)。

 

表3周術期のステロイドカバー

 

手術侵襲 手術例 ステロイドカバー
小手術 鼠径ヘルニア手術 ステロイド維持量
+コルチゾール25mg またはメチルプレドニゾロンコハク酸エステルナトリウム5mg を術当日のみ静脈内投与、術翌日より維持量へ
中手術 開腹胆囊摘出術
結腸半切除術
ステロイド維持量
+コルチゾール50 ~ 70mg またはメチルプレドニン10 ~ 15mg を術当日静脈内投与し、以後1 ~ 2 日で漸減し維持量へ
大手術 心臓手術
膵頭十二指腸切除術
肝切除術
ステロイド維持量
+コルチゾール100 ~ 150mg またはメチルプレドニン20 ~ 30mgを術当日静脈内投与し、以後2 ~ 3 日で漸減し維持量へ

稲田英一:ステロイドカバー.麻酔 1998;47(増刊):74.より一部改変して引用

 

長期間にわたる過剰投与はステロイドホルモンによる副作用を生じることも念頭に置き(表4)、手術による身体ストレスのかかる時期(長くても1週間とされ、術後数日まで)をすぎれば、すみやかな減量が必要となります。

 

表4ステロイド投与によるリスク

 

  1. .長期間や多量のステロイド投与は、創傷治癒遅延の原因となる
  2. .抗炎症作用により、感染症状や検査値の異常がとらえにくくなる
  3. 血糖値が上昇する
  4. 胃炎十二指腸潰瘍、消化管出血の原因となる
  5. .鉱質コルチコイド作用により低カリウム血症を生じる

 

ステロイドカバーの使用は患者に応じて検討が必要

ステロイドカバーが現在の基準で用いられていることについては諸説あり、本当に投与が必要な患者の選択および投与量・投与期間についても検討が必要です。特に最近では鏡視下手術を中心とした低侵襲手術が増えていることと麻酔技術の進歩により、手術侵襲の評価はさらに難しくなっています。

 

しかし、現在の投与基準において術後の急性副腎不全を予防できていることから、現状においてステロイドカバーは必要と考えられます。

 


[文献]

  • (1)須田康一,竹内裕也,菅原和弘,他:ステロイド投与患者の周術期管理.特集知っておくべきPoorRisk患者の周術期管理,外科治療2008;98:367-371.
  • (2)稲田英一:ステロイドカバー.麻酔1998;47(増刊):70-76.
  • (3)弥山秀芳,寺澤美智代:副腎皮質ホルモン(ステロイド).シチュエーション別安全チェックポイントこれが投与の基本ルール,消化器外科nursing2007;12:58-63.
  • (4)Coursin DB,wood KE.Corticosteroid supplementation for adrenal insufficiency.JAMA 2002;287:236-240.

 


本記事は株式会社照林社の提供により掲載しています。

 

[出典] 『術前・術後ケアのこれって正しい?Q&A100』 (編著)西口幸雄/2014年5月刊行/ 株式会社照林社

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