『透明なゆりかご』沖田✕華さんインタビュー【後編】“中絶は悪いこと”と描きたくなかったワケ

『透明なゆりかご』は、産婦人科医院を舞台に、さまざまな家族のかたちが描かれている漫画です。

看護師をはじめ多くの女性から共感を呼び、累計325万部超えの大ヒット、本年(2018年)第42回講談社漫画賞(少女部門)を受賞しました。7月にはドラマ放映も控えています。

原作者は、発達障害当事者であり、元看護師の漫画家・沖田×華さん。

看護師時代のことを中心に聞いた前編に続き、今回の後編では『透明なゆりかご』の製作秘話を伺いました。

【聞き手:のまり(精神科看護師)】

沖田✕華さんとかんごるー、聞き手ののまりさんとのスリーショットの写真

(左:沖田✕華さん、右:のまり、中央:かんごるー)

 

沖田✕華さんインタビュー【後編】

マンガ『透明なゆりかご』“中絶は悪いこと”と描きたくなかったワケ

笑顔の沖田✕華さん(漫画家)の写真

 

のまり: 前編では、沖田さんご自身の看護師時代のエピソードや、発達障害当事者としての思いについてお話を伺いました。

今回はマンガ『透明なゆりかご』について伺いたいと思います。

『透明なゆりかご』は、沖田さんが高校時代にご経験された、産婦人科医院でのアルバイトを基に描かれていらっしゃるんですよね?

 

沖田✕華さん(以下、沖田):そうなんです。でも、バイトは産婦人科を特に希望したわけではなく、母に勧められるがまま働き始めたのがきっかけです。

 

マンガの第1話にも描きましたが、バイト初日に中絶の現場に立ち会ったのは最初の衝撃的な経験です。

私はそこで、膿盆に載った中絶胎児をピンセットでエタノール液のケースに入れる業務をしていました。

 

初めて中絶胎児を見た時「さっきまで生きていたんだけど、今は生きてない何か」がそこにあって、強烈に“これは大事なものなんだ”と思ったんですよね。だから、大事に丁寧に作業していたのを覚えています。

 

 

“中絶は悪いこと”とは描きたくなかった 

『透明なゆりかご』の中で描かれたエピソードについて、ページをめくりながら質問するのまりさんの写真

のまり:『透明なゆりかご』の中で、沖田さんはご自身の感覚を大切に描かれている印象があります。

 

沖田:そうですね。中絶胎児を目前にしたとき「さっきまで生きていた何か」がすごく大事なものに感じて…。

自然と、中絶胎児に声をかけたり歌を聞かせたりしながら作業していました。

そのときの強烈な感覚を描きたかったんだと思います。

 

当時は、看護師ではなく見習い(学生アルバイト)だったので、専門職の視点ではなくどこか“傍観者”としてみつめていた状態でした。

 

その感覚で、中絶した方たちの背景に目を向けていたから、貧困だったり、DVや虐待など複雑な家庭環境を中立的な視点で捉えられていたのかもしれません。

 

産婦人科のクリニックでは、いろんな意見を言う人がいて「中絶して泣くなら子どもを作らなきゃいいのにね」と話題になることもありました。

 

でも、妊娠を本当に誰にも相談できなくて、お金もなくて、これしか方法がなかったんだなっていう方たちをみてきて、「これは、妊婦だけの責任ではないのでは?」という感覚も芽生えていました。

 

だから、“中絶は悪”って一面的に描きたくなかったんです。

「一方的に、どっちがいいとか悪いとか言及するのはやめたい」というメッセージも込めています。

 

 

作品に込めた“一人で抱えないで”

のまり:『透明なゆりかご』では、さまざまな家族のかたちが描かれていますね。看護師として、家族看護の重要さを改めて考えさせられます。

 

沖田:びっくりするぐらい本当にいろんなケースがあって、家族をケアするって一筋縄ではいかないですよね。

どれだけ何かを伝えたくても届かなくて、心を閉ざしてしまう家族もたくさんみてきました。

だから、家族を含めて患者のケアをするには、看護師一人では抱えきれないものがあると思います。

 

「チーム医療」という言葉もありますが、医師だけでなく、メディカルソーシャルワーカーなど多職種と協働して、多角的なケアが必要ですよね。

 

患者さんも家族も、自分にはみせない顔を別の人には見せることがあります。

うまく連携できれば、100%ではなくてもより良いケアを提供できるんじゃないかな、と思いますね。

『透明なゆりかご』の中でも“一人で抱えないで”というメッセージを込めています。

 

のまり: 私が勤務している精神科の領域でも、いわゆる“機能不全家族”と関わらせていただく機会も多くて。

その過程で、支援者側が疲弊してしまうこともありますね。振り回されてしまうというか。

 

沖田:振り回すだけ振り回して、また振り出しに戻るパターンとかもありますよね。

そうなると、看護師としてやりがいも失っていくことも。

戻ったようにみえてもほんとは無駄ではないんだけど、心情的にはキツい。

難しいんですよね、どこまで介入するか、どこから家族の出来事として当人たちに任せるか。

 

 

“じっくり”が印象的だった産婦人科のカンファレンス

のまり:『透明なゆりかご』の中で、カンファレンスを繰り返す場面が印象的です。

「気がかりな患者さんの事例を皆で共有しよう」という場面が描かれていますよね。

 

沖田:実は、高校生のときはアルバイトだったので、カンファレンスに参加する回数自体は多くありませんでした。

でも、たまに気がかりなことがあった時には、ほんとうにじっくり話している印象があって。

 

言葉が活発に飛び交ってても、当時は何を言ってるかわからなかったんですが、そのときの印象は強く残っていますね。

そのあと、正看護師になって病院に勤める中で「ああいうことだったんだな」と当時の雰囲気のワケがわかることがありました。

だから、「看護師も患者さんも、ひとりぼっちじゃないんだなー」という感覚も、カンファレンスの場面で描きたかったですね。

 

 

「患者さんに寄り添う」ことも大事だけど、まずは自分も愛してあげてほしい

「患者さんに寄り添う」だけでなくまず自分を愛してほしいと悩んでいる看護師のみなさんに向けたメッセージを笑顔で語る沖田✕華さん。

 

のまり:『透明なゆりかご』第6巻では、産婦人科医院の師長さんが若手看護師だった頃のエピソードが出てきますね。

患者さんと看護師との距離感に関するエピソードに、ハッとさせられました。

 

沖田:「患者に寄り添う」っていろんな場面で使われる言葉ですけど、私自身はどういうことなのか全然わかってないんです。

寄り添うっていう言葉の通り本当にぴったりくっついていたりして(笑)、先輩に怒られて「向いてない」と言われたり。

 

一方で私の知人には、「叱るときは叱る」というスタンスを貫く気が強い看護師がいて、うらやましく思ったりしていました。

 

しつこい患者さんで、明らかに理由がないのにコールを繰り返す方には、「何度もナースコール押してなんなの!」とか、ハッキリ怒るんですよね。

患者さんも、相手(看護師)を見て試している側面があると思います。

 

実際、怒られた患者さんは、それ以降穏やかになる、という話も聞きますし、距離感はほんと難しいなぁと思いますね。

 

そういうときに、「あぁ、○○さん寂しいんだね…」と声をかけることが、決して「寄り添う」ではないんだなぁとも思います。

 

私の知人のように、気が強い人でも、うわべじゃなくてほんとの意味で患者さんを叱るって、すごいエネルギーが要ることじゃないですか。

 

だから、体がボロボロだったりして、ますます患者のことで悩んだりするから…。

 

「患者さんに寄り添う」ことも大事だけど、まずは自分も愛してあげてほしいです。

自分に余裕がないと、患者さんの真意もわからないし、精神面の健康を優先的に考えていくのは悪いことじゃないと思うんですよ。

その点で、『透明なゆりかご』は、高校生のバイトだから保てている距離感があるのかもしれないです。

 

のまり:患者さんとの距離感で悩んだり、職場でストレスを感じている看護師さんには、『透明なゆりかご』の主人公の視点に、癒やされたり気づかされたりすることがあるかもしれないですね。

 

沖田さん、お忙しい中ありがとうございました!

【取材・編集:坂本綾子(看護roo!編集部)】

インタビュー前編

看護師であり発達障害の当事者として、私が伝えたいことはひとつ。|沖田✕華さんインタビュー【前編】

 

取材協力

講談社、ぶんか社

 

参考記事

清原果耶さん主演「透明なゆりかご」制作開始!(NHKドラマ)

 

沖田✕華(おきた・ばっか)さんプロフィール

富山県出身。1979年2月2日生まれ。

小学4年生の時に、医師よりLD(学習障害)とAD/HD(注意欠陥/多動性障害)の診断を受ける。

看護師・風俗嬢を経て2008年漫画家デビュー。

現在『毎日やらかしてます。アスペルガーで、漫画家で』(ぶんか社)、『透明なゆりかご 産婦人科医院看護師見習い日記』(講談社)、『蜃気楼家族』(幻冬舎)、『セキララ!ドン引きクリニック』(北國新聞社)など多数の作品を連載中。

2018年、『透明なゆりかご 産婦人科医院看護師見習い日記』で第42回講談社漫画賞(少女部門)を受賞。

 

聞き手:のまり

石川県出身の看護師。精神科病棟・施設を中心に勤務。漫画家としても活動。看護雑誌への寄稿や、映画『リクエスト・コンフュージョン』劇中漫画制作など。 

 

マンガ『透明なゆりかご』(講談社)

看護学科の高校3年生の×華は母親のすすめで産婦人科院の見習い看護師として働くことになる。

中絶の現場やその後処置を体験して一時は辞めそうになるが、出産の現場に立ち会い生まれる命の力強さに感動し、仕事を続けていく決意をする。

回を追うごとに読者からの反響が大きくなっていった感動作。

 

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