なぜ、がん以外の患者さんには緩和ケアがないの?
看護師のみなさんは、こんな経験はありませんか?
呼吸器病棟で終末期の肺気腫(COPD)の患者さんを受け持ったとき。呼吸困難で苦しそうにしている姿を見て、「この方にも緩和ケアがあれば...」と思ったけれど、「肺気腫だから仕方ない」と諦めてしまった。
腎臓内科で透析導入を拒否された高齢患者さんのご家族から、「最期は苦しまずに過ごさせてあげたい」と相談されたとき。「がん患者に対する緩和ケアのようなサポートがあればいいのに」と歯がゆい思いをした。
一方で、がん患者さんには緩和ケアチームが定期的に回診し、痛みや不安に細やかに対応している光景を目にして、「どうしてこの差があるんだろう」と疑問に思った―。
私たち医療者が日々の看護で感じるこの「モヤモヤ」には、いくつかの理由があるのです。
透析患者のご家族が直面した現実
最近、ある本が話題になっています。ノンフィクション作家の堀川惠子さんが書いた『透析を止めた日』(2024)という本で、透析患者だった夫を看取った実体験がつづられています。
書籍の中で、こんなやりとりが紹介されています:
「Aさんの病気では、緩和ケア病棟には入れないんですよ。緩和ケア病棟に入ることができるのは、がんの方だけなんです」
「え?Aがもう近いうちに亡くなることは、間違いないですよね。それでもダメなんでしょうか?」
「それはおっしゃるとおりで、私もこれはちょっとおかしいと思っているんですが、制度がそうなっているので、どうにもなりません」
このようなやりとりを、みなさんも現場で耳にしたことがあるかもしれません。
同じように苦しんでいるのに、なぜこんなに差があるのか?がん患者さんには緩和ケアチームが丁寧に関わり、痛みや不安に対してさまざまな薬や方法を試してくれます。緩和ケア病棟に入院することもできます。
一方で、がん以外の疾患の患者さんには、同じような選択肢がほぼ用意されていません。
なぜ「がんだけ特別」になってしまったのか

実は、世界保健機関(WHO)が定める緩和ケアの定義では、対象を特定の疾患に限定していません。「生命を脅かす病気に関連する問題に直面している患者と家族」が対象とされており、本来はがんに限らないはずなのです。
日本の緩和ケアは、1980年代にがん患者さんのために始まりました。当時、がん患者さんの痛みや苦痛が十分にケアされていないという問題から、「がんの緩和ケア」として発展してきたのです。
これ自体は素晴らしいことでしたが、結果として制度も「がん中心」になってしまいました。
現在の診療報酬制度を見てみると、緩和ケア病棟入院料はがん患者さんとAIDS患者さんのみが算定可能で、緩和ケア診療加算もがんとAIDS患者さん、末期心不全にのみ適用されています。
つまり、病院側からすると「がん以外の患者さんに専門的な緩和ケアを提供しても、診療報酬が得られない」という構造になっているのです。
もう一つの大きな問題は、緩和ケアの専門家たちがほぼがん患者さんしか診療してこなかったことです。
看護師のみなさんも考えてみてください。がんの病棟で働く看護師は、がん患者さんの看護に詳しくなります。でも、心不全や腎不全の終末期ケアについては経験が少ないかもしれません。
これと同じことが、緩和ケアの専門家にも起こっているのです。
痛み止めについても大きな問題があります。強い痛みに効果的な医療用麻薬(オピオイド)の多くは、「がん性疼痛」にのみ適応があります。がん以外の疾患で同じような強い痛みがあっても、使える薬が限られているのが現状です。
看護師にできることはもっとある

ただ、制度の壁があるからといって、私たちは諦めるべきではありません。
本来、緩和ケアは専門家だけが行うことのできるケアではないのです。看護師のみなさんが日常的に行っているケアが、緩和ケアにもつながります。
痛みの評価を丁寧に行い、薬以外の方法でも楽になることを一緒に探してみる。不安を抱える患者さんの話をじっくり聞く。ご家族の気持ちにも寄り添う―。
これらはすべて、緩和ケアの基本的な要素です。
「今日は痛みはいかがですか?」と聞いたとき、「我慢しなきゃ」という患者さんの言葉をそのまま受け取っていませんか?「がんでないから、強い痛み止めは使えないし仕方ない」と思っていませんか?
そんなときこそ、「痛みを我慢する必要はありませんよ。どんな痛みでも、楽になる方法があるかもしれません」と伝えてみましょう。
痛みの強さだけでなく、どんなときに痛むのか、どんな体勢が楽なのかを丁寧に聞き取ることで、薬以外の対処法も見つかるかもしれません。温罨法やマッサージ、体位の工夫など、看護師の技術でできることはたくさんあります。
さらにいうと、患者さんの一番近くにいる看護師だからこそ、できるケアがたくさんあります。
まず大切なのは、がん以外の疾患でもさまざまな苦痛があることを意識することです。心不全や肺気腫の患者さんの息苦しさ、腎不全の患者さんの痛みやだるさ、神経難病の患者さんの不安。これらは、がん患者さんが経験する苦痛と何ら変わりません。
「この症状、もしがん患者さんだったら緩和ケアチームに相談するのに...」と感じたら、それはすでに気づきの第一歩です。その感覚を大切にして、主治医に相談してみましょう。
看護師には、患者さんと他の医療者をつなぐ重要な役割があります。例えばがん以外の患者さんでも、痛みがあれば薬剤師に相談できます。緩和ケアチームに正式な依頼ができなくても、個別に相談することはできるでしょう。そこからつらさを和らげるケアはきっと始まります。
病棟などのカンファレンスで非がん患者さんのケースを検討するとき、「もしこの患者さんががん患者さんだったら、どんなケアを提供していただろう」と考えてみてはいかがでしょうか?そこで出てきたアイデアの多くは、実際にはがんでなくても実行可能なものかもしれません。
緩和ケアの未来 ―鍵を握るのは看護師
たしかに緩和ケア病棟に入れる疾患は限られています。でも、どんな病気であっても、患者さんのつらさを和らげることは同じように大切です。そして、その最前線にいるのは看護師なのです。
がん以外の患者さんが緩和ケア病棟を利用できるようになったら、救われる患者さんは増えるでしょう。医療用麻薬の適応が拡大されたら、痛みで困る患者さんが減るかもしれません。
でも、制度が変わるのを待つ間にも、目の前の患者さんは苦しんでいます。できることは、今すぐ始められます。
がん患者さんに対する痛みを評価する技術は、心不全の患者さんにも使えます。がん患者さんのご家族に寄り添った経験は、透析患者さんのご家族にも生かせます。看護師が持っている技術と知識は、疾患の枠を超えて患者さんの苦痛を和らげる力があります。
冒頭で感じた「モヤモヤ」は、看護師としての良心の声です。「がんじゃないから仕方ない」ではなく、「何かできることはないか」と考える。その思いこそが、真の看護の出発点です。
がんであろうとなかろうと、すべての患者さんが尊厳を持って人生の最期を過ごせるように。その実現の鍵を握っているのは、患者さんに最も近い存在である看護師なのです。
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永寿総合病院 がん診療支援・緩和ケアセンター長廣橋 猛
2005年東海大学医学部卒。三井記念病院内科などで研修後、09年緩和ケア医を志し、亀田総合病院疼痛・緩和ケア科、三井記念病院緩和ケア科に勤務。14年2月から現職。また、病院勤務と並行して、医療法人社団博腎会野中医院にて訪問診療を行う二刀流の緩和ケア医。日本緩和医療学会では理事として、緩和ケアの広報、普及啓発、専門医教育などの活動を行っている。「がんばらないで生きる がんになった緩和ケア医が伝える「40歳からの健康の考え方」(KADOKAWA)」など著書複数。
編集:北井寛人(看護roo!編集部)
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