話題の「卵子凍結」、産婦人科医がメリット・デメリットをポイント解説

「卵子凍結」はいくらかかる? 東京都が補助金を拡大

2023年9月、東京都が社会的適応による未受精卵の卵子凍結に対し、公費助成を行う方針を発表しました。

※「社会的適応」とは、健康な女性が、将来の妊娠に備えて卵子凍結を行う場合をいい、がんの治療で卵巣機能が低下する可能性がある場合に行う卵子凍結は「医学的適応」といいます。

 

すでにがん患者を対象に助成を行っていましたが、今回は少子化対策のため、妊娠、出産、育児の切れ目ない支援の一環として、健康な女性も対象として広げることになりました。

 

【対象】

採卵日に18~39歳の都内在住の女性

【助成】

・卵子凍結をした年度に最大20万円

・その後、1年ごとに一律2万円を最大5年間

※1人当たり最大30万円の助成

 

東京都の調査では、卵子凍結にかかる費用(最高額)は、40万円以上50万円未満の施設が多く、今回の助成で費用の一部を補うことができます1)


このことは主要メディアで報道され、該当する世代の女性に注目されています。

もしかすると他の自治体が追随することもあるかもしれません。

 

卵子凍結ってどんな技術? 「夢の技術」は本当か

最近話題にのぼることの多い卵子凍結ですが、誰がどのような場合に必要とする医療なのでしょうか。

通常の不妊治療とは何が違うのか、詳しく見ていきましょう。

 

通常の不妊治療では、卵子を採卵という形で体外に持ち出し、受精させて、ある程度卵割が進んだ状態で凍結を行います(凍結せず、新鮮胚の状態で移植することもあります)。

 

この体外受精の技術は確立されており、世界中で使われています。

 

日本産科婦人科学会の調査では、2021年には約7万人の赤ちゃんが体外受精により日本で生まれています2)

 

一方、今回の助成の対象となる未受精卵の凍結は、採卵後、受精させる前にすぐに凍結します。

 

すなわち、決まったパートナーがいない人や、今のパートナー以外の人との子どもを産む可能性を考えている人も、卵子を凍結保存することができるのが未受精卵の凍結という技術です。

 

そのため、「未来への保険」「時を止め、妊娠出産を後回しにすることのできる技術」のように言われています。

 

しかし、実は「夢の技術」とは言えないのが現実です。なぜでしょうか?

 

 

凍結・解凍の技術的な難しさ

ある程度細胞分裂が進んで、細かい細胞の集まりとなっている受精卵と違い、受精前の卵子は、水っぽくてぶよぶよしている状態です。

 

そのため、凍結や解凍には受精卵よりも高度な技術を要すると言われています。

 

また、解凍後はふりかけ法(体外受精)ではなく、顕微での授精が必要になります。

凍結や解凍の技術が進んでいるとはいえ、通常の不妊治療よりも難しい技術であることは確かです。

 

 

採卵時の年齢による難しさ

卵子の中には受精しても妊娠に至らない場合や、流産となってしまうこともあります。

そのため、未受精卵を凍結していれば必ず赤ちゃんが生まれる、というものではもちろんありません

 

一つは、卵子の個数と年齢の関係があります。

卵子は年齢とともに妊娠が成立しない場合や、流産となってしまう割合が増えてきます。

そのため、若いうちに凍結するほど、少ない数で赤ちゃんを産むことができる可能性が高くなります。

 

ある試算では、34歳、37歳、42歳の人がそれぞれ20個ずつ卵子凍結を行った場合、最低1人の赤ちゃんが生まれる確率はそれぞれ90%、75%、37%とのことです。

また、どの年齢も75%の確率で赤ちゃんが生まれるよう凍結個数を試算した場合、34歳で10個、37歳で20個、42歳で61個とのことでした3)

 

「それなら、たくさん採卵して凍結すればいいのでは?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

 

しかし、年齢とともに染色体異常の卵子の割合が増えるだけでなく、卵子の数も減っていくため、排卵誘発にもなかなか反応しづらくなり、多数の卵子を採卵することは難しくなっていきます

 

日本生殖医学会は、医学的適応のない未受精卵子あるいは卵巣組織の凍結・保存について、「未受精卵子等の採取時の年齢は、36歳未満が望ましい4)としています。

 

 

妊娠する年齢の難しさ

それでは早く凍結すればいいのか、ということになりますが、早ければ早いほどいいのかというのは難しい問題でもあります。

 

未受精卵凍結の最大のターゲットとなるのは、パートナーが定まっておらず、時期は未定だけれど、子どもが欲しいかもしれない、という女性です。

 

若ければ若いほど対象となる方は多いですが、途中でパートナーができて、凍結卵子を使うことなく妊娠し、結果的に卵子凍結が不要だったという人も多く出ます。

 

また、年齢が高くなる場合、先ほど説明した必要な卵子数が増えるだけでなく、パートナーが決まらないまま、凍結卵子を使って妊娠するのに適した年齢を過ぎてしまう人が増えます。

 

日本生殖医学会は、45歳以上の女性に凍結した未受精卵を使用して妊娠することは推奨できない5)としています。

 

イスラエルの報告では、未受精卵凍結を行った446人のうち、凍結卵を利用しようとした人は57人で、生まれた赤ちゃんは13人でした(40歳以上では11人が行いましたが、生まれた赤ちゃんは1人でした)6)

 

アメリカの報告では、未受精卵凍結を行った231人のうち、88人の卵が使用され、27人の女性に32人の赤ちゃんが生まれたとのことでした7)

 

未受精卵凍結からの出生率はイスラエルの報告では約2.9%、アメリカの報告では約14%と、卵子凍結を行ったために生まれてきた命がある一方、割合としては決して多いとは言えないのです。

 

「卵子凍結」はあなたのライフスタイルに合う選択か?

男性と比べて女性は生殖可能年齢に明らかな限りがあり、また、妊娠出産する性であるため子どもを持つには必ず一定期間休む必要があります。

 

生物学的に妊娠出産に最適な時期と、キャリア形成期は見事に重なります。

 

そのためこれまで多くの女性たちが、学び、キャリアを形成し、パートナーを得て、妊娠出産を両立させるために、葛藤し、試行錯誤してきました。

 

医学的な妊娠適齢期はあっても、現代社会を生きる中で何歳で産むのが最適解なのか、いまだ答えはありません。

生物学的に妊娠出産に最適な時期に、妊娠出産にトライするのが難しい状況にある人にとって、たとえそれが保険と呼ぶには不確実なものであったとしても、社会的適応の卵子凍結という選択肢が個人として存在することは大きいと私は思っています。

 

卵子凍結の技術が向上することは、女性や社会にとって福音となることは間違いありません。

 

ただ、先ほど解説したとおり、卵子凍結の技術的な難しさや、赤ちゃんが生まれる割合を考えると、少なくとも現時点では「夢の技術」とはいえません。

 

正確な情報をもとに、自分のライフスタイルにフィットするものかどうか考慮の上、行うかどうか、何歳で行うのがいいか、個々人の選択として考えるのがいいと思います。

 

助成は少子化対策につながるの?

一方、今回のように「自治体の公費を使って助成することが妥当か」というと、それはまた別の議論が必要になると思います。

 

現在、日本は未曾有の少子化に直面しています。

2016年に出生数が100万人を切り、そこからわずか6年後の2022年には出生数は80万人を切りました。

 

原因はさまざまですが、「団塊ジュニア世代」と呼ばれる第二次ベビーブーム世代が第三次ベビーブームを起こすことのないまま、生殖可能な年代をおおむね卒業してしまったので、日本にはそもそも出産する世代の人口が少なくなっているのです。

 

今回の卵子凍結の助成は、少子化対策の妊娠、出産、育児の切れ目ない支援の一環との名目で行われることになりました。

 

東京都の助成をきっかけとして、卵子凍結を選択し、子どもを授かる人生となった、という人も長期的には出てくるでしょう。

 

しかし、短期的には出産を後回しにすることを後押しする制度なので、待ったなしの少子化対策としては疑問を持たざるを得ません。

 

少子化の原因はさまざまですが、晩婚化、晩産化はその一因とされています。

 

男性の有配偶者率は正規雇用者の方が非正規雇用者より高く、年収が高いほど高く8)なっていますが、長引く不況により、子どもを産む世代の年収は長い間上がらず、非正規雇用の割合も高いため、結婚が起こりづらくなっています。

 

不運にも、第二次ベビーブーム世代が就職氷河期と重なったことで、その世代の結婚・出産が起こりづらくなり、日本では第三次ベビーブームが起こりませんでした。少子化対策を行うなら、若者の安定した雇用と収入増は不可欠です。

 

特に今回の助成が行われる東京23区の子育て世帯は、年収の高さが際立っており(30代子育て世帯の年収の中央値は約1000万円9))、東京で子育てをするには高い世帯年収が必要であることがうかがえます。

 

少子化対策として最も重要なのは、若者の雇用の安定、収入増のための景気政策ですが、それは自治体レベルで行うのは難しいかもしれません。

 

しかし、共働きの育児支援や物価高への対応など、子どもを持ちたいと願う人が、今、産めるよう背中を押す政策はまだまだ改善の余地があると思います。

 

さまざまな意見があって当然なことと思いますが、社会的適応の卵子凍結を公費で助成するのは、少子化対策としてのコストパフォーマンスという点からも疑問ですし、「今はキャリアを優先して出産を後回しにしよう」という自治体からのメッセージとしてとらえられかねないと私は思います。

 

 

執筆

丸の内の森レディースクリニック院長宋美玄(ソン・ミヒョン)

産婦人科医 医学博士、丸の内の森レディースクリニック院長。
1976年兵庫県神戸市生まれ、大阪大学医学部医学科卒。2010年に出版した『女医が教える本当に気持ちいいセックス』がシリーズ累計70万部突破の大ヒットとなり、各メディアから大きな注目を集め、以後、妊娠出産に関わる多くの著書を出版。“カリスマ産婦人科医”としてメディア出演、医療監修等、女性のカラダの悩み、妊娠出産、セックスや女性の性など積極的な啓蒙活動を行っている。2児の母。

 

編集:宮本諒介(看護roo!編集部)

 

 

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