家の中に便が転がっていて何が悪いのか|シリーズ◎在宅医療における感染対策(1)沖縄県立中部病院 感染

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在宅医療は近年、政策的な誘導もあって急速に日本全国に広がってきたが、医療提供側の体制整備が追いついていないのが実情だ。中でも、在宅医療に携わる医療者を日常的に悩ませるのが、患者宅や高齢者施設における感染対策だ。沖縄県立中部病院感染症内科の高山義浩氏に、在宅医療も実践する感染症医の立場から、「在宅医療における感染対策」について解説してもらった。

 

高山義浩(たかやま よしひろ)氏

高山義浩(たかやま よしひろ)氏●国立病院九州医療センター、九州大学病院、佐久総合病院(長野県佐久市)などを経て、2008年より厚生労働省健康局結核感染症課、2014年より同医政局地域医療計画課。2010年より沖縄県立中部病院において感染症診療と院内感染対策に取り組む。

 

聞き手:加納 亜子=日経メディカル


退院して病院から離れた患者さんにとって、自宅や施設は暮らしそのものです。そこでは「生活者が困っていないことにまで、専門的な介入を行わない」が原則だと私は考えています。もちろん、長期的な見通しで介入した方がよいことはあります。でも、暮らしとは絶妙なバランスをとりながら安定しているシステムです。いま、そのバランスがとれているのなら、リスクを見守る体制を整えつつ、そっとしておいた方がよいことも多いのです。

 

患者さんの暮らしは、私たち医療者が想像できる以上に多様なものです。ひとつの生活習慣の背景には、いろいろな歴史や事情が詰め込まれています。暮らしに伴走する医療者は柔軟であるべきで、ただ理想を掲げていても仕方がありません。

 

お手伝いさんがいるような裕福な高齢者もいれば、いわゆるゴミ屋敷に暮らしている人もいます。同じ病原体への感染症対策だとしても、そこでやるべきこと、やれることは全く違います。もちろん、病院で行う感染管理とも大きく違うことは言うまでもありません。 

 

自宅の床に便のついたオムツが転がっていて何が悪いのか

少し極端な事例ですが、患者さんのご自宅を訪問したら、便のついたオムツがあちらこちらに転がっている状況を目の当たりにしました。つい最近の経験です。

 

オムツが床に落ちている中に炊飯器が置かれていて、患者さんはそこから直接手で食べていました。息子さんは同居していましたが、このことに無関心なようでした。地域包括支援センターの職員は、息子さんを介護放棄だと断言し、私に「オムツや便が転がっている自宅に置いておくことはできない。施設入所に向けた紹介状を書いてください」と求めてきたのです。

 

私は、家の中に便が転がっていて何が悪いのか、と自問しました。他人の便ならまだしも、自分の便です。山の肥沃な土(農作物がよくできる肥えた土)は愛でるのに、なぜ便は許されないのでしょう。まあ、それは不愉快だからですね。感染症対策じゃないんです。でも、暮らしている当事者は、たとえ便が転がっていても自宅で暮らし続けたいと言っているのです。

 

便が転がっているのは不愉快。だからよくない。という発想だけの視点で見れば、その患者さんは自宅で暮らせなくなってしまいます。もちろん、そうしたところから生活の破たんが拡がってしまう可能性があるので、片づけるようにアドバイスするのは、あるべき福祉の姿勢なのでしょう。でも、医療の専門性を振りかざして断罪し、介入することは慎むべきです。便が転がってる家もある……くらいの多様性を容認し、患者の意思を尊重するという視点が医療者には必要ではないでしょうか。

 

もっぱら感染症のリスクについては、かなり誇張される傾向があり、特に病院での感染対策では「訴訟のリスク」も相まって、最小化、あわよくばゼロ化することが現場に求められています。病院で働いている感染症医として私もその仕事をしているわけですが、病院感染対策については仕方がないと思っています。患者さんだって「病院に出かけて行って、新たな病気をもらっちゃう」のは納得がいかないことでしょう。

 

一方で、在宅ケアはどうでしょうか。孫が遊びに来てかぜをもらう。娘が作った手料理で下痢をする。そういうことが起きるのが家庭です。どこまで許容するか、許容できるかは家庭ごとに異なるとは思いますが、そういうリスクをある程度は引き受ける覚悟がなければ、在宅での療養は続けられません。

 

そもそも、自宅の掃除は見た目がキレイになるのが目的です。感染対策のために家の掃除をする人はいません。湿式清掃の病院と違って、一般に家庭における清掃はほうきで掃いたり、掃除機で吸引したりと乾式清掃なので、感染対策には限界があります。そのあたりを理解した上で、感染対策のプライオリティを考えていくしかありません。 

 

患者宅や高齢者施設で感染拡大は本当に起こるのか

とはいえ、感染症の専門家として、本当に在宅ケアの感染対策は放置していていいのか、患者さんが困っていないならそれでいいのか、私も判断できずにいます。特に多剤耐性菌については、どの程度デイケアなどのコミュニティ、高齢者施設などで拡がっているのか分かっていない部分がたくさんあるからです。

 

2年ほど前、国立病院機構大阪医療センターでメタロ-β-ラクタマーゼ(メタロβ)産生菌に感染した患者さんが多数確認されたことがありました。医療機関での状況ばかりがクローズアップされてましたが、本当に病院だけが感染拡大の原因だったかは明らかではなかったと思います。

 

あのとき、騒がれた患者さんたちのその後について、私は気になっています。高齢者も少なくなく、おそらく施設に暮らされている人も多いことでしょう。あるいは、デイケアに通われたり、入浴サービスを受けている方もいるかもしれません。その方々について、排菌していないことが確認されているでしょうか? 何らかの感染対策がとられているのでしょうか? 何ら対策がとられていないとして、その後、施設などでメタロβ産生菌は感染拡大したのでしょうか? 

 

ですが、それはだれも調べようとしていないし、蓋をしたままになっています。

 

私は、「施設においても厳格な感染対策を実施すべきだ」と主張しているのではありません。ただ、こうした退院後の患者さんの間で、水平感染が起きているのかどうか。そして、水平感染によって生じた感染症により、発症率や死亡率などのアウトカムにどのような影響を及ぼしているかを確認することが必要だと思っています。暮らしに切り込む感染対策の議論は、それからだと思います。

 

感染対策とは、科学的なエビデンスだけでなく、感染症に対する「不安」によっても決定されうるものです。冒頭で紹介した「便が転がっている家」がよい例です。そして、不安だけが暴走してしまうと、過剰な感染対策を暮らしに求めるようになり、抵抗できない要介護者においては、身体的・精神的な虐待となりうることに気が付いておく必要があります。

 

ちょっと視点をずらしてみましょう。

 

喘息など基礎疾患のあるお子さんでは、ときに抗菌薬を多用されることから、多剤耐性菌が定着してしまうことがあります。そのような学童について、耐性菌があるがゆえに学校への登校や体育での活動を制限することが許されるでしょうか? 学校の先生は手袋を着用してからその学童に触れるべきでしょうか? もちろん、そんな差別は許されません。施設に暮らす高齢者も同じだと思います。

 

感染対策の名の下で、生活の営みまでをも制限しようとするのならば、もはやそれは人権侵害に挑戦しているに等しいことを、私たちは気づかなければなりません。高齢者の人権については、病院で身体拘束が横行するように、医療者は希薄なことが多いので注意が必要だと私は思っています。

 

ハンセン病患者の隔離やHIV患者への差別を引き合いに出すまでもなく、私たちは感染症で多くの過ちを重ねてきたことを忘れてはなりません。だからこそ、高齢者の暮らしを支援する在宅ケアにおいても、感染者の隔離や行動制限を安易に選択することのないよう注意しつつ、まずは医療者や介護者が標準予防策を心がけつつ、暮らしにおいて実行可能な対策を探っていくことが重要だと私は考えています。

 

<掲載元>

日経メディカルAナーシング

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