緩和ケア 7つの誤解|誤解1◆緩和ケアは癌治療後に開始
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今春の診療報酬改定では在宅緩和ケアの充実が評価されるなど、プライマリ・ケア医の緩和ケアへの関与が求められている。しかし、いまだに「緩和ケアは治療後や終末期に行うもの」「主目的は痛みの緩和」「モルヒネは命を縮める」といった誤った認識を持つ医師は多い。緩和ケアにありがちな7つの誤解を取り上げ、それを払拭する「正解」を取材した。
(満武里奈=日経メディカル)
特集◎緩和ケア 7つの誤解
誤解1◆緩和ケアは癌治療後に開始
「いまだに『緩和ケア』は癌治療後や終末期に行うものと思っている医師が多いのが現状」──。こう指摘するのは埼玉県立がんセンター緩和ケア科科長の余宮きのみ氏だ。
2012年に日本緩和医療学会が緩和ケアチーム登録された施設を対象に、癌患者への緩和ケアを行うよう緩和ケアチームに依頼があった時期を尋ねたところ、半数以上が癌治療終了後だった(図1)。もちろん、緩和ケアチームに相談していなくても、癌治療医が治療中に適切に緩和ケアを患者に提供している可能性はあるが、「癌治療終了後に緩和ケアチームに相談するケースの割合が予想以上に多かった。適切に緩和ケアチームに相談されていない可能性がある」と余宮氏は指摘する。
図1 がん緩和ケアチームへの依頼時期
(日本緩和医療学会の「2014年度緩和ケアチーム登録解析」より、n=7万257人)
一昔前の「緩和ケア」といえば、死を直前にした患者の痛みを取る行為を指していた。
しかし、世界保健機関(WHO)が2002年に示した緩和ケアの定義は「生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して、痛みやその他の身体的問題、心理社会的問題、スピリチュアルな問題を早期に発見し、的確なアセスメントと対処(治療・処置)を行うことによって、苦しみを予防し、和らげることで、QOLを改善するアプローチ」。
つまり、緩和ケアが提供される時期は必ずしも癌末期ではないこと、そして痛みを取る行為だけに限らないことが示された。
日本でも2012年に閣議決定された第2期がん対策推進基本計画で「がんと診断された時からの緩和ケアの推進」が掲げられている。
早期からの介入で予後良好
実際に癌の痛みは、進行・再発時だけではなく、治癒切除後にも存在することが報告されている。
全国575施設の看護師にアンケートを行い、4万人弱の癌患者の有痛率を調べた大規模研究によると、病院の種類にかかわらず、患者の有痛率は根治的治療期で約2割、保存的治療期で約3割、末期状態では約7割だった(2003年度厚生労働科学研究費補助金医薬安全総合研究事業より)。癌性疼痛に初期から適切に対処しないと、「感作」が起きて痛みが複雑化し、少量の鎮痛薬では痛みが取れない状態に陥ることも知られている。
一方で、緩和ケアを早期から実施すると予後良好となることを示したエビデンスが2010年にNEJM誌に掲載された。進行・再発の非小細胞肺癌患者を対象にした臨床試験で、治療と同時に緩和ケアを実施した患者の生存期間中央値が、治療後から実施した患者よりも有意に長かった(11.6カ月対8.9カ月、P=0.02)(N Engl J Med.2010:363;733-42.)。
永寿総合病院(東京都台東区)がん診療支援・緩和ケアセンター長の廣橋猛氏は、この結果について「生存期間が延長したのは、患者さんと主治医の間で十分な意思疎通ができて、適切な時期に積極的な癌治療を止められたためではないか」と解説する。
緩和ケアの提供開始時期は「治療後」ではなく「診断時」が正解だ。癌患者が経験する痛み、吐き気や便秘などの副作用、精神的な苦痛にも対処することが求められる(表1)。
表1 癌緩和ケアの対象例(がん情報サービスのホームページから一部抜粋)
治療中や治癒切除後も痛みがある場合は、必要に応じて鎮痛薬を処方する(図4(Part5より参照))。1人で対処しきれないときは、必要に応じて緩和ケア専門医に相談することが大切だ。
図4 問診による痛みの種類の見分け方(余宮氏による)
告知に伴う精神的苦痛に対応
盲点として特に配慮したいのが、 「告知」に伴う不安や落ち込みなどの精神的苦痛。名古屋市立大学病院緩和ケア部部長の明智龍男氏は、「薬物療法や手術にスキルが求められるのと同様に、精神状態をサポートするためのコミュニケーション能力は医療者にとって大切な技術だ」と指摘する。
実際、癌の告知に伴って自殺リスクが著しく上昇することが分かっている。日本人の男女約14万人を20年以上追跡したコホート研究によると、癌に罹患していない患者に比べ、癌と診断後1年以内の患者の自殺リスクは約24倍だった(Yamauchi T,et al,Psycho-Oncology2014;23:1034-41.)。
明智氏は、「多くの人は癌と診断されると、精神的に混乱する。癌になることで健康や将来の計画、社会的役割を喪失することを余儀なくされ、うつ病を引き起こすリスクが高まる」と指摘する。うつ病は自殺リスク因子の1つとして知られているが、国内の研究では、初発や再発の告知を受けた癌患者の15~40%がうつ病だったことが報告されている。
名古屋市立大学病院の明智龍男氏は、「精神状態をサポートするコミュニケーション能力は、医療者にとって大切な技術」と訴える。
告知時の注意点として明智氏が挙げるのは、癌である事実、実際の病期、選択できる治療法、治癒の可能性──などについて、どこまでの情報を患者が知りたいと思っているのかを十分に探ることだ。
たとえ患者が「全部教えてほしい」と言ったとしても、事実を受け止めるだけの「心の準備」ができてない可能性もある。患者の様子を十分に観察しながら段階的に説明を行い、患者が事実を受け止められる状況でないと判断した場合は、告知を一時的に中止する。「続きを聞きたくなったらいつでも聞いてください」と補足することも有効だ。
また、血液内科医から緩和ケア医に転身した愛和病院(長野市)副院長の平方眞氏は、告知時など患者の精神的苦痛が想定される話をする際には、初めに「厳しい話になって申し訳ないのですが」「ご心配されていることかと思いますが」などの言葉を用いて、患者が告知を受け入れるよう心の準備を促す。
今後に予想される転帰を説明する場合は、「あなたはこうなります」と断定せず、 「こういう病気のときには一般的にこうなることが多いです」といった言い方を選択する。「一般的な言い方をすることで『自分はそうじゃないかもしれないが、一般的にはそうなんだ』と第三者的な立ち位置で理解できる」(平方氏)からだ。
最も重要なのは説明後に「これからも私たちが支え続ける」ということを明確に伝えることだという。平方氏は「今日の説明だけでは十分ではないかもしれないので、分からないことがあればいつでも遠慮なく聞いてください」と話し掛ける。こうした一連の声掛けによって、患者自身のペースで告知を理解し、受け入れることが可能になるという。
【緩和ケア 7つの誤解】
<掲載元>
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