ペアン鉗子|鉗子(2)

手術室にある医療器械について、元手術室勤務のナースが解説します。
今回は、『ペアン鉗子』についてのお話です。
なお、医療器械の歴史や取り扱い方については様々な説があるため、内容の一部については、筆者の経験や推測に基づいて解説しています。

 

黒須美由紀

 

〈目次〉

 

ペアン鉗子は外科用止血鉗子

ペアン鉗子は外見がコッヘル鉗子とソックリ

ペアン鉗子とは、外科手術用の止血鉗子です。

 

ペアン鉗子は、最もポピュラーな鉗子の一つであるコッヘル鉗子と、見た目がとてもよく似ていて、一目見ただけでは区別がつきません。しかし、鉗子を開いたときの先端部と、使用用途は異なります。

 

ペアン鉗子には、組織把持面に滑り止めの溝のみがあるのに対して、コッヘル鉗子には、溝の先端部にかぎ状の突起があります。この突起部を「鈎(こう)」と呼び、鈎がないことを「無鈎」、鈎があることを「有鈎」と呼んでいます

 

memoペアン鉗子とコッヘル鉗子の区別法

一般的に「無鈎がペアン鉗子で、有鈎がコッヘル鉗子」と覚えよう。

 

無鈎のペアン鉗子

有鈎のコッヘル鉗子

 

ペアン鉗子を使用する場面

ペアン鉗子が使用される場面は、外科手術をはじめ、婦人科手術、泌尿器科での開腹手術、整形外科手術など、さまざまな診療科においてです。

 

ペアン鉗子を使用する主な場面は表1の通りです。

 

表1ペアン鉗子の主な使用場面

 

 

開腹後に血管や組織を結紮する時
結紮用糸を把持する時
組織を把持する時
組織同士を剥離する時
血管や組織の間にマーキング用テープを通す時
テープを把持する時

 

基本的に、ペアン鉗子は、コッヘル鉗子のような有鈎のものを使うと、組織の損傷や穿孔などのリスクが生じるシーンで使用されます

 

病棟や外来で、チューブ類をつかむためにペアン鉗子が使用されますが、これはチューブ類の損傷を避けるためです。

 

memo形状別、ペアン鉗子の使用用途例

一般的に、ペアン鉗子は手術中のあらゆる場面で使用されます。ペアン鉗子の先端部の形状は、曲型と直型のものがありますが、基本的な使用用途は、表2のように使い分けられます。

 

表2曲型・直型の使い分け

 

曲型 組織間などの剥離の場面で使う
直型 結紮用の糸を把持するなど、何かを「持っておく」ために使う

 

ペアン鉗子の誕生秘話

ペアン鉗子の由来はフランスの外科医の名前

「ペアン」という名称は、19世紀後半、フランスで活躍した医師 ジュール・エミール・ペアン(Jules Emile Pean:以下、Dr.ペアン)の名前に由来します。当時、Dr.ペアンは、ウデが良い医師として、とても人気の高い外科医で、フランス以外の国々にもその名声が届いていました。

 

memoDr.コッヘルに教授していたDr.ペアン

コッヘル鉗子を開発した医師 エミール・テオドール・コッヘル(Emil Theodor Kocher:以下、Dr.コッヘル)も、数年間ですが、Dr.ペアンに師事していたと言われています。

 

ペアン鉗子は動脈からの出血を防ぐ救世主

当時の外科医は、大きな動脈は縫合糸で結紮し、小さな血管は圧迫や焼灼によって止血していました。しかし、時代の流れとともに、外科手術はより深部層へ切り込むことが多くなり、動脈を切る回数が増えていきました。これに伴い、手術によっては、術野を大量の出血が満たしてしまい、自分が何を行っているかわからくなってしまう外科医もいました。

 

外科医にとって、手術時の出血は最大の問題です。

 

Dr.ペアンは、この現状をなんとか打破しようと考え、1858年にフランスの器械メーカーが開発したX型の異物鉗子を改良して、1862年に止血鉗子を開発しました(一部で、1870年という説もあります)。これが、現在のペアン鉗子です。

 

ペアン鉗子の登場により、動脈からの出血をしっかりと止めたうえで、その動脈を1本ずつ結紮するという、現在の止血方法の基礎ができあがったと言われています。

 

多くのライバルに打ち勝ち、名付けられた

ペアン鉗子の発明の優先権を巡っては、ちょっとした攻防戦があったと言われています。

 

ペアン鉗子が開発されたのは、今から150年以上も前のことですが、現在の鉗子の形状に近い、「X型に開くことができ、ラチェットを使って閉じたままの状態が維持できる鉗子」は、すでに存在していました。しかし、あくまでも「異物を掴むための鉗子(異物鉗子)」というものだったため、直接、血管をはさんで止血する繊細な手技には適していませんでした。

 

そこで、Dr.ペアンは、血管をつかみ止血する操作に最適な形状の鉗子に作り変えたわけですが、同時期に、同じ問題にぶつかっていた他の医師や、加工を担当した器械メーカーとの間で、「発明した器械に誰の名前を付けるのか」という、争いがあったと言われています。

 

どのような形で決着したかは定かではありませんが、150年以上経った今でも「ペアン鉗子」という名称が残っていることから考えても、Dr.ペアンが「どういった場面で、この鉗子を使用するか」ということを明確にした最初の外科医であるという事実は、間違いないでしょう。

 

ペアン鉗子の特徴

サイズ

医療器械メーカーによって異なってきますが、最も一般的なサイズは13~14.5cmです。

 

これよりも大きなもの(18cm程度)は、手術室では「長ペアン」と呼ばれることがあります。逆に、11cm程度の小さなものは「モスキートペアン」と呼ばれたり、メーカーによっては「◯◯cmのペアン」「◯◯cmのモスキート」と呼ぶこともあります。

 

形状

先端部(把持部)の形状は、真っ直ぐな「直型」と、彎曲した「曲型(反型)」があります(図1)。

 

図1直型と曲型の先端部(ペアン鉗子)

 

直型と曲型の先端部(ペアン鉗子)

 

材質

現在、多くのペアン鉗子はステンレス製です。メーカーによっては、より硬度が高い13Cr ステンレスを使っていますが、錆びやすいため、取り扱いには注意が必要です。なお、ステンレスが発明されたのは20世紀に入ってからです。開発当時のペアン鉗子は、違う材質で製造されていたようです。

 

日本では、昭和30年代頃になって、やっと手術用の器具にステンレスを使用するようになったため、それまでは鉄製ニッケルクロームメッキ製のものが多かったようです。

 

製造工程

ペアン鉗子が製造される工程は、コッヘル鉗子と同様です。素材を型押しし、余分な部分を取り除き、各種加工と熱処理を行い、最終調整という工程が必要になります。

 

価格

メーカーによって異なりますが、一般的なサイズのもので1本2,000円~5,000円程度です。

 

寿命

ペアン鉗子の寿命は、明確には定まっていません。何年間使用していると壊れるというよりも、使用頻度はどうか、どのような使い方をしているか、洗浄・滅菌の過程での扱い方など、いくつかの要因によって使用できる年数が変わってきます。

 

ペアン鉗子の使い方

ペアン鉗子の使用方法

皮膚切開後、切離面の止血のために、筋層や皮下の脂肪組織で、開いた動脈の切離面をペアン鉗子で把持し、動脈を圧挫させて止血を行います

 

コッヘル鉗子でも同様の止血処理ができますが、コッヘル鉗子には鈎が付いているため、開腹(腹膜切開)後に露出する柔らかい組織には使用できません。一方、ペアン鉗子は、開腹後の血管や腸管などの柔らかい組織に対しても使用でき、開腹操作と関係ない整形外科や形成外科などでも使用できます。

 

血管を糸でしばって止血することを「結紮(けっさつ)」と言いますが、基本的に、ペアン鉗子は、図2のように血管を挟んで止血し、結紮用の糸をかけるために使用します。ペアン鉗子は結紮処理には欠かせない医療器械です。

 

図2ペアン鉗子で止血や糸を把持する

 

ペアン鉗子で止血や糸を把持する

 

また、太い血管や組織をマーキングするテープが抜け落ちないように把持することもあります。

 

memoペアン鉗子は止血以外にも使用される

ペアン鉗子の開発目的は、「術野の出血を何とかする」ということでしたが、現在では、止血だけでなく、組織の剥離や結紮用の糸を把持するという目的でも使用されます。

 

類似の医療器械との使い分け

ペアン鉗子と最も似ている医療機器は、コッヘル鉗子です。

 

消化器外科などの開腹手術の場合、コッヘル鉗子は開腹(腹膜切開)前までと、閉腹から皮膚縫合までの間でのみ使用しますが、ペアン鉗子は開腹後もずっと使用する可能性があります

 

memoペアン鉗子とコッヘル鉗子は使用する部位が基本的に違う

ペアン鉗子は、コッヘル鉗子の元になった医療器械だと言われています。ペアン鉗子もコッヘル鉗子も、止血鉗子という点では同じ機能を持ちますが、現在では、その使い方(使う部位)が大きく異なっています。

 

また、ペアン鉗子は、止血以外の目的でも使用されることがあるため、応用範囲が高い機器と言えます。

 

禁忌と使い方の注意点

筋肉層や皮下の脂肪組織で使用する場合、これらの場所は脂肪分が多いため、ペアン鉗子が滑ってしまい、組織を上手く把持できないことがあります。そのため、禁忌というほどではありませんが、このような場所では、ペアン鉗子はあまり使用しません。

 

また、ペアン鉗子は、組織を把持する以外にも、マーキングしたテープの把持などにも使用するため、術野に出ている時間が長い医療機器の1つです。器械の数を数える(器械カウントを行う)場合は、「今、術野に何本のペアン鉗子が出ているか」をしっかりと把握しておく必要があります

 

ナースへのワンポイントアドバイス

ペアン鉗子とコッヘル鉗子の取り間違いを防ぐ

メーカーによっては、ペアン鉗子とコッヘル鉗子を区別するために、ペアン鉗子の脚の部分に、横溝が数本あるものがあります(図3)。

 

図3ペアン鉗子とコッヘル鉗子の違い

 

ペアン鉗子とコッヘル鉗子は脚の溝でも見分けられる1

ペアン鉗子とコッヘル鉗子は脚の溝でも見分けられる2

 

また、器械盤の上に置く際には、ペアン鉗子とコッヘル鉗子を取り間違えないように、「ペアン鉗子とコッヘル鉗子の間に別の鉗子を置いて区別する」あるいは、「布やポケットなどを利用して、使わない間はコッヘル鉗子を隠しておく」などの工夫をしましょう。

 

なお、ペアン鉗子は使用用途が広いため、いつでも使えるように準備しておきましょう。

 

使用前はココを確認

先端の鈎がスムーズに噛み合うか、先端の鈎が破損・摩耗していないかを確認します。

 

術中はココがポイント

ドクターに手渡すときは、ドクターがすぐに使用できるように、ペアン鉗子のラチェット部分を1つだけ閉じた状態で手渡しましょう。なお、手渡す際には、ドクターが受け取ったものが何かをはっきりとわかるように、「ペアン鉗子です」と声を出して渡しましょう

 

使用後は歪みや破損に注意

ドクター(術野)からペアン鉗子が看護師の手元に戻ってきたときは、咬み合わせが歪んでいないか、先端部分などに破損がないかを念入りに確認しましょう。

 

咬み合わせが歪んでいる場合は、そのペアン鉗子はもう使用できません。

 

また、破損している場合は、破損した部品がどこにあるか、ドクターにも術野を確認してもらう必要があります

 

特に問題が無ければ、またすぐに使用できるように、生理食塩水を含んだガーゼなどを使って、血液などの付着物を落としておきます。

 

片付け時のポイント

洗浄方法

洗浄方法の手順は、下記(1)~(3)までは他の鉗子類の洗浄方法と同じです。

 

(1)手術終了後は、必ず器械カウントと形状の確認を行う
(2)洗浄機にかける前に、先端部に付着した血液などの付着物をあらかじめ落しておく
(3)感染症の患者さんに使用した後は、あらかじめ付着物を落とし、消毒液に一定時間浸ける

 

(4)洗浄用のケース(カゴ)に並べるときは、コッヘル鉗子と区別して並べる

洗浄から乾燥までが終わると、それぞれの手術器械を棚に片付けたり、再び術式に合せた器械セットに組み込むことになります。その際、コッヘル鉗子とペアン鉗子は区別できるようにしなければなりません。そのため、洗浄用のケース(カゴ)に並べるときは、図4のように、それぞれの器械を分けて並べておくと、片付ける時に他の器械と取り間違えることを防ぐことができます。

 

図4洗浄用ケース内のペアン鉗子の並べ方

 

洗浄用ケース内のペアン鉗子の並べ方

 

洗浄時は、開くことができるものは完全に開く、外せるものは外すのが基本です。
左上段より、コッヘル鉗子、モスキート鉗子、ペアン鉗子長ペアン鉗子、マチュウ持針器、リンパ節鉗子、アリス鉗子、長剪刀、短剪刀、ヘガール持針器。
左下段より、ミクリッツ鉗子、ケリー鉗子、腸鉗子、長鑷子、短鑷子。

 

memo洗浄ケースに並べる時点でペアン鉗子とコッヘル鉗子を区別しておく

手術の際、ペアン鉗子とコッヘル鉗子は器械盤の上に区別して置く必要があります。そのため、洗浄用のケースに並べる時点でそれぞれを区別しておくと、器械盤の上に並べる作業が簡略化できます。

 

滅菌方法

コッヘル鉗子と同様に高圧蒸気滅菌を行います。

 

 


[参考文献]

 

  • (1)高砂医科工業株式会社 ペアン止血鉗子(カタログ)
  • (2)高砂医科工業株式会社 高砂鉗子(添付文書)
  • (3)C.J.S.トンプソン(著), 川端富裕手(訳). 手術器械の歴史. 東京: 時空出版; 2011.
  • (4)石橋まゆみ, 昭和大学病院中央手術室(編). 手術室の器械・器具―伝えたい! 先輩ナースのチエとワザ (オペナーシング 08年春季増刊). 大阪: メディカ出版; 2008.
  • (5)ユルゲン・トールヴァルド(著), 小川道雄(訳). 外科医の世紀 近代医学のあけぼの. 東京: へるす出版; 2007.

 


[執筆者]
黒須美由紀(くろすみゆき)
総合病院手術室看護師。埼玉県内の総合病院・東京都内の総合病院で8年間の手術室勤務を経験

 


Illustration:田中博志

 

Photo:kuma*

 


協力:高砂医科工業株式会社

 


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