PICS予防
『ICU看護実践マニュアル』(サイオ出版)より転載。
今回は、「PICS予防」について解説します。
関根庸考
市立青梅総合医療センター クリティカルケア特定認定看護師
杉中宏司
市立青梅総合医療センター 救急科副部長
- PICS は患者の長期予後に影響を及ぼす。PICS を考慮した早期介入とフォローアップ体制が重要である。
- ICU-AW の予防は重症患者を「不動にしない」ことが重要。
- ABCDEFGH バンドルは遵守率が高ければ高いほど効果を発揮し、重症患者の長期予後改善につながる。
集中治療後症候群
- 集中治療後症候群(PICS:Post intensive care syndrome)とは、集中治療室在室中あるいは退室後、さらには退院後に生じる身体機能、認知機能、精神機能の障害で、2010年から米国集中治療医学会(SCCM:Society of Critical Care Medicine) より提唱された概念である。
- 患者自身の身体機能、認知機能、精神機能の障害だけでなく、患者家族の精神機能障害も及ぼす(図1)。
図1PICS の概念図

(Inoue S, et al.: Post-intensive care syndrome: its pathophysiology, prevention, and future directions. Acute Med Surg.2019;6(3):233-246. Published 2019 Apr 25. doi:10.1002/ams2.415より引用、一部改変)
- PICS の要因は、「患者の疾患と重症度」「医療、ケア介入」「集中治療室の環境要因」「患者の精神的要因」の 4 つである。
- 高齢者のみの問題というわけでなく、若年者や小児においても PICS は起こりえる。
- PICS は患者の長期予後に影響を及ぼすため、PICS を考慮した早期介入と退院後に継続的介入ができるよう PICS 外来のような長期的なフォローアップが行える環境・システム構築が重要である。
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ICU-AW
- ICU-AW(ICU-acquired weakness) と は、PICS における身体機能障害の 1つで集中治療室入室後に発症する急性の左右対称性の四肢筋力低下を呈する症候群である。
- ICU-AW は重症疾患多発ニューロパチー(CIP:critical illness polyneuropathy)、 重症疾患多発ミオパチー(CIM:criticalillness myopathy)、CIP と CIM が合併した重症疾患多発ニューロミオパチー(CINM:critical illness neuromyopathy)の 3 つに分けられる(図2)。
図2ICU-AW の分類

(Inoue S, et al.: Post-intensive care syndrome: its pathophysiology, prevention, and future directions. Acute Med Surg. 2019;6(3):233-246. Published 2019 Apr 25.doi:10.1002/ams2.415より引用、一部改変)
ICU-AWのメカニズム
- 筋繊維には速筋繊維(Type II 繊維)と遅筋繊維(Type I 繊維)があり、ICU-AW では主に速筋繊維(Type II 繊維)が優位に障害される。
- ICU-AW における筋力低下は横隔膜の筋肉にも影響を及ぼし、人工呼吸離脱困難へと陥る要因となる。
- ICU-AW と廃用性筋萎縮の違いは、廃用性筋萎縮では過度な安静や活動量の低下によって生じる筋萎縮であり、遅筋繊維(TypeI 繊維)の障害が進みやすいという点である。
- ICU-AW における病態メカニズムの 1つ目は、 図3- a に示す骨格筋自体の消耗(CIM)であり、微小血管虚血、異化作用、不動に伴い起こる。
- 2つ目は、図3- bに示す軸索の変性に伴う多発神経障害(CIP)である。
図3ICU-AW の病態メカニズム

(Kress JP, Hall JB. ICU-acquired weakness and recovery from critical illness. N Engl J Med. 2014 Apr 24;370(17):1626-35.doi: 10.1056/NEJMra1209390. PMID: 24758618.より引用、一部改変)
- CIP は神経虚血を伴う微小血管損傷、ナトリウムチャネルの機能不全、神経ミトコンドリアへの損傷などが原因となる。
- CIM に次いで CINM が多く、CIP 単独で発症することはまれである。
- 重症患者における ICU-AW 発症率は40% 程度とされている2)。
- 主なリスク因子は、女性、敗血症、異化状態、多臓器不全、全身性炎症反応症候群、人工呼吸、不動、高血糖症、グルココルチコイド、筋弛緩薬の長期使用に関連する。
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ICU-AWの診断
- ICU-AW の診断には MRC(medical research council)score が用いられる。
- MRC score は、上肢の肩関節外転、肘関節屈曲、手関節伸展、下肢の股関節屈曲、膝関節伸展、足関節屈曲の 6 つの関節運動について 0~5 の徒手筋力テストで評価する。
- MRC score に代わる評価方法も検討されているが、MRC score は ICU-AW における筋力評価として信頼性が確認されており、診断基準にも使用されている。
- MRC score で日常的に評価が行えるならば望ましいが、評価手順について適切なトレーニングが必要であることや実施に時間がかかる、患者の覚醒状況に左右されるといった理由から看護師が MRC score を評価することは少ないのが現状である。
- 看護師として、日々の日常生活動作や体動の状況、四肢の可動性の状況などの観察から筋力を判断していく必要がある。
- 患者が覚醒、協力を得られるならば簡便な方法として握力測定や MMT で筋力の早期スクリーニングを行い、筋力低下があるようならば PT へ協力を依頼して MRC score で詳細に評価していくことが現実的である。
- 表1に ICU-AW の診断基準、 表2にMRC score を示す。
表1ICU-AWの診断基準

表2MRC score

(https://www.rishou.org/wp-content/uploads/2019/10/MRC_score_J.pdfより改変)
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ICU-AWの予防的介入
- ICU-AW に対するリハビリテーションは予防的介入が基本であり、重症患者を「不動にしない」ことが重要である。
- そして、早期リハビリテーションを段階的に進めていくために患者の協力は必須である。
- まずは患者を「起こす」ため、鎮痛・鎮静の調整やせん妄の予防が必要である。
- また、退院後に適切なフォローアップや継続的なリハビリテーションが行われず、退院後数か月の間、一時的に ADL が低下することがある。
- 必要に応じて ICU 退室後や退院後の継続的な介入、フォローアップも患者 QOL を考えるうえでは重要である。
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ABCDEFGHバンドル
- ABCDEFGH バンドルは、PICS 予防の介入として取り組まれている鎮静、せん妄、および不動のリスクに対処するバンドルである。
- バンドルは、「A:気道管理、痛みの評価、予防、 管理 」「B: 自発覚醒トライアル(SAT)、および自発呼吸トライアル(SBT)を含む人工呼吸の離脱に向けた呼吸管理」「C:鎮痛と鎮静の選択、ケアの調整、およびコミュニケーション」「D:せん妄の評価、予防、管理」「E:早期リハビリテーション」「F:家族の関与、フォローアップの紹介」「G:良好な情報共有と伝達」「H:PICS やPICS-F に関する配布資料」といった内容で構成される(図4)。
図4ABCDEFGH バンドル

(Inoue S, et al.: Post-intensive care syndrome: its pathophysiology, prevention, and future directions. Acute Med Surg. 2019;6(3):233-246. Published 2019 Apr 25.doi:10.1002/ams2.415より引用、一部改変)
- バンドルの遵守率が高ければ高いほど効果を発揮し、重症患者の長期予後改善につながる可能性がある4)。
- PICS となった患者は以前と同じ日常生活を送ることが困難となるため予防が重要である。
- 予防的介入がなければ、重症患者の多くはPICS となり、退院後も身体・認知・精神の障害を抱えて生活していくこととなる。
- また、身体機能のみでなく、認知機能障害へも焦点を当て、早期からの身体リハビリテーションと認知機能リハビリテーションを併用することで、身体、認知機能ともに改善を示す場合がある。
- そのため、状況に応じて認知機能リハビリテーションの実施も必要である。
- 医師、看護師、臨床工学技士、作業療法士、理学療法士、管理栄養士、薬剤師などバンドルを遂行していくためには多くの職種がかかわる。
- 看護師は多職種協働を円滑に行うためのハブ的な役割を果たすことが重要である。
- ABCDEFGH バンドルを含む PICS 対策を継続的に実施し、患者の長期予後を見据えた介入をしていかなければならない。
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PICSの評価指標
- 適切な介入と効果判定には評価指標が必要で、適切なタイミングで、適切な評価を行わなければならない。
- 主なタイミングとしては ICU 入室時、在室時、退室時、一般病棟、退院時、退院後などである。
- また、身体機能障害、認知機能障害、精神障害のスクリーニングを行い、異常早期発見・介入に努めることも重要である。
- PICS における評価指標に関する一覧を表3、表4に示す。
表3PICSにおける身体機能、認知機能、精神機能の評価項目

表4PICSにおける身体機能、認知機能、精神機能の評価項目の概要

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1 )Inoue S, et al.: Post-intensive care syndrome: its pathophysiology, prevention, and future directions.Acute Med Surg. 2019; 6 ( 3 ):233-246. Published 2019 Apr25. doi:10.1002/ams2.415
2 )Appleton RT, et al.: The incidence of intensive care unit-acquired weakness syndromes: A systematic review. J Intensive Care Soc. 2015 May;16( 2 ):126-136.doi: 10.1177/1751143714563016. Epub 2014 Dec 18. PMID:28979394; PMCID: PMC5606476.
3 )Kress JP, Hall JB. ICU-acquired weakness and recovery from critical illness. N Engl J Med. 2014 Apr 24;370(17):1626-35. doi: 10.1056/NEJMra1209390. PMID:24758618.
4 )Pun BT, et al.: Caring for Critically Ill Patients with the ABCDEF Bundle: Results of the ICU Liberation Collaborative in Over 15,000 Adults. Crit Care Med. 2019 Jan;47( 1 ): 3 -14. doi: 10.1097/CCM.0000000000003482. PMID:30339549; PMCID: PMC6298815.
本連載は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。
[出典] 『ICU看護実践マニュアル』 監修/肥留川賢一 編著/剱持 雄二 サイオ出版


