サバイバーとして、がん看護専門看護師として「患者さんの伴走者でありたい」

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サバイバーとして、がん看護専門看護師として「患者さんの伴走者でありたい」|がん看護専門看護師

 

Profile

がん看護専門看護師

齊藤 太樹(さいとう・たいき)さん

東京歯科大学市川総合病院 患者支援センター

▼2017年度、千葉大学大学院 看護学研究科 博士前期課程 修了

▼2018年度~、がん看護専門看護師

 

がん看護専門看護師の齊藤太樹さん(東京歯科大学市川総合病院)は、自らががんサバイバーでもあります

 

がんサバイバーとしての経験を看護に生かすことに、ある種の気負いと迷いを抱えていた齊藤さん。その葛藤を乗り越えるべく進んだのが「専門看護師としてがん看護を深く学び直す」という道でした。

 

 

がんの経験を看護に生かす、そこに足りなかったもの

齊藤さんは、これまで二度の血液がんを経験しています。

 

小学生のころに慢性骨髄性白血病を発症。治療を受けて症状が改善し、看護師となって働き始めた2年目、今度は急性リンパ性白血病と診断されました。

 

「1年休職して復職できた後も、5年生存率のデータがちらついて『どうせ再発する。来年生きてるかもわからない』と、人生の何もかもを諦めて過ごしていました」

 

そうして5年が過ぎたころ、「あれ……?と思って」という齊藤さん。

 

「まだ生きてるんだ、まだ生きるんだ。だったら後悔しないように生きなくちゃと、やっと前を向けるようになったんです」

 

笑顔で話す齊藤さんの写真

がんサバイバーである齊藤さん。現在は患者支援センターに所属し、がん患者さんの相談や意思決定支援に携わるほか、病棟でのサポートなどを担っている

 

 

「AYA世代(15~39歳)のがんサバイバーである看護師」として自身の経験を共有しながら、がん患者さんやご家族との関係を築くようになった齊藤さんですが、「まもなく、こうしたアプローチに迷いが生じた」と打ち明けます。

 

それは、20代の若い血液がん患者さんを受け持ったときのこと。

 

「実は僕も…」と闘病の経験を話してサポートしてきましたが、最終的に亡くなった患者さんを霊安室に見送る場面で、患者さんのお母さんが、

 

「うちの子は、あなたのようにはなれなかったね」

 

と、ぽそりと言葉を残していきました。

 

「いたたまれなかった。自分の経験を伝えるのは患者さんにとって良いことだと信じて動いてきたけれど、『なぜ良いか』という根拠や理論は考えきれていなかったことに気付きました」

 

「がんサバイバーでもある自分が実践する看護と、その根拠」を求めて大学院へと進みました。

 

 

患者さんと話している齊藤さんの写真

「サバイバーや専門看護師だからと『わかった気』には絶対ならない」と自分を戒めているという齊藤さん(左)

 

 

「どう生きたいか」の視点で患者さんに寄り添う

大学院の2年間で学んだのは、数々の看護理論や方法論

 

「こういう考え方があったんだ!こんなアプローチ方法があったんだ!と看護に対する視野が広がったことで、自分の経験が強みになる看護のイメージが描けた」と、齊藤さんは強調します。

 

深い知識と広い視野を得たことは、そのまま専門看護師としての現在の実践に結びついているそう。

 

迷いがあった「自分のがん経験を共有すること」についても、それが適切かどうか、患者さんの状態から冷静にアセスメントし、もし伝えるときには、その内容や角度・深度を個々の患者さんごとに調節できるようになった――と、以前の自分との違いを話します。

 

「過去の“失敗”も踏まえて、経験を共有する判断と調節はかなり慎重です。そうして伝えた患者さんはみなさん、前向きにとらえてくださって、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)にもつながっていると感じています」

 

ACPについて話す齊藤さんの写真

 

 

人生の最期に向けての希望や価値観を、患者さんが医療者とともに話し合いを重ねて共有するプロセスであるACP。

 

このプロセスで、齊藤さんは「どう死ぬか」ではなく「どう生きたいか」の視点を持って患者さんの人生に寄り添う「伴走者」であろうと考えています。

 

特に意識しているのが、PTG(ポスト・トラウマティック・グロース)という考え方を伝えること。

 

※PTG:心的外傷後成長。つらい経験をきっかけに人間としての心の成長があること。PTSD(心的外傷後ストレス障害)と対となるような新たな概念で1995年に米国で提唱された。がん看護の現場でも近年、重視されている。

 

 

「僕自身も生きる気力を持てなかった時期があったし、PTGが前向きさの押し付けであってはもちろんいけません。ただ、がんの恐怖や悲しみに沈んだ後、どう生きるかを考えられる段階に進むときには、PTGの考え方に救われる患者さんもいる。

 

いろんな気持ちで揺らぐ患者さんに、時には自分の経験も共有しながら、より良いゴールへと伴走することが大事だと思っています」

 

 

「専門看護師がいたからできた」は目指さない

 

 

「当事者を支える伴走者」であろうとする齊藤さんの姿勢は、専門看護師として病棟のサポートに入るときも同じです。

 

「専門看護師は黒子だとも言われているように、看護現場で起こるいろんな課題に対して『専門看護師がいたからできた』は目標じゃないと思うんですよね。

 

それよりも、専門看護師のコンサルテーションやコーディネーションを通じて、それぞれの力を引き出し、『自分たちで対応できた』と感じてもらえることを目指しています

 

という齊藤さん。

 

究極的には専門看護師の自分がいたことにすら気づかれなくていい、と笑います。

 

そこには、AYA世代を含む多様ながん患者さんの価値観に寄り添う上で、医療者側にも多様な価値観が必要だという思いがあるから。

 

「臨床のナースはいろんな価値観、いろんなアプローチを持っているはず。その多様性が無視されるような環境では、現場の力は強くなれないし、質の高い看護も提供できません

 

専門看護師として前面に出る場面もありますが、あくまでも一緒に走って高め合っていける現場がいいですよね」

 

がん患者さんに、現場のナースに、齊藤さんは今日も伴走を続けます。

 

 

※記事中の写真は、新型コロナウイルス感染症の拡大前に撮影したものをお借りしています

 

 

看護roo!編集部 烏美紀子(@karasumikiko

 

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