針刺し・切創が起きたら看護師はどうする?感染リスクを減らす対応とは?
感染症対策

患者さんに使用した針やメス刃などの鋭利器材で、うっかり自分を刺したり、切ったりしてしまったことはありますか。
実際に損傷に至らなくても、ヒヤッとした経験をされた方は多いと想像します。
私は臨床で働いていたころ、処置に使ったメス刃を柄から取り外そうとして、親指を切ったことがあります。
幸い、傷は浅く、感染もしませんでしたが、その時感じた不安な気持ちは、長い年月が経った今でも思い出すことができます。
今回は看護師にとって重要な知識である「針刺し・切創の予防と対応」というテーマでお話します。
針刺し・切創は「事故」なのか
鋭利器材による損傷はいろいろな名前で呼ばれます。
- 針刺し損傷(needlestick injury):注射針などの針による刺創
- 鋭利物損傷(sharps injury):針や刃などの鋭利器材による刺創・切創
- 経皮的損傷(percutaneous injury):皮膚を貫通する鋭利器材による損傷
- 針刺し・切創:日本でよく用いられる呼び方。鋭利器材による損傷の総称
ここで注目してもらいたいのは、上記のどれにも「事故(accident)」という言葉が入っていないということです。
感染管理や医療安全の分野では、針刺し・切創は業務上避けがたいリスクであり、システムの改善によって減らす必要があるものと認識されています。
しかし、事故には「不注意で起きたもの(だから注意すれば防げるもの)」というニュアンスがあるという考えから、米国では1990年代から、日本でも2000年代から業界を中心に、「事故」という言葉を使わない表現が広まりました。
この記事ではわかりやすさを優先して「針刺し・切創」を使います。
針刺し・切創による感染のリスク

血液やその他の潜在的感染性物質(以下「血液・体液」、表1)で汚染された鋭利器材による針刺し・切創が起こると、血液媒介病原体に感染するリスクが生じます。
血液媒介病原体とは、血液・体液を介して伝播する病原体のことです。さまざまな種類がありますが、針刺し・切創に関連して臨床上問題となりやすいのは、B型肝炎ウイルス(HBV)、C型肝炎ウイルス(HCV)、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)です。
日本でHBVまたはHCVを保有している人の割合はそれぞれ全人口の1%前後です。また、HIVは累積報告数を基にしても0.03%未満と高率ではありません。
しかし、これまで検査を受けたことがない人がいることや、入院患者では一般集団より割合が高くなる可能性がある点を踏まえておく必要があります。
針刺し・切創でHBVに感染するリスクは6~30%、HCVは1~7%、HIVは約0.3%です。ただし実際の感染リスクは、患者側の条件(血液中のウイルス量)や医療者側の条件(曝露した血液量、ウイルスに対する免疫の有無)によって変わります。
一般的に太い空洞の針(中空針)で刺した場合や、深い傷を負った場合はリスクが高まります。
3つの中で感染リスクが最も高いB型肝炎は、ワクチン接種によって十分な抗体を獲得すれば、ほぼ完全に予防が可能です。
表1血液およびその他の潜在的感染性物質
| 血液 | ヒトの血液、ヒトの血液の成分、ヒトの血液を原料とする製品 |
| その他の潜在的感染性物質 | ・次のヒトの体液—精液、膣分泌液、脳脊髄液、滑液、胸水、心嚢液、腹水、羊水、歯科処置における唾液、肉眼的に血液の混入を認める体液、区別が困難/不可能な体液 ・生死にかかわらず未固定の人体組織や器官(健常な皮膚を除く) ・HIVを含むセル・組織・臓器培養検体、HIV・HBVを含む培養検体あるいはその他の液体、HIVまたはHBVに感染した実験動物由来の血液/臓器/組織 |
針刺し・切創を防ぐには

針刺し・切創を防ぐ最も効果的な方法は安全器材を使うことです。
安全器材とは、鋭利な部分を覆う機能(安全装置)をもつ鋭利器材です。臨床で使うことが多い翼状針、静脈留置針、採血管分注用ホルダーやペン型インシュリン専用注射針には、それぞれ安全器材があります。
同じ種類の鋭利器材であっても、メーカーによって安全装置の操作方法は異なる場合があります。たとえば静脈留置針では、抜針後に針先が自動的に覆われる製品もあれば、使用者がボタンを押して針を収納する製品もあります。
初めて使用する安全器材は、事前に操作方法を確認し、メーカーが推奨する方法に従って使用することが重要です。
安全装置がついていない鋭利器材は、リキャップや分解を行わず、そのまま専用の廃棄容器に廃棄します。使用前に、廃棄容器が手を伸ばせば届く位置にあるかどうかを確認しておくと安全です。もし近くにない場合は、トレイなどに乗せて廃棄容器まで運びます。
廃棄容器は内容量が7~8割に達する前に蓋を閉めて、新しい容器と交換します。国内で流通している鋭利物専用廃棄容器の外側には上限ラインが表示されています。上限ラインを超えて廃棄すると、針先が容器から突き出す危険があります。
針刺し・切創が起きたら

針刺し・切創が起きたら、まずは受傷した部位を石鹸と流水で洗浄します。傷口の消毒や、血液を絞り出すことが感染のリスクを下げるかどうかはわかっていません。
次に、汚染源となった患者さんのHBV、HCV、HIVの検査結果を確認します。直近の結果がなければ、同意を得て検査を実施します。もしHBs抗原、HCV RNA、あるいはHIV抗体が陽性であれば、受傷者には感染のリスクがあるため、後述の①~③に示した対応が求められます。
検査が実施できない場合は、通常、HBVおよびHCVへの曝露があったものとして対応します。HIVについては、陽性の血液や体液に曝露した可能性を評価し、その結果に基づいて予防内服の要否を判断します。
① B型肝炎ウイルス陽性(HBs抗原陽性)
受傷者のワクチン接種歴およびHBs抗体価によって対応が変わります(表2)。
表2HBV陽性血液による針刺し・切創後の対応(概要)
| 受傷者のワクチン接種歴/HBs抗体価 | 受傷者への対応 |
|---|---|
| 1シリーズ(3回)接種完了/HBs抗体陽性注1 | ・不要(汚染源の検査も不要) |
| 未接種または1シリーズ(3回)未完了/HBs抗体陰性注2 | ・直後にHBIG注3を投与し、1か月後に追加投与 ・ワクチン接種を開始・再開し、1シリーズ(初回・1か月後・6か月後の3回接種)を完了。完了から1~2か月後にHBs抗体検査(陰性ならさらに1シリーズを追加接種) ・直後にHBc抗体検査、約6か月後にHBs抗原検査とHBc抗体検査 |
| 2シリーズ(6回)接種完了/HBs抗体陰性 | ・直後にHBIG注3を投与し、1か月後に追加投与 ・ワクチンの追加接種は不要(無反応者とみなす) ・直後にHBc抗体検査、約6か月後にHBs抗原検査とHBc抗体検査 |
注1 陽性:HBs抗体価10mIU/mL以上(過去にこの水準を満たしたことがある場合)
注2 陰性:HBs抗体価10mIU/mL未満
注3 HBIG:抗HBs人免疫グロブリン
② C型肝炎陽性(HCV-RNA陽性)
HCVにはワクチンも曝露後予防もないため、感染の有無はHCV抗体検査(できればHCV RNA検査)で確認します。
初回検査は曝露後48時間以内を目安に行い、その後は病院で決められたスケジュールに沿って追跡検査を行います。
初回の検査を受けていないと、後で陽性になった場合に針刺し・切創による感染かどうかを証明することが困難になります。これはHBVやHIVでも同じです。
③ HIV陽性(HIV抗体陽性)
できるだけ早く、遅くとも72時間以内に抗HIV薬の予防内服を始めます。
あらかじめ勤務先の手順を確認しておくと、いざというときに落ち着いて対応できます。
予防内服を行うかどうかにかかわらず、発生直後とその後に定められた間隔でHIV抗体検査を受けます。
報告を忘れずに
針刺し・切創が発生した場合、受傷者は数日以内に発生報告書を担当者へ提出します。
針刺し・切創の発生報告書はインシデント報告と同様に、責任追及を目的とするものではなく、発生要因を分析し再発防止の体制づくりに活用するための文書です。
もちろん、鋭利器材は定められた手順に沿って安全に取り扱う必要がありますが、報告書には反省の言葉を書く必要はなく、発生した事実のみを記載して提出します。
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参考文献
- Occupational Safety and Health Administration. Bloodborne Pathogens – Hazard Recognition. U.S. Department of Labor.
- 厚生労働省. 肝炎対策の現状について
- 厚生労働省エイズ動向委員会. 令和5(2023)年エイズ発生動向 – 概要 –
- U.S. Public Health Service: Updated U.S. Public Health Service guidelines for the management of occupational exposures to HBV, HCV, and HIV and recommendations for postexposure prophylaxis. MMWR 50(RR11): 1-52, 2001.
- CDC. Responding to HBV Exposures in Health Care Settings.
- CDC. Guidelines for Health Care Personnel Exposed to Hepatitis C Virus.
- CDC. Clinical Guidance for PEP.
板橋中央総合病院 院長補佐/感染対策相談支援事務所 所長坂本 史衣
聖路加看護大学(現:聖路加国際大学)卒業. 米国コロンビア大学公衆衛生大学院修了. 2003年より感染制御および疫学資格認定機構(CBIC)による認定資格(CIC)の認定資格を維持. 聖路加国際病院において医療関連感染予防・制御に約20年従事し、2023年11月より現職. 日本環境感染学会理事、厚生科学審議会感染症部会委員などを歴任. 主書に「感染対策60のQ&A」「感染対策40の鉄則」(いずれも医学書院)、「泣く子も黙る感染対策」(中外医学社)、「感染予防のためのサーベイランスQ&A」(日本看護協会出版会)、「基礎から学ぶ医療関連感染対策」(南江堂)など.(プロフィルイラスト:なんちゃってなーす)
編集:北井寛人(看護roo!編集部)
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