妊娠高血圧症候群

『新訂版 周産期ケアマニュアル 第3版』(サイオ出版)より転載。
今回は妊娠高血圧症候群について解説します。

 

立岡弓子
滋賀医科大学医学部看護学科教授

 

 

妊娠高血圧症候群とは

名称

2005年に妊娠中毒症という名称から妊娠高血圧症候群(pregnancy induced hypertension:PIH)への分類改定があり、蛋白尿や浮腫単独はPIHに含まれないようになった。その後、Chronic hypertension(高血圧合併妊娠)を含めたHypertensive disorders of pregnancy(HDP)という名称が使用されるようになってきた。妊娠により妊娠20週以降に発現するPIH症例に加えて妊娠前から妊娠20週に存在する高血圧合併妊娠も分類に加えるようになった。2017年よりHDPに名称変更され、2018年より新しい分類定義となった。

 

定義

妊娠時に高血圧を認めた場合、妊娠高血圧症候群とする。妊娠高血圧症候群は妊娠高血圧腎症、妊娠高血圧、加重型妊娠高血圧症、高血圧合併妊娠に分類される。

 

病因

妊娠高血圧症候群では、血管内皮の障害が病態の本態となっている。妊娠初期の胎盤床での絨毛細胞の脱落膜および螺旋動脈への浸潤が阻害され、胎盤の循環障害に至り、胎盤および絨毛間腔が慢性的な低酸素状態になると考えられている。その結果、絨毛細胞から血管内皮障害をきたす物質が母体の血管内皮を障害し、高血圧や蛋白尿などの症状を呈する。

 

病型分類

①妊娠高血圧腎症(preeclampsia:PE)
1)妊娠20週以降に初めて高血圧を発症し、かつ蛋白尿を伴うもので、分娩12週までに正常に復する場合
2)妊娠20週以降に初めて発症した高血圧に、蛋白尿を認めなくても以下のいずれかを認める場合で、分娩12週までに正常に復する場合
ⅰ)基礎疾患のない肝機能障害(肝酵素上昇:ALTもしくはAST>40IU/L、治療に反応せず他の診断がつかない重度の持続する右季肋部もしくは心窩部痛)
ⅱ)進行性の腎障害(Cre>1.0mg/dL、他の腎疾患は否定)
ⅲ)脳卒中、神経障害(間代性痙攣、子癇、視野障害、一次性頭痛を除く頭痛など)
ⅳ)血液凝固障害(HDPに伴う血小板減少:<15万/μL、DIC、溶血)など
3)妊娠20週以降に初めて発症した高血圧に、蛋白尿を認めなくても子宮胎盤機能不全(胎児発育不全[FGR]*1、臍帯動脈血流波形異常*2、死産*3)を伴う場合

*1  FGRの定義は、胎児推定体重が-1.5SD以が-1.5SD下となる場合とする。染色体異常のない、もしくは奇形症候群のないものとする。
*2  臍帯動脈血流波形異常は、臍帯動脈血管抵抗の異常高値や血流途絶あるいは逆流を認める場合とする。
*3  死産は、染色体異常のない、もしくは、奇形症候群のない死産とする。

 

②妊娠高血圧(gestational hypertension:GH)
妊娠20週以降に初めて高血圧を発症し、分娩12週までに正常に復する場合で、かつ妊娠高血圧腎症の定義に当てはまらないもの

 

③加重型妊娠高血圧腎症(superimposed preeclampsia:SPE)
1)高血圧が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在し、妊娠20週以降に蛋白尿、もしくは基礎疾患のない肝腎機能障害、卒中、神経障害、血液凝固障害のいずれかを伴う場合
2)高血圧と蛋白尿が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在し、妊娠20週以降にいずれかまたは両症状が増悪する場合
3)蛋白尿のみを呈する腎疾患が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在し、妊娠20週以降に高血圧が発症する場合
4)高血圧が妊娠前あるいは妊娠 20 週までに存在し,妊娠 20 週以降に子宮胎盤機能不全を伴う場合

 

④高血圧合併妊娠(chronic hypertension:CH)
高血圧が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在し、加重型妊娠高血圧腎症を発症していない場合

 

妊娠高血圧症候群における高血圧と蛋白尿の診断基準

収縮期血圧140mmHg以上、または、拡張期血圧が90mmHg以上の場合を高血圧と診断する。

 

血圧測定法

1.5分以上の安静後、上腕に巻いたカフが心臓の高さにあることを確認し、座位で1~2分間隔にて2回血圧を測定し、その平均値をとる。2回目の測定値が5mmHg以上変化する場合は、安定するまで数回測定する。測定の30分以内にはカフェイン摂取や喫煙を禁止する。
2.初回の測定時には左右の上腕で測定し、10mmHg以上異なる場合には高い方を採用する。
3.測定機器は水銀血圧計と同程度の精度を有する自動血圧計とする。

 

②次のいずれかに該当する場合を蛋白尿と診断する。
1.24時間尿でエスバッハ法などによって300mg/日以上の蛋白尿が検出された場合
2.随時尿でprotein/creatinine比が0.3mg/mg・Cre以上である場合

 

③24時間蓄尿や随時尿でのP/C比測定のいずれも実施できない場合には、2回以上の随時尿を用いたペーパーテストで2回以上連続して蛋白尿1+以上陽性である場合を蛋白尿と診断することを許容する。

 

症候による亜分類

①重症について
次のいずれかに該当するものを重症と規定する。なお、軽症という用語はハイリスクでないと誤解されるため、原則用いない。
1.妊娠高血圧・妊娠高血圧腎症・加重型妊娠高血圧腎症・高血圧合併妊娠において、次のいずれかに該当する場合
・収縮期血圧160mmHg以上の場合
・拡張期血圧110mmHg以上の場合
2.妊娠高血圧腎症・加重型妊娠高血圧腎症において、母体の臓器障害または子宮胎盤機能不全を認める場合

*蛋白尿の多寡による重症分類は行わない。

 

②発症時期による病型分類
・妊娠34週未満に発症するものは、早発型(early onset type:EO)
・妊娠34週以降に発症するものは、遅発型(late onset type:LO)

*わが国では妊娠32週で区別すべきとの意見があり、今後区分点の検討をする予定となっている。

 

付記
1.妊娠蛋白尿
妊娠20週以降に初めて蛋白尿が指摘され、分娩後12週までに消失した場合をいうが、病型分類には含めない。
2.高血圧の診断
白衣高血圧・仮面高血圧など、診察室での血圧は本来の血圧を反映していないことがある。特に高血圧合併妊娠などでは、家庭血圧測定あるいは自由行動下血圧測定を行い、白衣高血圧・仮面高血圧の診断およびその他の偶発合併症の鑑別診断を行う。

 

 

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妊娠高血圧症候群の症状

妊娠高血圧症候群の発症頻度は全妊婦の3~4%を占め、高血圧を主体とし蛋白尿をきたす疾患であり、病因には不明な点も多い。重症化により、肝機能障害、凝固線溶系の異常、呼吸循環障害および中枢神経系の異常といった症状がでる。

 

成因

妊娠高血圧症候群は、妊娠負荷に対する恒常性の維持機構が破綻し、適応不全を起こした状態である。

 

関連疾患

①子癇(eclampsia)
子癇は、妊娠20週以降に初めて痙攣発作を起こし、てんかんや二次性痙攣が否定されるものをいう。
痙攣発作の起こった時期によって、妊娠子癇・分娩子癇・産褥子癇と称する。
子癇は大脳皮質での可逆的な血管原性浮腫による痙攣発作と考えられているが、後頭葉や脳幹などにも浮腫を来たし、各種の中枢神経障害を呈することがある。

 

②HDPに関連する中枢神経障害
皮質盲、可逆性白質脳症、高血圧に伴う脳出血および脳血管攣縮などが含まれる。

 

③HELLP症候群
妊娠中・分娩時・産褥時に溶血所見(LDH高値)、肝機能障害(AST高値)、血小板数減少を同時に伴い、他の偶発合併症によるものではないものをいう。いずれかの症候のみを認める場合はHELLP症候群とは記載しない。

 

④肺水腫
HDPでは血管内皮機能障害から血管透過性を亢進させ、しばしば浮腫をきたす。重症例では浮腫のみでなく、肺水腫を呈する。

 

⑤周産期心筋症
心疾患の既往のなかった女性が、妊娠・産褥期に突然心不全を発症し、重症例では死亡に至る疾患である。HDPは重症なリスク因子となる。
・拡張型心筋症に類似した病態を示す特異な心筋症
・分娩前1か月から分娩後5カ月以内に新たに心不全の症状が出現
・心疾患の既往がない
・他に心不全の原因となるものがない
・心エコー上の左心機能低下

 

 

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妊娠高血圧症候群の妊婦へのケア2)

 

生活指導および栄養指導

①生活指導
安静、ストレスを避ける(予防には軽度の運動、規則正しい生活が勧められる)。

 

②栄養管理(食事指導)
1.エネルギー摂取(総カロリー)

・非妊時BMI24以下の妊婦:30kcal×理想体重(kg)+200kcal/日
・非妊時BMI24以上の妊婦:30kcal×理想体重(kg)+200kcal/日
(予防には妊娠中の適切な体重増加が勧められる)
BMI<18では、10~12kg増
BMI18~24では、7~10kg増
BMI>24では、5~7kg増
2.塩分摂取
7~8g/日程度とする。(極端な塩分摂取は勧められない)

(予防には10g/日以下が勧められる)
3.水分摂取
1日の尿量500mL以下や肺水腫では、前日尿量に500mLを加える程度にするが、それ以外は制限しない。口渇を感じない程度の摂取が望ましい。
4.蛋白質摂取量
理想体重×1.0g/日を摂取する(予防には理想体重×1.2~1.4g/日が望ましい)。
5.その他
動物性脂肪と糖質は制限し、高ビタミン食とすることが望ましい〔予防には、食事摂取カルシウム900mg/日に加え、1~2g/日のカルシウム摂取が有効との報告もある。また海藻中のカリウム魚油、肝油不飽和脂肪酸)、マグネシウムを多く含む食品に高血圧予防効果があるとの報告もある〕。

 

 

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本連載は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。

 

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[出典] 『新訂版 周産期ケアマニュアル 第3版』 編著/立岡弓子/2020年3月刊行/ サイオ出版

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