「治らないのはわかってる。僕は大丈夫だから」ー小児の在宅医療で子どもたちから教わること
佐々木 淳/佐々木 淳 @医療法人社団悠翔会 理事長・診療部長
在宅医・内科医
両親にとって「何よりも大切な存在」への在宅医療
小児がんの在宅緩和ケアに本格的に関わるようになったのは4年前。
千葉市での訪問診療を担当するようになってからです。
それまでも時々、医療的ケア児の診療を担当することがありましたが、東京には小児在宅医療の専門クリニックもあり、私たちのような一般の在宅療養支援診療所に小児在宅医療の依頼が来ることはさほど多くはありません。
また、依頼されるとしても、状態の安定した筋ジストロフィーや出生時低酸素脳症など、家族のケア対応力も高く、病院の専門医のバックアップがついているケースです。
そのような小児在宅医療において、在宅医の仕事は、人工呼吸器や経管栄養などの医療機器の在宅管理支援、そして長い関わりの中でこどもの発育にも配慮しつつ、家族全体のレジリエンス(逆境やストレスに直面した時に、乗り越え、適応していく力)を高めていく。
そんな生活モデル的な介入が中心になります。
しかし千葉には小児在宅医療の専門クリニックはありません。
だから小児がんのような難易度の高いケースも私たちがその任を担うことになります。
もちろん関わるからにはきちんと責任を果たさなければなりません。
心強いのは小児在宅ケアの経験豊富な訪問看護ステーションの存在です。
私たちは優秀でフットワークの軽い訪問看護師の方々と連携させていただきながら、24時間体制で患者と家族を見守ります。
小児がんに対する在宅医療は状態の安定した筋ジストロフィーなどに対するものとは大きく異なります。
限られた予後の中で、本人の苦痛を緩和する。
そのためには小児の特性を理解する必要があります。
家族介護力に配慮しつつ、医学モデル的介入が求められます。
その一方で、「何よりも大切な存在」を失う運命を受け入れなければならない両親の苦悩にも対応していかなければなりません。
在宅医療の小児に多い膠芽腫
在宅医療で関わる小児がんは、ほとんどが脳腫瘍です。
脳腫瘍は小児において2番目に多いがんで、小児がん全体の15%を占めます1)。
小児がんで頻度がもっとも高いのは血液腫瘍(白血病やリンパ腫など)です1)。
約50%を占める血液腫瘍は、輸血や感染症対応など高侵襲の処置の頻度が高く、在宅復帰のハードルがかなり高くなります。
成人に対する在宅輸血は最近では一般的になってきていますが、小児の場合には身体が小さい分、在宅での対応はどうしても少し慎重にならざるを得ません。
血液腫瘍と脳腫瘍以外のがんは頻度が低く、治癒が可能なものも増えてきています。
またできる限り、ギリギリまで治療を頑張るという家族も少なくありません。
結果として、積極的な治療を終了し在宅医療に移行するケースの多くは脳腫瘍、特に治療手段の限られる悪性度の高い膠芽腫が中心となります。
治るため、ではなく、大人たちを納得させるため?
脳腫瘍、特に膠芽腫の治療は時に年単位に及びます。
その多くは入院が必要で、学校は長期に休まなければなりません。
日常生活は大きく制限され、脱毛やムーンフェイスなどアピアランス(見た目)も変化します。
そして発症からの生存中央値は約1年と、その予後もとても厳しいのです。
一度入院すると、退院できない子どももいます。
子どもたちには自分の病気が治らないこと、そう遠くない先に死が訪れる可能性が高いことを直接告げられることはありません。
しかし、多くの子どもたちはみんなそのことを自ら悟り、そしてその運命を静かに受け入れていきます。
多くの大人のように、死にたくないとジタバタすることはあまりありません。
子どもたちは開頭手術を何度も繰り返し、抗がん剤投与や放射線治療を受けます。
最初のうち、大人たちは「頑張って治そうね」と子どもたちを励まします。
しかし、次第に子どもたちが「治らないのはわかってる。僕は大丈夫だから」と周囲の大人たちを励ますようになっていきます。
治るため、ではなく、大人たちを納得させるために治療を続けているのかもしれません。
大人よりも先に成熟する子どもたち
「僕はお母さんのことが心配だ。
僕が死んだ後、お母さんが苦しまないでいられるようにしてほしい」
脳腫瘍の治療を終了し、自宅に帰ってきた8歳の男の子から、ある日、そんなことを言われました。
父親の母親に対するDVが問題になっていた家庭でした。
彼はその後、急速に状態が悪化し、自宅で亡くなりました。
最後の言葉は「お母さん、大丈夫だからね」だったそうです。
看取りにお伺いした時、呼吸を止めた彼の横顔には、一人の男としての精悍さがありました。
どんなに小さな子どもも、旅立つまでの短い時間に人として大きく成長していきます。
その過程のどこかで、自分の親を追い越し、主治医を追い越し、そして大人たちよりも先に人生のゴールに到達するのです。
歳を重ねても成熟できない大人たちを見ていると、人生にはその長さよりも大切なものがあることを思い知らされます。
子どもたちに嘘は通用しません。
だけど僕たちは医師として、周囲の大人たちの都合や意向を優先しながら、子どもたちに真実を語ることなく、その身体的な苦痛のみを緩和しながら、子どもたちの急成長を見守ります。
日々のケアを通じて、自分たちよりも大きく成長した子どもたちに人生とは何なのかを教えられ、そしてその子たちの永遠の旅立ちを見送るのです。
小児がんに対する在宅医療の奥行きは、高齢者や大人のがんよりも深く、そして後味の悪さを残さない気がします。
それも子どもたちの僕たちに対する配慮なのかもしれません。
参考文献
- 1)小川千登世ほか.小児の固形悪性腫瘍.国立がん研究センター.(2024年9月閲覧)
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医療法人社団悠翔会 理事長・診療部長佐々木 淳
1973年京都市生まれ。手塚治虫のブラックジャックに感化され医師を志す。1998年筑波大学医学専門学群を卒業後、社会福祉法人三井記念病院に内科研修医として入職。消化器内科に進み、主に肝腫瘍のラジオ波焼灼療法などに関わる。2004年、東京大学大学院医学系研究科博士課程に進学。大学院在学中のアルバイトで在宅医療に出合う。「人は病気が治らなくても幸せに生きていける」という事実に衝撃を受け、在宅医療にのめり込む。2006年、大学院を退学し在宅療養支援診療所を開設。2008年、法人化。医療法人社団悠翔会・理事長に就任。2021年より 内閣府規制改革推進会議専門委員。
現在、首都圏ならびに愛知県(知多半島)、鹿児島県(与論町)、沖縄県(南風原町・石垣島)に全24拠点を展開。約8,000名の在宅患者さんへ24時間対応の在宅総合診療を行っている。
編集:看護roo!編集部
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