言葉にできなくても、最期まで「ありたい自分」を貫き通した患者さんの話

「認知機能低下で発語なし」とされた男性の帰宅

一世紀を生き抜いたひとりの男性が、病院から老人ホームに帰ってきました。

 

病院には、循環器疾患で入院していましたが、入院中に誤嚥性肺炎を合併し、点滴・酸素・抗菌薬の投与が行われました。しかし、炎症反応は遷延し、本人の状態もなかなか改善しません。当初は「1週間で帰れる」と言われていた入院はすでにひと月を超えていました。

 

これ以上、治療してもよくならないなら、最期は奥さんの待つ住み慣れた場所で
家族と病院チームの決断で、搬送中の急変の可能性すら懸念される状況での退院となりました。

 

入院中はまったく食事や水分が摂れず、言葉もまったく出なくなったとのこと。
もう、酸素も点滴も吸引もしない移送中の車内で心停止しても文句は言わない

 

そんな看取りを前提とした覚悟の帰宅でした。

 

退院同日。
ご本人にお会いし、そしてご家族や関わる多職種のメンバーと最終的な方針を確認・共有するためにホームを訪問しました。

 

彼は自分のベッドに横になっていました。
ベッドサイドの椅子に腰かける奥さんと見つめ合い、心なしか少し微笑んでいるようにも見えました。

 


僕は腰を落とし、彼の顔をのぞき込み「おかえりなさい」と声をかけました。
すると彼はこっちを見て「ありがとう」と絞り出すような声で、それでもしっかりと答えてくれたのです。

 

俺は死ぬために帰ってきたわけじゃない
彼の目はそう言っていました。

 

「お疲れですよね。具合はどうですか?」
「大丈夫です」
「きっと、おなかが空いていますよね。」
「はい。食べたいです」
「もう入院させたりしませんから。しっかり元気になりましょうね」

 

彼は強くうなずいて、少し涙を流しました。

 

退院時の看護サマリーには「認知機能低下のために本人理解できず」と記載されていました。
おそらく、「この患者には話してもわからない」という判断が病棟で共有され、本人には納得のいく病状経過の見通しや治療に関する説明がないまま、4週間の入院治療が行われたのでしょう。

 

心が痛みました。

 

「言葉を発しない」という意思表示の形

誰もが体調が悪い時、人との会話はなるべく避けたいと思うはずです。もともと体力のない高齢者、そこに入院という環境変化のストレスが重なれば、最低限の会話ですら大きな負担になります。

 

脱水口腔環境の悪化、薬剤の抗コリン作用により唾液の分泌低下などが重なれば、会話の継続どころか発語も大変になるでしょう。
ましてや補聴器と義歯を取り上げられ、聴覚と構音機能が制約されれば、コミュニケーションのハードルはさらに高くなります。

 

それでも本人は言葉を探し、言葉を発しようとします。しかし、それを待つ時間的余裕が病棟にはないのです。

 

複数の悪条件が重なる中で、病院のスタッフも本人とのコミュニケーションを早々に諦め、バイタルサインと検査データを頼りに治療を行ってきたのでしょう。そして、本人も、そんな医師や看護師の態度を見て、心を閉ざしていったのかもしれません。

 

物言わぬ患者を相手に、循環器疾患をコントロールし、しっかりと肺炎治療に取り組んでくれた病院の診療チームには感謝の念しかありません。

 

しかし、「言語的コミュニケーションが難しい=認知症」、という安易な判断は避けるべきです。

 

「なぜ、その患者が言葉を発することができないのか」もう少し丁寧にアセスメントすべきではないでしょうか。ちょっとした工夫と調整で、患者さんたちとの言語的対話の量は増やせるはずです。

 

病院からの診療情報提供書の中には「認知症のためコミュニケーション困難」という文言をよく目にしますが、退院後、自宅や施設では普通に会話が成立する患者は少なくありません。そして「言葉を発しない」というのも一つの意思表示の形なのだ、ということは知っておくべきでしょう。

 

それは、話を聞こうとしない、話がわからないと一方的に決めつける専門職に対する無言の抗議なのかもしれないのです。

 

対人援助職であれば、たとえ言語的な対話が難しくても、相手の表情やしぐさなどから、自分たちの支援を相手がどう受け止めているのかをキャッチできる力それを自分たちの相手への関わりにフィードバックできる力が必要なはずです。

 

心理学者のアルバート・メラビアンによると、人間は視覚情報(55%)>聴覚情報(38%)>言語情報(7%)の順に相手を評価すると言われてます。

 

たとえ、言語的コミュニケーションが難しい病気で弱った高齢者でも、そして認知症の人でも、自分に対して相手(医療者)がどんな気持ちで関わっているのか、視覚・聴覚情報から見抜くことは可能です。特に、言語的コミュニケーションが難しいような大脳皮質の機能が抑制された状況においては、むしろ大脳辺縁系の機能が活性化します。

 

目の前で「暴れる高齢者」は、本能的にいま置かれている環境に「危険」を察知し、私たちに「敵意」を感じ、身を守ろうとしているのかもしれないのです。

 

彼は、自身の命をかけた4週間のハンガーストライキでついに退院を勝ち取ったのです。

 

そして自分の思いが伝わる、たとえ言葉にできなくても自分の気持ちを汲み取ってくれるところで、最期までありたい自分を貫き通すのでしょう。

 

ホームで実施した食事のコンディショニングのための口腔ケアで、彼はスポンジブラシに吸い付き、一生懸命水分を吸い取りました。ムセもなく、その後、ホームの看護師よりゼリー食を問題なく摂取できたと報告を受けました。

 

この人はきっと回復する。

 

帰りたい場所があり、待っている人がいる。
日々のくらしの継続こそが生命力の源。
だからこそ、在宅医療の存在意義がある

 

僕はそう思います。

 

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執筆
sasakijun、佐々木淳

医療法人社団悠翔会 理事長・診療部長佐々木 淳

1973年京都市生まれ。手塚治虫のブラックジャックに感化され医師を志す。1998年筑波大学医学専門学群を卒業後、社会福祉法人三井記念病院に内科研修医として入職。消化器内科に進み、主に肝腫瘍のラジオ波焼灼療法などに関わる。2004年、東京大学大学院医学系研究科博士課程に進学。大学院在学中のアルバイトで在宅医療に出合う。「人は病気が治らなくても幸せに生きていける」という事実に衝撃を受け、在宅医療にのめり込む。2006年、大学院を退学し在宅療養支援診療所を開設。2008年、法人化。医療法人社団悠翔会・理事長に就任。2021年より 内閣府規制改革推進会議専門委員。
現在、首都圏ならびに愛知県(知多半島)、鹿児島県(与論町)、沖縄県(南風原町・石垣島)に全24拠点を展開。約8,000名の在宅患者さんへ24時間対応の在宅総合診療を行っている。

 

編集:林 美紀(看護roo!編集部)

 

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