『辞めたい』は、心のサインーー看護師が患者さんの心に引きずられすぎないために
看護師・大学教員

看護のイメージカラーは「白」だという主張に、異議を唱える人はあまりいないのではないでしょうか。
今でこそ色とりどりのスクラブを着て仕事をする看護職が増えましたが、まだまだ日本は上下白のユニフォームが多いようにも感じます。
今回取り上げる伝統色は、「白練(しろねり)」です。

絹は蚕が自分を包む繭から取った糸でできた織物ですが、自然な白のため少しだけ黄色味を帯びており、精錬することで白にするこの作業を白練と呼ぶそうです。
私たちのイメージカラーのような白練と、「きく」という看護になくてはならない仕事の要素について書いてみたいと思います。
(白練は歌を詠むのには用いられてはいないようなので、短歌とのかけ合わせはおやすみです。)
「きく」ことは骨が折れる仕事

看護師はさまざまな人の声を「きく」ことなしには仕事ができませんが、同時に「きく」こと、そして「きき続けること」はなかなかに骨が折れる仕事だとも思っています。
「聞く」「聴く」「訊く」といろんな「きき方」がありますが、看護に求められるのは「ただきいて終わり」なのではなく、「きいた事柄」を客観的なデータと統合し、アセスメントを行い、看護師がすべきことを見出し実行する一連の行動です。
実行までには、患者さんをはじめ医師や同僚の看護師、他職種の人などの間で調整を行うこともあるでしょう。
その際には、自分以外の人の「主張」や「感情」が混じったメッセージを受け取るはずです。
ともすれば、そのメッセージには看護師として「ききたい」ことよりも、その人の話したい主張の分量が多いため、その主張への応答に多くの労力を割くことになったりします。
さらには相手の直接的な感情表現にあなたの感情が巻き込まれ、想像以上に疲労感を覚えることもあるかもしれません。
この時に、「何のためにきいているのか」を見失ってしまうと、「きく」こと自体に疲労感を感じてしまいます。この疲労感の蓄積は、実は看護師の辞めたい気持ちにつながっている気がするのです。
看護師の仕事は、共感疲労と隣り合わせ

トラウマ研究の中では、傾聴や患者さんの語りへの接触が引き金となる共感疲労(compassion fatigue)や二次的外傷性ストレス(Secondary Traumatic Stress)についての理解が進んでいます。
なかでも患者への接触回数と時間が多く、心理社会的支援がその職務の1つである看護師は、共感疲労や二次的外傷性ストレスを受けるリスクがあり[1]、とくに救急領域と精神科領域の看護師は患者さんとの関わりや対話の中で疲労することが多くの研究で報告されています[2,3,4]。
Xuらによるシステマティックレビューでは、救急看護師における二次的外傷性ストレスの有病率は65%(95%信頼区間:58%〜73%)と報告しています[2]。
また、精神科領域の看護師はその患者特性から多くのトラウマ経験を聞く機会があるため、二次的外傷性ストレスを感じていることが報告されています[1]。
さらに、この「きく」ストレスは、緩和ケア領域と在宅ケア領域の看護師にも顕著です。在宅ケアでは、予期しない良くない診断、いわゆるバッドニュースに心の準備ができてない家族らと対話したり、傾聴することで疲労が蓄積するようです。
また、ホスピスで働く看護師は「積極的傾聴能力」を求められる一方で、傾聴を伴う共感的関与が疲労の契機になり得ることを指摘しています[5]。
能力として「きく」ことが上手であることを求められつつも、相手に共感的になると自身が疲れてしまうという二律背反を、多くの看護職が経験していることになります。
患者さんをケアするためには、自分を守ることが必要
Wuらの論文のタイトルは「落ち込み、這い上がる:ホスピス看護師における代理トラウマに関する質的研究」という、なかなかキャッチーな言葉を使っているのですが、私はWuたちの言いたいことを「相手の心の海に潜るけど、必ず陸に戻ってくる力」と表現してきています。
論文では、ホスピス看護師の二次性トラウマは「境界を越えてしまうこと」の現れだと捉えています。
実際に患者さんに深く共感しすぎることで、自分の感情と患者さんの感情が混ざり、「自分の人生の苦しみ」のように感じてしまう、という語りが多く出てきます。
この自分自身の苦しみのように感じることが、二次的外傷性ストレスよりも深刻な二次性トラウマにつながると言うのです。
患者さんの心は時にとても深い悲しみや恐怖、そして怒りに満たされています。それを看護師が「きく」とき、荒い波に覆われ真っ暗な海に潜っていくようなイメージを私は持っています。
時にはこの海に潜ることをしなければ、その人を深く理解することもできない場合があることも知っています。
ですが、プロフェッショナルである私たちは、必ず陸に戻ってくる必要があると思うのです。
誰かの海に捉われたままでは、真っ暗な海を抱えている他の患者さんに向き合い、ケアをし続けることができないのではないでしょうか。
患者さんの心に引きずられすぎないために
Wuらの「這い上がる」、私の「陸に戻ってくる」ための2つの力を紹介します。
- 自分にできることの限界を受け入れる力
- 感情の境界を築く力
1つ目の自分にできることの限界を受け入れる力は、自分の能力が低いとか、もっともっと頑張ればできるはず、と考えることではありません。
私たち看護師が1人ひとりができることには、必ず限界があります。「努力すればできないことは何一つない!」と考え続けているのであれば、それはすでに心が疲れているサインなのかもしれません。
2つ目の感情の境界を築く力は、自身の感情のスイッチをオフにして患者さんと関わることではありません。
Wuらのインタビューに応えた看護師は「全てを背負い込まない」とか「ほどよく引き気味でかかわる」ことが、この境界を築く力だと語っています[5]。
私はこの2つの力は、患者さん自身の深い海に潜っている時に、今どれくらいの深さなのかを見定め、水面に戻れるだけ息が続きそうか?陸に戻るだけの体力がどれだけ残っているか?と考える力だと思って、自身でも対話の中で頭の中で描いています。
「きく」ときは真っ白な白練の心で

海の色は、物凄くおどろおどろしい色の時もあれば、ずっと見ていたくなるくらい綺麗な色の時もありますよね。
でも海に白練の布を泳がせても色がつくことがないのです。
さまざまな患者さんの心に潜る時、私は自身の心を何かの色で染めず、白練のまま潜っていきたいと思っています。
毎日「きく」ことを大切にしている職業なので、できたら会話の都度都度に真っ白な白練色のこころを持って臨むことができたら素敵だなと考えています。
「きく」ことが上手なみなさんが「きく」ことを好きなままで、看護師として患者さんに関わる力を持ってもらえたらなと思っています。
一方、教員としてはWuが厳しく指摘している看護師の二次的トラウマへのリスクを学生に教え、「自分にできることの限界を受け入れる力」と「感情の境界を築く力」を伸ばすと同時に、臨床での感情面での支援システムを作っていくことで少しでも「辞めたい」気持ちを減らすことができればと考えています。
引用文献
[1]Gülirmak Güler, K., & Uzun, S. (2025). Secondary Traumatic Stress and Coping Experiences in Psychiatric Nurses Caring for Trauma Victims: A Phenomenological Study. J Psychiatr Ment Health Nurs, 32(2), 402-413. https://doi.org/10.1111/jpm.13121
[2]Xu, Z., Zhao, B., Zhang, Z., Wang, X., Jiang, Y., Zhang, M., & Li, P. (2024). Prevalence and associated factors of secondary traumatic stress in emergency nurses: a systematic review and meta-analysis. Eur J Psychotraumatol, 15(1), 2321761. https://doi.org/10.1080/20008066.2024.2321761
[3]Pan, Y., Wang, X., Jin, W. (2025). Risk of compassion fatigue among emergency department nurses: a systematic review and meta-analysis. BMC Emergency Medicine, 25(1), 155. https://doi.org/10.1186/s12873-025-01314-9
[4]Marshman, C., Hansen, A., & Munro, I. (2022). Compassion fatigue in mental health nurses: A systematic review. Journal of Psychiatric and Mental Health Nursing, 29(4), 529–543. https://doi.org/10.1111/jpm.12812
[5]Wu, Y., Liu, Y., Bo, E. et al. “Falling in and climbing out”: a qualitative study on vicarious trauma among hospice nurses. BMC Nurs 24, 1320 (2025). https://doi.org/10.1186/s12912-025-03845-9
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岡山大学大学院ヘルスシステム統合科学学域 教授原田奈穂子
千葉市生まれ。1998年聖路加看護大学(現聖路加国際大学)を卒業後、聖路加国際病院と2次・3次救急の臨床に関わる。2005年、ペンシルバニア大学修士課程に進み、成人急性期ナースプラクティショナー課程を修めた後、ボストンカレッジ大学博士課程に進学。博士2年目の2011年春に東日本大震災が発生し、3月14日に帰国し災害医療支援に従事したことを契機に、国内外の人道支援と支援者支援について実践と研究に取り組む。現在は、学際大学院に所属して、主に災害やメンタルヘルスをテーマに、人文系と工学系の研究者と共に「人と社会の健やかさ」に関する研究に取り組んでいる。
編集:横山かおり(看護roo!編集部)
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