看護師の特定行為研修「修了者10万人」の目標に遠すぎる現状
「看護師の特定行為研修」が遅々として広がりません。
研修制度がスタートしてから2年半が経ちますが、2017年末時点の研修修了者は738人。「2025年に向けて10万人を養成する」という目標に対して、その1%にも届いていない現状です。
特定行為研修制度とは?
看護師の特定行為研修制度(「特定行為に係る看護師の研修制度」)が始まったのは2015年10月。
限られた医療資源で増大する医療ニーズに対応するため、「医師の判断や指示をその都度、待つ必要なく、あらかじめ作成された『手順書』に基づいて、一定の診療の補助(=特定行為)を行える看護師」を養成しようと制度が創設されました。
特定行為として定められているのは、21分野(特定行為区分)に分類される38項目(厚生労働省ホームページ「特定行為とは」)。
具体的には「経口用気管チューブの位置調整」「胃ろうカテーテルの交換」「創傷に対する陰圧閉鎖療法」などがあり、国は特に在宅分野での活用を推進したい狙いです。
訪問先で褥瘡の処置、看護師としてのやりがい実感
9区分の特定行為研修を修了した訪問看護師の木工達也さん
「最期まで自宅で過ごす上で、褥瘡のあるなしは大きい。褥瘡の処置はニーズがあるのはもちろんですが、効果が目に見えて分かる分、患者さんやご家族の満足度も高いんです」
訪問看護師の木工達也(もっこう・たつや)さん(30)は、栃木県内の訪問看護ステーションで働きながら、在宅医療にかかわりの深い9区分15行為の研修を修了。多くの在宅患者に「壊死組織の除去」や「膀胱ろうカテーテルの交換」などの特定行為を実施してきた手応えをそう話します。
「医師の訪問診療は多くても月2回程度。医師の指示や処置を待つよりも、週2、3回訪れる訪問看護師が現場で適切に判断しながらケアできれば、褥瘡は確実に良くなります」
研修を通して知識が深まったことでアセスメント能力も向上し、時には外用剤の変更を医師に提案することも。目の前の患者により良いケアを効率的に提供できているという実感に、木工さんは看護師として大きなやりがいを感じています。
実習続きで出勤は月5日…それでも応援してくれた職場
木工さんが特定行為研修を修了できたのは、何より職場の理解があってこそでした。
特定行為研修は、受講者全員が必修の「共通科目」(計315時間)と、21の特定行為区分ごとに選択する「区分別科目」(15~72時間、区分により異なる)を受講する必要があります。
講義や演習はe-ラーニングでの履修も可能ですが、実習は研修機関の病院などで直接、医師の指導を受けなければなりません。研修機関は2018年2月現在、34都道府県69施設にとどまっています。
出典:厚生労働省「特定行為に係る看護師の研修制度 指定研修機関等について」
「どの区分をどのくらいの期間で修めるかにもよりますが、私の場合、実習が続いたときには月に5日ほどしか出勤できないこともありました」(木工さん)
それでも、木工さんの勤める訪問看護ステーションでは優先的に勤務を調整してくれたほか、出勤日数にかかわらず基本給を支給し、手厚いフォロー体制を敷いてくれました。
「自費で研修を受けると、経済的負担はかなりのもの。私の場合はトータルで90万円ほど掛かりました。それだけに、実習期間も基本給を確保してもらえたのは本当にありがたかったです」と木工さん。
一方、木工さんも研修で得た学びを積極的に職場で共有。「協力してもらって研修を受けている以上、自分1人だけの成果にすべきじゃない。きちんと還元することで同僚の理解が得られ、ステーション全体の知識・スキル向上にも貢献できます」
結局は「看護師のモチベーション頼み」
特定行為研修を受講中の木工さん。模擬患者とのロールプレイングでアセスメント能力を磨く
ただ、木工さんのような受講環境は、かなり恵まれたケースと言えます。
現行の診療報酬では、「特定行為研修を修了した看護師」が算定要件となっている項目はほとんどなく、病院・施設にしてみれば、人手が足りない中で、診療報酬のつかない特定行為研修を看護師にわざわざ受けさせる経営的インセンティブがありません。
その結果が、「特定行為を実践したいという熱意のある看護師が、30万~250万円を自己負担して研修を受けている」という現状。
診療報酬がつかないため給与に反映されることも少なく、「研修を修了しても特に待遇は変わらない」「多少の手当が付いたものの、自分で負担した受講料を考えると赤字」というのが現実です。看護師個人のモチベーション頼みで成り立っていると言わざるを得ません。
木工さんは「研修施設が少なく、地域によっては職場や自宅の近くで実習が受けられないというのもネック。経済的な支援、代替人員を確保してくれる職場のサポート、研修機関の増加といった環境がなければ、特定行為研修が広がるのは難しいと思います」と話します。
特定行為のメリットを感じられる現場こそ研修を受けにくい矛盾
特定行為研修の共通科目を開講している放送大学の田城孝雄教授は、「特定行為研修の受講環境とメリットが噛み合っていない」と指摘します。
放送大学の田城教授は「すべての看護師が1~2区分の特定行為研修を修了できるくらいの普及レベルが理想」とする
「研修を受けやすいのは、比較的余裕のある、都市部を中心とした大きな病院に勤める看護師。けれども、医師の指示をいちいち仰ぐ必要がなくなるという特定行為研修制度のメリットは、地域包括ケアシステムを支える在宅医療や介護施設こそ感じやすいはずです。
在宅分野は、医療資源の不足した地方はもちろん、大都市圏でも十分な受け皿が整っていません。
ところが、そうした現場には、研修を受けるだけの余裕がないんです」
この食い違いを解消して受講のハードルを下げ、特定行為の裾野を広げることが、これからの地域包括ケアシステムに不可欠だと、田城教授は考えています。
問われているのは国の本気
医師の働き方改革の一環として、医師から看護師への業務移管(タスク・シフティング)が議論される中で、「特定行為研修を修了した看護師の少なさ」に対して厳しい視線が向けられています。また、日本看護協会が認定看護師の教育プログラムに特定行為研修を組み込もうと計画するなど、新たな動きも出てきています。
制度を主導する厚生労働省は2017年12月以降だけでも、東京と大阪2会場でのシンポジウム開催、在宅分野に焦点を当てた新規リーフレットの作成、ポータルサイトの開設と、矢継ぎ早に施策を打っていますが、広報だけで抜本的な対策になり得ないのは明らかです。
診療報酬の評価がない、研修機関が少ない、研修を受けたくても個人の負担が大きい、現場の看護師を研修に出す余裕がない-。制度のスタート当初から指摘されていたにもかかわらず、これまで有効な手段が打たれてこなかった課題にどこまで踏み込むのか。個々の看護師のモチベーションに頼らない制度にできるのか。
国の本気度が問われています。
看護roo!編集部 烏美紀子(@karasumikiko)
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(参考)
特定行為に係る看護師の研修制度(厚生労働省)
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