高額療養費制度があっても…お金の問題で生きることを諦める患者さん

高額療養費の申請書画像

 

皆さんは最近、ニュースなどを賑わせた高額療養費制度の見直しの話題についてご存知でしょうか?

 

今回は、高額療養費制度を利用している患者さんの声をふまえ、患者さんが感じている「医療費というつらさ」に対し、私たち医療職がどのように向き合い、支援することができるのか考えていきたいと思います。

 

医療者から見えにくい「医療費というつらさ」

「もうそろそろ退院しようと思うの」

 

がんの骨転移で入院している佐々木さん(仮名、65歳、女性)が、病室を訪れた私に小さな声で話しかけてきました。

抗がん剤治療の副作用もやっと落ち着いてきたところでしたが、何だか様子がおかしいように感じました。

 

「どうしてですか?まだ骨の痛みも残っていますし、もう少し入院して、痛みのコントロールやリハビリを進めた方が安心だと思いますが…」

 

私が尋ねると、佐々木さんは少しうつむき、ためらいながら、より小さな声でこう答えました。

 

「実は、入院費のことが心配で…もう少ししたらまた月をまたいでしまうでしょ。毎月の限度額まで払い続けるのが、もう厳しくなってきているの」

 

この言葉を聞いて私はハッとしました。

佐々木さんは早くに夫を亡くして一人暮らし。年金と少しのパート収入でつつましい生活をしていました。高額療養費制度を利用しても、毎月の医療費の負担は大きなものだったのです。

 

「病気は治したいけど、お金のことを考えると不安で夜も眠れなくなる日もあるの」

 

そう告白する佐々木さんの表情には、痛みや吐き気といった身体的な苦痛とは別の、深い悩みが刻まれていました。

患者さんの画像


私たち医療者、特に看護師は患者さんの一番近くで、そのつらさに寄り添う存在です。

痛みや息苦しさ、吐き気など、身体的な苦痛には敏感に反応し、適切なケアを提供します。

 

しかし、佐々木さんのような「経済的な苦痛」は、患者さん自身が口に出しにくく、私たちも気づきにくいことかもしれません。

 

緩和ケアが対象とする苦痛には、身体的苦痛や精神的苦痛だけでなく、社会的苦痛も含まれています。

その社会的苦痛の大きな部分を占めるのが、この「経済的な苦痛」なのです。

 

特にがんなど長期にわたって治療が必要な患者さんにとって、医療費の負担は深刻な問題です。

高額療養費制度があっても、毎月の上限額を支払い続けることは、多くの患者さんにとって大きな負担と感じる場合があるのです。

 

今後も続く高額療養費制度の見直しの議論

少し前に話題になった高額療養費制度の見直しは、この患者さんの負担をさらに大きくするものでした。

政府は当初、2025年8月から高額療養費制度のひと月あたりの自己負担上限額を引き上げる予定でした。

 

例えば年収約370万円の世帯では、現行の月額80,100円から88,200円へと、約8,000円負担が増える案だったのです。

しかもその後も段階的にさらに引き上げられる計画でした。

 

この計画に対して、全国がん患者団体連合会が緊急でアンケートを実施したところ、わずか3日間で3,623人もの回答が集まりました。

そのうち2,233人ががん患者の方々で、経済的な理由で治療の継続に不安を抱える声が多数寄せられるなど、反響は非常に大きなものでした。

 

これら患者さんなどからの声を受けて、政府は制度改定の一旦見送りを発表しました。

今年の秋までに改めて議論を行うことになったのです。

 

この問題は決して終わったわけではありません。

 

事実、我が国の財政状況や増大する医療費を考えると、何らかの医療費を抑制する政策が必要なのでしょう。

 

ただ、その皺寄せが、重い病で長く治療を必要とする患者さんにいってしまうのは、おかしな話です。

 

お金が払えず、生きることを諦める人がいる

患者さんの画像

お金が払えないという理由で、がん治療を諦める人、すなわち生きることを諦める人がいることをご存知でしょうか。

 

次に肺がんと診断された60代の男性、三井さん(仮名)の衝撃的な訴えを紹介します。

 

三井さんは、がん専門病院で免疫チェックポイント阻害薬を含む治療を提案されたものの、入院が必要な治療のため、それだと日雇いの仕事ができなくなり、働けないと高額な医療費も支払えないという理由で、治療を諦めようとしていたのです。

 

頼れる家族もなく、働きながら治療費を支払い続けなければならない現実に、もう生きることを諦めていた三井さん。

 

その後、私たちの病院で緩和ケアチームが介入し、呼吸器内科の医師やMSW(医療ソーシャルワーカー)と連携して、入院せずに治療を続けられる方法を提案しました。

その結果、彼は外来で抗がん薬治療を受けながら仕事を続けることができるようになったのです。

 

「命も大事だけど、お金がないと生きていけないからね。もう諦めていたんだ、ありがとう」

 

三井さんの涙ながらの言葉は、経済的な理由で適切な治療を受けられない患者さんが確かに存在することを、私たちに突きつけました。


皮肉なことかもしれませんが、苦痛を和らげる緩和ケアにも医療費はかかります。

 

緩和ケア病棟に入院する場合、医療保険が3割負担の方で1日あたり約15,000円の医療費がかかります。

1か月入院すると45万円にも及びます。多くの患者さんやご家族が、高額療養費制度に頼っているのが現状です。

 

緩和ケア病棟での入院が長期化することは、余命が延びることを意味し、本来なら喜ばしいことのはずです。

しかし、経済的な不安がその喜びを打ち消してしまう現実があります。

 

「長くがんばってくれるのは嬉しいんだけど、医療費のことが心配で…」

 

このような言葉をご家族から聞くとき、私たち医療者は複雑な思いに駆られます。

 

生きることを喜べない状況は、お互いにとってつらいことです。

 

看護師だからこそできる支援

患者さんと看護師

では、患者さんの「経済的な苦痛」に、看護師はどのような支援ができるでしょうか。

 

1 経済的な不安に気づく感度を高める

佐々木さんの「早く退院したい」という言葉のように、皆さんが患者さんとされる対話の裏側に医療費の心配があるかもしれません。

 

看護師が身体状態だけでなく、お金や仕事のことなど、社会的な問題に対する関心を持つことはとても大切です。

 

患者さんはそういった話題を病院で口にしてはいけないと思っているかもしれません。

ぜひ、皆さんから話題にして対話のきっかけを作ってみてはいかがでしょうか。

 

2 医療費や制度についての基本的な知識を持つ

看護師が高額療養費制度の仕組みや、限度額認定証の申請方法など、基本的な知識を持っておくと、患者さんの相談に応じやすくなります。

 

もちろん、詳細はMSWにつなげることが重要ですが、最初の相談相手として対応できることも多いのです。

 

3 多職種連携の中心的役割を担う

看護師は患者さんと日常的に関わり、医師、薬剤師、MSWなどをつなぐ重要な役割を担っています。

 

経済的な不安を抱える患者さんを適切な専門職につなげることで、医療チーム全体として支援が可能になります。特にMSWとの連携は不可欠です。

 

4 外来看護師と病棟看護師の連携

経済的な不安は、入院中だけでなく、通院して治療を受けることになっても続きます。

 

病棟看護師は、入院から通院治療に移行する際などに、外来看護師に経済的な不安を抱える患者さんの情報を共有することが重要です。

外来看護師もMSWと協働して、患者さんの経済的な不安を支援し続けることができるでしょう。

 

「経済的な苦痛」への支援も緩和ケアの役割

森の中から見た空の画像

緩和ケアは、がんやその他の生命を脅かす疾患に伴う苦痛を予防・緩和することで、患者さんとその家族のQOL(生活の質)を改善するアプローチです。

この対象には、身体的苦痛だけでなく、心理的・社会的・スピリチュアルな問題への対応も当然含まれます。

 

経済的な苦痛は、まさに社会的な問題の一つであり、緩和ケアの対象です。

私たち医療者は、患者さんの経済的な苦痛にも敏感になり、適切な支援を提供することが求められています。

 

私はしばしば患者さんに「つらいことや困っていることを教えてください」と尋ねます。その際に「お金のことでも、何でも遠慮なく話してください」とあえて付け加えるようにしています。

この一言で、患者さんが経済的な不安を少しは話しやすくなるかなと期待しているからです。

 

それにしても、今後我が国は膨れ上がる医療費のどこを抑制し、そしてどこを守っていくべきなのでしょうか。

私たち医療者一人ひとりが、経済的な理由で生きることを諦めようとする人がいる現状について考え、声を上げていくことも重要です。

 

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執筆

永寿総合病院 がん診療支援・緩和ケアセンター長廣橋 猛

2005年東海大学医学部卒。三井記念病院内科などで研修後、09年緩和ケア医を志し、亀田総合病院疼痛・緩和ケア科、三井記念病院緩和ケア科に勤務。14年2月から現職。また、病院勤務と並行して、医療法人社団博腎会野中医院にて訪問診療を行う二刀流の緩和ケア医。日本緩和医療学会では理事として、緩和ケアの広報、普及啓発、専門医教育などの活動を行っている。「がんばらないで生きる がんになった緩和ケア医が伝える「40歳からの健康の考え方」(KADOKAWA)」など著書複数。

 

編集:宮本諒介(看護roo!編集部)

 

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