離島にいるときだけ起こるアナフィラキシー?

堀向健太ほむほむ@アレルギー専門医

小児科医・アレルギー

 

以前、『離島に住んでいるときだけ、アナフィラキシーを起こす』というお子さんを診療したことがあります。

 

アナフィラキシーとは、強いアレルギー症状ということですね。しかし、アナフィラキシーを起こす前の数時間以内に食べたものには共通点はなかったのです。

 

なぜ、離島にいるときのみ、症状が出現したのでしょうか?
はたして、原因は何だったのでしょうか?

 

はじめまして。
東京慈恵会医科大学葛飾医療センター小児科医、堀向健太と申します。

 

このたび、看護roo!さんで連載を始めることとなりました。

よろしくお願いいたします。

 

連載初回となる今回は、ミステリーのようなアレルギーの話から始めてみたいと思います。

 

原因が分からないアナフィラキシー

ある時、離島に住んでいる小学生の男の子がアナフィラキシーの原因を精査するために入院してこられました。男の子はそれまで、血圧が下がったり、意識状態も悪くなったりするような『アナフィラキシーショック』も含め、3回のアナフィラキシーを起こしていましたが、原因が分からなかったのです。

 

実は、アナフィラキシーの原因が明らかにならないことは結構あります。 サウスデンマーク大学の研究では、アナフィラキシーが疑われて救急外来に受診した226例中124例が確定したものの、13例(10.5%)の原因を突き止められなかったと報告されています1)

 

でも、アナフィラキシーの原因が分からないとなると安心して生活ができませんよね。
その男の子には入院中にさまざまな負荷試験が実施されました。しかし、どの食品でも症状が誘発されることはありませんでした。

 

原因が判明しないまま、男の子は帰島されました。
しかし、帰島した翌日に再度アナフィラキシーを起こしてしまったのです。

 

最初の入院時、私は主治医でなかったのですが、2回目の入院時に主治医の機会をいただきました。実はそのとき、すでに原因食物の目星を付けていました。
『納豆アレルギー』の可能性が浮かび上がっていたためです。

 

「納豆でアレルギーなんて出るの?」と思う方もいらっしゃるかもしれません。

 

納豆は、日本の伝統的な大豆の発酵食品です。
一般的に納豆は、発酵により大豆本来のアレルゲン性は低くなっているので、たとえ大豆アレルギーがあっても多くの人は納豆を食べることができます

 

しかし、大豆そのものでは症状がないのに、納豆では症状が出現する方がいることが日本から報告されるようになっていました。

 

しかも、一般的にアナフィラキシーを起こすような食物アレルギーは、数時間以内に症状が誘発されますが、納豆アレルギーは食べた後、半日程度経過してから症状が出現するという特徴を持っていて分かりにくいのです2)

 

実は、最初の精査入院のとき納豆アレルギーも疑われていて、皮膚プリックテストと食物経口負荷試験が行われていました。

 

皮膚プリックテストとは、原因アレルゲンを皮膚に付着させ、軽く傷をつけて膨疹(蚊に刺されたような膨らみ)が出現するかどうかを診る検査です。
そして食物経口負荷試験は、実際に食べてみて症状があるかどうかを確認する検査です(一般的には、まず少量を食べ、時間をおいて症状が出なければ目的に応じた量になるまで数回に分けて食べます)。

 

結果、皮膚プリックテストは陽性で、食物経口負荷試験が行われていたのです。

 

しかも、食物経口負荷試験の際に症状が起こりやすい条件として、運動などもしていただいていたのです。
丁寧に検査されていたのですね。

 

しかし症状は誘発されませんでした。

 

そして…帰島した日に納豆を食べていたことが判明しました。その後、納豆を食べることを中止してもらうと、しばらくはアナフィラキシーを起こすことはなかったのです。

 

納豆アレルギーなのに、食べてもアレルギーが出ない?!

とはいえ、疑問は残ります。

 

なぜ、離島に帰ったときだけアナフィラキシーを起こすのでしょう?
それとも、納豆アレルギーは間違いなのでしょうか?

 

そこで、再度の食物経口負荷試験の機会をいただくことになったのです。

 

しかし、納豆3パック(135g)で食物経口負荷試験をしても、症状を誘発させやすくするアスピリンを内服して納豆3パックで食物経口負荷試験をしても、一向に症状は起こりませんでした。

 

納豆アレルギーが原因食物であると思いながら食物経口負荷試験を行っていた私は、「私の勘違いだったもしれない…」と思い始めながら、患者さんのご家族から離島の生活に関して、いろいろお聞きしました。

 

すると、『島で食べる食料は船便で運ばれてきていて、島に到着するころには賞味期限がきてしまっていることも多いんですよね』という話を聞いたのです。

 

はたと気が付きました。

 

納豆のアナフィラキシーは大豆そのもののタンパク質で起こるわけではなく、発酵の過程で生成されるネバネバ成分(ポリガンマグルタミン酸)で起こります

 

すなわち、製造後、時間が経過した納豆はポリガンマグルタミン酸をたくさん含んでいて症状が誘発されやすくなっているのではないかということです。

 

このお話を聞いたとき、もう日も暮れて薄暗くなってきている時間でした。
そして、明日には帰島される予定でした。

 

私は急いで周辺のスーパーマーケットを周り、さまざまな納豆を買い集めてきました。
そうです。賞味期限が近くなっている納豆を。
そして、皮膚プリックテストをかたっぱしから行ってみたのです。

 

すると、賞味期限の近い納豆のほうが、大きな膨疹を現しました。
しかし、翌日帰島する患者さんに食物経口負荷試験を行うことはできなかったため、確定する機会を逸してしまいました。

 

その機会は、1年以上あとになって訪れ、『賞味期限ぎりぎり』の納豆を使用して食物経口負荷試験を行ったところ、症状が出現したのです3)

 

さて、めでたしめでたし…でしょうか。

 

実はこれで終わりではありませんでした。

 

 

「納豆✕◯◯」→アナフィラキシー?

もともと納豆アレルギーは、子どもには少ないアレルギーです。なぜ、小学生のお子さんが納豆アレルギーを起こしたのでしょうか。

 

この経験に関して論文として発表した後、何年か経ってから、納豆アレルギーを起こす人には『マリンスポーツをする機会の多い、すなわちクラゲに刺される機会の多い成人男性』に多いことが報告されたのです4)

 

すなわちこのお子さんは、離島の海で遊ぶ機会が多く、クラゲに刺されていたのかもしれません。

 

そこまで話を伺っていなかったな…と今思い出すことがあります。
病歴をお聞きすることがいかに大事かを、改めて感じたのでした。

 

患者さんの日常の情報を、看護師さんから伝え聞いて明らかになることもよくある話です。
ぜひ、ちょっとしたことをチームで共有しながら医療に取り組むことができればと思います。

 

(※今回の記事は、参考文献3を元に患者情報に配慮し脚色して構成しております)

 

 

執筆

東京慈恵会医科大学葛飾医療センター小児科 助教堀向健太

1998年、鳥取大学医学部医学科卒業。鳥取大学医学部附属病院および関連病院での勤務を経て、2007年、国立成育医療センター(現国立成育医療研究センター)アレルギー科、2012年から東京慈恵会医科大学葛飾医療センター小児科助教。
毎日新聞医療プレミア、Yahoo!個人オーサー(2020年MVA受賞)、ブログ「小児アレルギー科医に備忘録」、Newspicsプロピッカー、音声ラジオVoicy、note、Twitter、Instagramなどで情報発信。著作に『マンガでわかる! 子どものアトピー性皮膚炎のケア(内外出版)』『ほむほむ先生の小児アレルギー教室(丸善出版)』『小児のギモンとエビデンス ほむほむ先生と考える 臨床の「なぜ?」「どうして?(じほう)』など。

 

編集:林 美紀(看護roo!編集部)

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