A.L.ストラウス、J.M.コービンの看護理論:病みの軌跡(実践に生かす中範囲理論)

『新訂版 実践に生かす看護理論19 第2版』(サイオ出版)より転載。
今回はストラウス、コービンの看護理論「病みの軌跡」について解説します。

 

城ヶ端初子
聖泉大学大学院看護学研究科 教授

 

 

 

慢性の病いを生きる人間

人の一生は、誕生で始まり老化し何らかの病を得て死んでいく(生・病・老・死)。この一生のなかで誰もが病気をし、その病気が慢性の経過をたどる可能性もある。

 

1984年、ストラウス(Anselm L.Strauss)とコービン(J.M.Corbin)は慢性の病いをもつ人々を対象とした調査から、「病みの軌跡(trajectory of illness)」という考え方を生み出した。

 

「病みの軌跡」は軌跡理論に基づく慢性疾患の管理の看護モデルである。

 

つまり、「病みの軌跡」とは、病気の慢性状況のなかで病気とともに生きるその人の人生や生活を一連の軌跡ととらえたもので、病気の慢性状況は、長時間かけて多様に変化していく1つの行路(course)をもつという考え方に基づいている。

 

病みの行路(illness course)は方向づけや管理することが可能であり、病気に伴う症状を適切に管理(コントロール)できれば、症状のコントロールや病状の安定保持ができ延長することもできると述べている。

 

また、治療法もその人の身体的安寧に影響を与え、さらに、生活史上の満足や日々の生活活動にも影響を与えることになるので、その人が自分の人生で何を大切にしているかによって、病みの行路が異なったものになるのである。

 

このモデルは、現在看護の実践や教育・管理の研究領域で活用され成果を上げている。

 

本論では、病みの軌跡の概要と事例展開を紹介したい。

 

 

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歴史的背景

「軌跡」の概念が慢性状態にある人々に用いられたのは、1960年代のストラウスとJ.クイント・ベノリエル(Jeanne Quint Benoliel)であった。

 

彼らの調査は、臨死状態になるまでの期間において患者と家族、医療従事者は、病みの行路の方向づけでさまざまな方法を工夫していることを知った。

 

そこから「軌跡」が導き出され、活用するようになった。

 

その後、ストラウスは慢性の病いに関する研究を重ね、理論的枠組の明確化に努めた。この「軌跡」の方向性から著書『Chronic illness and the Quality of Life(慢性疾患を生きる-ケアとクオリティ・ライフの接点)』でこの「軌跡」を用いている。

 

さらに、その後1970年代前後に病院や家庭における慢性病の管理についての調査で慢性状況の多様な局面を知り、管理の方法などの知見を得ている。

 

この研究で、とくに家庭のケアを中心としてみると慢性状況を管理するときの特性「患者や配偶者あるいは家族の語る経験の語り」から軌跡の局面を導き出したのである(表1)。

 

表1軌跡の局面(phase)と定義

表1 軌跡の局面(phase)と定義

出典:Woog,P.ed.黒江ゆり子、市橋恵子、宝田穂訳:慢性疾患の病みの軌跡-コービンとストラウスによる看護モデル、p.13、医学書院、1995

 

その後もストラウスらは、さまざまな研究に着手し、家庭における患者に焦点を当て日々の生活活動のなかでの問題や悩み、苦しみなどを、明らかにし支援の必要性を述べた。

 

この軌跡モデルは、わが国には1995年に紹介され、このモデルを活用した調査や研究が多くなされて今日に至っている。

 

 

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病みの軌跡と主な概念

ストラウスらの提唱による軌跡の枠組み(A.Strauss&J.M.Corbin、1988)は、病院および家庭における慢性疾患の管理上の問題を調査したなかから導き出されたものである。

 

その目的は、慢性的状態全般に関する知識や洞察を提示するために開発されたもので、私ども看護師は、看護の意味を探り、どのように看護に活用するかを検討していかねばならないと考えている。

 

 

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1軌跡の枠組み

「軌跡(trajectory)」は「病みの行路」と同じ意味がある。

 

この「病みの行路(illness course)」は、方向づけや管理、安定の保持や延長させることも可能で、管理次第によっては症状のコントロールもできるのである。

 

行路の方向づけは、患者・家族・医療関係者がともに取り組む必要がある。

 

方向づけのプロセスにはさまざまなものを用いるが、慢性病の人々の身体的安寧や生活史上の満足および日常生活活動にも影響を与えるものである。

 

これは慢性病の人々の生活史上のニーズが日々の生活活動を行ううえでどのように病気を管理するのかの選択や、病みの行路の方向づけにも影響することを示している。

 

しかし、この「軌跡」は不確かで、しばしばはっきりわからないこともある。

 

軌跡を図表にすることもできるものの、それは過去の出来事を振りかえってみたときにだけわかるというものである。

 

この軌跡の枠組みは、ストラウスらによって慢性疾患とその管理に伴う問題を理解するうえで有効であり、看護師がこの枠組みを用いてケアのモデル開発に活用して有効であるなど実証されている。

 

 

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2軌跡の局面移行

軌跡の局面移行(trajectory phasing)は、慢性の病気がその行路をたどるときのさまざまな状態を表す。

 

局面とその定義は表1のとおりである。諸局面にはいくつかの下位局面がある。

 

下位局面移行は、病みの行路が毎日変化したり、さらに続いて起こる可能性も示している。

 

局面全体は、上に向かうとき(立ち直り期)と下に向かうとき(下降期・臨死期)、同じ状態を保つとき(安定期)があるが、どの局面でも逆転現象やプラトー(平坦)現象、上昇現象や下降現象の特徴を示す数週間から数か月の期間があるとされている。

 

 

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3軌跡の予想

軌跡の予想(trajectory projection)は、病みの行路の見通しを意味し、病気の意味や症状、生活史および時間が含まれる。

 

人々は病気になった時次のような疑問をもつことがある。これから何が起きるのか、それはどのくらい続くのか、自分はどうなるのか、どのくらいの期間を経てどうなるか、それは自分や家族にどのような意味があるのかという事柄である。

 

患者の病気とその管理(コントロール)にかかわる医師・看護師・患者および家族は、それぞれ独自に軌跡の予想を行い、どのように方向づけるべきかを考えるものである。

 

しかし、それらはその人の知識や経験、伝聞・信念などによって行われるものなのである。

 

したがって、ここで注意すべきことは、医療者の描く予想と患者・家族の予想は、必ずしも同じではないこと、医療者の中でもそれぞれ異なる予想をしていることである。

 

 

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4軌跡の全体計画

軌跡の全体計画(trajectory schema)は、病みの全体的な行路の方向づけや現在ある病状のコントロールおよび障害の対応をめざして立案される計画のことである。

 

全体計画には、選択肢として医学的な治療計画、薬物療法、食事療法や瞑想なども含まれる。

 

 

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5管理に影響する条件

軌跡の全体計画がどのように、どの程度遂行されるかは、さまざまな条件に影響される。

 

最も重要な条件は「資源」である。これには人的資源、社会的支援(ソーシャルサポート)、知識と情報、時間、経験等が含まれる。

 

その他の条件には、医学的状態とその管理に伴う過去の経験、必要なことを実施する動機づけ、ケア環境、ライフスタイルや信念、軌跡の管理にかかわる人々の相互作用と相互関係、病気や慢性状態のタイプや身体的影響の程度、および保健医療関係の法律に関連する政治的・経済的環境が含まれる。

 

こうした軌跡に影響を与える条件は幅広く多種多様であり、その組み合わせなどにより管理の過程が促進あるいは遅延することもある。

 

軌跡の管理で目標を立てる時にこれらの条件を考慮して必要な資源の準備や互いの課題の調整を行い、期待する効果を明確にして取り組む必要がある。

 

 

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6軌跡の管理

軌跡の管理(trajectory management)とは、病みの行路がいくつかの局面を経て軌跡の全体計画に従って方向づけられるプロセスである。

 

管理の全体的な目標は、プロセスの方向づけを通して生活の質(quality of life;QOL)の維持を図ることである。

 

そのためには、病気の局面に合わせた個別的な全体計画を立てることが大切である。また、目標設定では目標達成に必要な調整を考慮して期待する結果を明らかにしていく。

 

達成のために必要な資源を準備し課題の遂行を調整し目標達成につなげていくが、管理の課題として立ち直りだけではなくリハビリテーション課題と「編み直し」(reknitting)とよばれる個人の生活史上の課題が含まれる。

 

 

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病みの軌跡の看護への適用

1人間

人間は、慢性状態に陥ることを予防したいと望むものの予防が困難になれば慢性状態をコントロールしようと試みる存在である。

 

予防とコントロール(管理)には、個人と家族が参加する。日常生活活動をどのようにコントロールし、どのような人生を送るかを考え慢性状態に陥ることを予防し管理を行う存在である。

 

 

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2健康

慢性状態にある人の予防と管理は、家庭で行われる。

 

また、ケアの焦点は、治癒ではなく慢性疾患の予防および管理で病気とともに生きる方法を見いだし、病みの行路の方向づけを促すことである。

 

長期にわたる支持的援助を続け生活の質(QOL)を高め、維持できるような支援が必要となる。

 

 

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3環境

慢性状態にある人の病気の予防と管理は、家庭で行われることが多く、ケアの場も家庭となる。

 

また、患者の状況によっては、病院、リハビリテーション施設などを使い家族の足りない所を補う、いわゆるバックアップ資源を活用することもある。

 

 

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4看護

慢性状態にある患者の看護では、患者の病みの行路を方向づけ生活の質を維持できることをめざすが、これは「支持的援助」のかたちでケアすることにある。

 

看護ケアは、病気の予防への援助となるが、発症時は、その人の生活史上のニーズと日常生活活動ができるための適切な管理と援助が求められる。

 

また、看護ケアの対象は個人、家族、地域、社会であるが、看護行為には直接的なケアや教育、調整、モニタリングなどが含まれる。

 

 

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病みの軌跡における看護プロセス

看護のプロセスは5段階で進展していく。

 

 

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第1段階

最初の段階は、患者と家族の位置づけと目標設定である。

 

つまり、患者と家族が管理のプロセスのどの位置にいるのかを明確にすることである。

 

位置づけに含まれるものには、軌跡の局面と下位局面、過去から現在までの局面にある全ての症状や障害、管理プロセスにかかわる人の軌跡の予想、医学的養生法と選択可能なすべてのケアを含む軌跡管理の全体計画や「折り合いをつける」ために家族の各人はどこでかかわるか、日常生活活動のための調整など含まれる。

 

位置づけができる管理目標を設定する。目標の設定は各々の局面に適したもので望ましい結果の達成をめざしたもので、生活の質が最も大事な目標となる。

 

 

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第2段階

第2段階は、管理に影響を与える条件のアセスメントである。

 

慢性状態にある人の管理を促進する条件や管理の目標達成能力の妨げとなる条件を明らかにする。

 

アセスメントすべきものには資源、時間、資金、行動力、人的資源、装具、技術、知識などがある。

 

 

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第3段階

第3段階は介入の焦点を定めることである。

 

患者の望ましい目標への到達にむけて必要な条件の操作を明らかにしていく。

 

 

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第4段階

第4段階は介入である。

 

この段階は問題になっている条件を直接的ケアやカウンセリング、教育、調整等の方法を用いて操作する段階である。

 

望ましい目標達成に向けて継続して介入を繰り返していく必要がある。

 

 

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第5段階

最後の段階は介入の効果の評価である。

 

介入は、すべて長期間維持されるとはいい切れない。調整やコーピングなどの目標で、達成のための介入は、主な条件が同じ状態にある間だけ継続される。

 

 

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事例への応用

ここでは、病みの軌跡を用いて事例を説明していく。

 

慢性糸球体腎炎の進行を止められなかったAさんの事例

 

事例

Aさん、44歳、女性、会社員(食品製造)。夫と死別後80歳の実母と二人暮らし、子ども2人は各々独立し県外に居住している。
Aさんはこれまで大きな病気をしたことがなく、健康自慢をしながら生活してきた。3年前の6月、職場の健康診断で尿タンパクを指摘されたが、とくに自覚症状はなかったので、従来の生活を続けてきた。

 

昨年5月頃から下肢の浮腫に気づいたものの、長時間にわたる立ち仕事によるものと判断した。就寝時下肢の下にクッションを置くようにし、翌朝には浮腫が軽減していたので、この方法を続けてきた。
ところが本年4月強い全身倦怠感感冒から近医を受診したところ、高度の尿タンパク、血尿、浮腫および高血圧が認められ入院となった。
会社へは入院で仕事を休む旨を伝えると、上司から長期にわたる厄介な病気だと言われショックを受けていた。

 

入院後、諸検査が実施され慢性糸球体腎炎と診断され、安静、保温、食事療法、薬物療法が開始された。
食事療法では、減塩食、水分制限(前日の尿量+500mL)、高エネルギー食(35kcal/kg)、タンパク質制限(1.0g/kg)が指示された。
薬物療法では、抗圧療法、ステロイド療法、抗血小板療法などの指示があり、利尿剤の投与も開始された。生活指導では、安静と保温に関する指導がなされた。
看護面では、自己管理における生活指導を中心に調理の工夫などの食事指導及び運動・休息に関する指導が行われ、3か月後、状況が安定し退院となった。

 

退院後も外来で継続した治療を受けていたものの、本年10月に中間管理職に昇格したことから仕事上多忙になり、生活や食事が不規則になることが多くなるなど生活上の変化が起こり、通院を中断するようになった。

 

ところが最近になって、全身倦怠感や浮腫が強くなり、再び近医を受診。
尿タンパク、血尿、高血圧が認められ、再度入院となった。
入院後、生活指導、食事療法、薬物療法に関する指導を受け、1か月後症状が軽減し退院となった。通院後は、現在の生活を維持していくために薬物療法および規則正しい食事や生活に心がけるなど、自己管理の重要性を認識し、近医にも定期的に通院し生活のコントロールができるようになった。

 

ストラウスらによる慢性疾患の病みの軌跡モデルでは、慢性疾患の自己管理には、軌跡の局面、軌跡の予想、生活史および日常生活への影響などが重要な要素であると述べている。

 

そこで、次にこれらの要素について検討したい。

 

 

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1病みの軌跡の局面

病みの軌跡モデルによると9つの局面が提示されている(表1)。

 

表1軌跡の局面(phase)と定義(再掲)

表1 軌跡の局面(phase)と定義

出典:Woog,P.ed.黒江ゆり子、市橋恵子、宝田穂訳:慢性疾患の病みの軌跡-コービンとストラウスによる看護モデル、p.13、医学書院、1995

 

本事例を過去から現在までの軌跡をたどると次のようになる。

 

 

前軌跡期

病みの行路が始まっていない状況、慢性糸球体腎炎の病状などは出現していない

 

 

軌跡発現期

徴候や症状がみられる時期である。Aさんは職場の健康診断で尿タンパクが認められたが、腎炎の症状とは自覚していなかったので放置した。

 

また、下肢の浮腫も立ち仕事の影響ととらえ放置した。ここでは症状が発現しているものの、Aさんは放置する行動をとっている。

 

 

急性期

病気の活動期で、その管理のために入院が必要となる状況である。

 

Aさんは近医で受診し、尿タンパク、血尿、高血圧および浮腫などの症状が顕著に認められ入院となった。

 

Aさんはこれまで腎臓病など考えてもみなかったので、この診断に青天の霹靂とばかりに驚き、「どうして私が?」とショックを受け、自分に起こっていることが理解できず、混乱状態にあった。

 

ちょうどこの時期に、実母が見舞客と「親戚には腎臓病の人なんていないのにどうして一生治療する厄介な病気になったのか」と話しているのを聞き、そんな病気になったことで絶望感に襲われた。

 

また、会社の上司からも厄介な病気と言われたこともショックであった。

 

治療は、安静・保温、食事療法、薬物療法を基本としてとくに塩分制限、タンパク質制限の食事(減塩食)となった。

 

 

安定期

病みの行路や症状が治療や食事療法、生活指導などで、コントロールされている状況にある。

 

Aさんは治療の開始とともに、看護師による病気に関する指導や長期にわたってコントロールする意味を考えさせるなどの教育的支援が行われると、病気とともに生きる姿勢がみられるようになり、積極的に対処する行動がとれるようになって退院した。

 

 

不安定期

病みの行路や症状が、さまざまな療法でコントロールできない状況である。

 

Aさんは、退院後継続して外来で治療を受けていたものの仕事上の役割の変化から多忙になり中断した。また、不規則な生活や食生活の乱れなどから症状のコントロールが不可となり、不安定な状態に追いこまれた。

 

 

下降期

心身ともに悪化し、症状が増大する状況である。Aさんは全身倦怠感や浮腫が強く近医を受診し、尿タンパクや血尿、高血圧が認められ、再入院となった時期である。

 

 

立ち直り期

さまざまな治療、療法によって徐々に立ち直っていく時期である。

 

Aさんは、退院後、外来受診を継続し、生活、食事なども工夫しながら懸命に規則正しい生活を送るように努力し、実行できるようになっていった。

 

主治医から、現段階でコントロールしていかなければ、腎不全に陥り将来血液透析になる危険性があるとの説明があった。

 

Aさんは血液透析だけは避けて病いをもちながらも安定した生活を、母親の協力も得ながら送りたいと決意し、自己管理の意識が高まり実行に移せるようになった。

 

医師によるこのような助言も、立ち直りのきっかけになることが伺えた。

 

 

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2軌跡の予想

一生治らない厄介な病気という認識。軌跡の予想は、病みの行路の見直しを意味し、軌跡の安定期に向けて援助するうえで、重要不可欠な要素である。

 

慢性病のコントロールにかかわる人々(患者、家族、医療関係者など)は各々独自の予想をもつが、これは軌跡の管理のうえに影響を及ぼすものである。

 

この事例でもAさんや家族は一生治らない厄介な病気といった軌跡の予想をしており、会社の上司も、同様の予想をしているものと考えられる。

 

これらの予想がまたAさんに影響を与えるというように悪循環していく。

 

このような患者のAさんに対して看護師は、自己コントロールしながら生活ができるように指導するなどのかかわりが必要である。

 

 

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3生活史および日常生活への影響

生活史(biography)とは人生の行路のことである。

 

病気やその管理によって、生活史や日常生活がどのように影響を受け、変わっていくのか。

 

自分の人生はこの先どのようになっていくのかに関する認識と行動である。

 

本事例では、日常生活のなかでの規制も大きく、食事の著しい制限があり、家庭でも自分の食事は食品の選択や味付けなど家族とは異なる対策を心がけながらの生活である。

 

友人たちとの食事の場面でも食品に注意しながら、食べる必要があり、心より楽しめないと思えることもたびたびあった。

 

自由にゆったりと食事ができないことは、自分の病気を意識することにつながり、日常生活への影響も大きい。

 

こうした状況のAさんに対して、生活史への影響を調整するためには、慢性糸球体腎炎という病気と向きあい、生理的な管理や立ち直りをめざすだけではなく、「編み直し」(reknitting)とよばれる生活史上の課題もある(Corbin&Strauss,1991)。

 

また、「折り合いをつける」ことも必要であるが、これは慢性状況を抱えつつ、生きる患者には必要となる適応のプロセスでもある。

 

 

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おわりに

病みの軌跡を生きる人々の生活は、症状のコントロールを初め、心身の状態を調整しつつ、病とともにどう生きるか、社会にいかに適応していくかを考えつつ、心に大きな負担を抱えながら生活していかねばならないのである。

 

したがって、看護師には慢性の病いがその人や家族に与える影響を捉えた病気とともに生きることへの支援が求められている。

 

 

引用・参考文献閉じる
  • 1)Woog P.,ed.:The Chronic Illness Trajectory Framework;The Corbin and Strauss Nursing Model,Spring Publishing Company,1992(黒江ゆり子、市橋恵子、宝田穂訳:慢性疾患の病みの軌跡-コービンとストラウスによる看護モデル、p.13、医学書院、1995)
  • 2)Corbin JM.,Strauss AL.:Unending Work and Care:Managing Chronic Illness at Home,Jossey-Bass Publishers,1988
  • 3)黒江ゆり子、藤澤まこと他:病いの慢性性(Chronicity)における「軌跡」について、岐阜県立看護大学紀要、4(1):54~160、2004
  • 4)Strauss A.L.,Corbin J.M.et al.:Chronic Illness and The Quality of Life,Mosby Company,1984(南裕子監訳:慢性疾患を生きる-ケアとクオリティ・ライフの接点-、p.83~96、医学書院、1987
  • 5)Corbin J.M.:Chronic Illness in Nursing,in Hyman R.B.,Corbin J.M.ed.:Chronic Illness;Research and Theory for Nursing Practice,Springer Publishing Company,2001
  • 6)Glaser B.G.,Strauss A.L.:Awareness of Dying,Adline Publishing,1965(木下康仁訳:死のアウエアネ ス理論と看護-死の認識と終末期ケア、医学書院、1988)
  • 7)Edelwich J & Brodsky A.:Diabetes Caring for your emotions as well as your Health(黒木ゆり子、市橋恵子、宝田穂訳:糖尿病のケアリング-語られた生活体験と感情、医学書院、2002)
  • 8)佐藤栄子編著:中範囲理論入門、日総研出版、2005
  • 9)Kleinman A.:The Illness Narratives;Suffering.Healing and the Human Condition,Basic Books,1989(江口重幸、五木田紳、上野豪志訳):病の語り-慢性の病いをめぐる臨床人類学、誠信書房、1998)
  • 10)Lubkin I.M.,Larsen P.D.Chronic Illness-Impact and Intervention,Jones and Bartlett publishers,2002(黒江ゆり子監訳:クロニックイルネス-人と病いの新たなかかわり、医学書院、2007)
  • 11)井上泰:疾病論、医学書院、2011
  • 12)大西和子、岡部聴子編:成人看護学概論、ヌーベルヒロカワ、2015
  • 13)安酸史子、鈴木純恵他編:成人看護学概論、メディカ出版、2015
  • 14)松田睴、荻原俊男他編:疾病と治療Ⅲ、南江堂、2010
  • 15)鈴木久美、野澤明子他編:慢性期看護、南江堂、2010
  • 16)J M Corbin,A Strauss:A nursing model for chronic illness management based upon the Trajectory Framework,Scholarly Inquiry for Nursing Practice,5(3),155–174,1991

 

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本連載は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。

 

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[出典] 『新訂版 実践に生かす看護理論19 第2版』 編著/城ヶ端初子/2018年11月刊行/ サイオ出版

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