困難な事例を通して見えてきた、妊産婦さん一人ひとりに寄り添うケア|母性看護専門看護師

困難な事例を通して見えてきた、妊産婦さん一人ひとりに寄り添うケア|母性看護専門看護師

 

Profile

母性看護専門看護師

伊井野 彩子(いいの・あやこ)さん

鳥取県立中央病院 産婦人科病棟

▼2014年度 兵庫県立大学大学院 博士前期課程 母性看護学専門領域高度実践看護コース 修了

▼2015年度~ 母性看護専門看護師

 

姉も看護師という環境で育ち、幼い頃から看護師の存在を身近に感じていたという伊井野さん。実習で初めてお産に立ち会い、その感動と何より赤ちゃんの愛らしさに心を奪われ、助産師資格を取得しました。

 

そんな伊井野さんは、鳥取県立中央病院の産婦人科病棟で助産師としてキャリアをスタート、最初の数年間はとにかく必死だったと振り返ります。

 

そして4~5年目を迎えた頃にふと自分の成長が感じられなくなったと言います。

 

 

「もっとできることがあるんじゃないか」

「晩婚化や生殖医療の高度化に伴い、ハイリスクの妊産婦さんが増える中で、患者さんとの関わりに難しさを感じることが多くなりました。

 

『あの時の関わり方は一方的だったかもしれない』『もっと違う声かけができたかもしれない』と、自問自答する日々が続いたんです」


特に印象に残っているのは、妊娠糖尿病の妊婦さんとの関わりです。


食事療法を勧めてもなかなか実施してもらえず、時には血糖測定すら拒否されることもありました。

 

「母体と赤ちゃんへの影響が心配なので、とにかく治療に向き合ってほしくて繰り返しお伝えするのですが、なかなか実践してもらえませんでした。

 

今思えば、私は医療者として正しい情報を一方的に伝えるばかりで、患者さん一人ひとりに合わせた関わりができていなかったんです。頭では駄目だと分かっていても、ついついお菓子を食べてしまう妊婦さんの気持ちに寄り添うことができませんでした」と、当時の葛藤を語ります。


このまま日々が過ぎていくのだろうか。自分にはもっとできることがあるのではないか


そう悩む中で、伊井野さんはもう一度原点に立ち返り、深く学び直したいという強い思いを抱くようになります。そして、専門看護師を目指すため、住み慣れた土地を離れて大学院の門を叩きました。
 

 

 

気づきに満ちた2年間、ここでの学びが今の看護のベースに

大学院での日々は多忙を極めました。「常に研究や課題に追われていましたね」と苦笑する伊井野さん。「一方で、それまでにないくらい充実していました。この2年間で得た学びが、今の看護につながっています


特に印象に残っているのは、患者さんとのコミュニケーションに対する教員からのアドバイスだとか。

 

「例えば妊婦さんとの会話を想定したロールプレイングの場面で、妊婦さんが『授乳をしたくない』と言われた時、私はただ『そうなんですね』と受け止めていました。痛さや眠さが理由だろうと勝手に解釈していたからです。

 

それに対して教員から『なんで理由を直接本人に聞かないの?聞いてみないとその人が抱える本当のところは分からないんじゃない?』と指摘されました。

 

また妊婦さんを励ます場面でも『あぁ、良いですね。できてますよ』という私のコミュニケーションに対して『本当にそう思っているの?具体的にどう良いと思っているの?ただの定型文や口癖として言ってるんじゃない?』と問われて、ハッとしました。

 

患者さんは一人ひとり違うのに、私は誰に対しても『妊婦さん』という典型的なパターンで捉えて、同じようなコミュニケーションを繰り返していたことに気づかされたんです。」

 

相手のコンディションを見て、どんな配慮をしながら、いつ、どんなタイミングでどんなコミュニケーションをすべきかを深く考えるきっかけになったと言います。
 

また、専門分野の異なる看護師たちとの交流も、伊井野さんにとって大きな学びとなりました。

 

「大学院には母性だけでなく、小児やがん慢性期、災害支援など、様々な分野の専門を目指す仲間が集まっていました。それぞれの専門分野の視点から意見交換をすることで、母性看護の役割をより俯瞰的に捉えることができました」

 


 

患者さんを丸ごと捉える。専門看護師としての変化

伊井野さんが思う専門看護師になってからの変化は「患者さんを丸ごと捉えるようになったこと」


「妊産婦さんの言葉や行動の表面的な部分だけでなく、その方の背景にある家族関係や生活状況、将来のこと、そしてその方が何を考え、何を大切にしているのかを理解した上で関わるように努めています。

 

もちろん聞かないと分からないことが大半だし、聞いてもご本人の中に明確な答えがないこともあります。それも含めて丸ごと患者さんを理解しようとすることが大切だと考えています

 

そんな伊井野さんにとって特に印象深かったのは、発達障害と精神疾患を抱えるAさんご夫婦のサポートです。


「お産という予測不可能な状況に対して、事前にしっかりと情報を共有しておかないとパニックを引き起こす可能性がありました。また、Aさんご夫婦が自分たちで子育てをしていくのか、産後にどのような支援が必要になるのかなど、早い段階から保健師との連携が不可欠でした」


そこで伊井野さんは、妊娠20週頃からAさんご夫妻に病棟を見学してもらい、徐々にスタッフを紹介するなど、環境に慣れてもらうことから始めました。出産についても、恐怖心を与えないように配慮しながら、起こりうる状況を丁寧に説明していきました。

 

「育児についても、まずは赤ちゃんに触れてみることからスタートして、少しずつできることを増やしていきました」

 

その結果、Aさんからは「事前に色々と教えてもらったことで、心の準備ができて本当に助かりました」という感謝の言葉が寄せられたそうです。


その他にも、胎児疾患を抱える妊婦さんのケアなど、容易ではない事例に数多く向き合ってきました。

 

「例えば、お腹の赤ちゃんに何らかの疾患があると言われてもご両親はなかなか理解が追いつきません。そんな時に、医師からの説明の理解度を確認したり、羊水検査の利点やリスクを伝えたり。

 

何よりも大切なのは、妊産婦さんご自身が納得して意思決定できるように関わることだと考えています。

 

医療者に言われるがままの決定にならないように、様々な選択肢とそれぞれの判断基準を提示し、理解できていない部分がないかを丁寧に確認するように心がけています」


また、以前にも増してチーム内でのカンファレンスを重視するようになったと言います。
 

 

「一人で考えていると、どうしても視野が狭くなってしまいます。

 

医師や看護師含めスタッフ全員で話し合うことで、『こういう可能性はない?』『それについては情報が不足しているので確認してみよう』といった意見が出て、患者さんの状況をより立体的に捉えることができるようになります。


経験の浅いメンバーもカンファレンスに積極的に参加することで、多様な視点を学び、成長する機会になります。そのような機会を作ることも、専門看護師である私の大切な役割だと感じています」
 

女性のかけがえのない瞬間に寄り添い、生涯にわたってサポートしていきたい

 

伊井野さんが思う母性看護の魅力は「女性が人生の大きな転換期を迎える瞬間に寄り添えること」

 

「妊娠、出産、育児という、女性にとって大きな変化の過程を共に歩むことができます。

 

最初は『できない』と涙を浮かべていた方が、徐々にできることが増えていく。その過程を間近で見守り、うまくいかない時には一緒に方法を考え、できるようになった喜びを分かち合える。

 

母親になるという、かけがえのない瞬間に寄り添えることが、何よりの魅力だと感じています」
 



また今後の展望について伺うと、「これまで通りハイリスクの方のケアを深めつつ、将来的には女性の生涯にわたる健康管理にも関わっていきたい」と語ります。


「妊娠という特別な期間に深く関わることで、妊産婦さんが健康管理の重要性に気づき、その後も健康管理に主体的に取り組めるようになれば、例えば将来的な糖尿病の発症を減らせたりするかもしれません。母性看護という枠組みを超えて、もっと広い範囲かつ長いスパンで患者さんの健康を支えていけるような看護を目指したいです」と、力強く語ってくれました。

 

患者さん一人ひとりの声に耳を傾け、寄り添う。伊井野さんの温かい眼差しは、常に患者さんとその家族の未来を見据えています。
 

看護roo!編集部 水村葉菜子

 

 

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