30歳、夫婦で一緒に看護師になりました。―ママ兼国境なき医師団ナース

国境なき医師団ナースリレーコラム

ママだけど、国境なき医師団でナースやってます。

Vol.3 30歳、夫婦で一緒に看護師になりました。

 

【筆者】看護師 田岡佳子

一般企業を経て看護師に。1児の母。夫も看護師としてMSFで活動中。

国境なき医師団の「働くママナース」にとって、仕事と家庭の両立とは?これまでのあれこれをお伝えします。


 

私たち夫婦は、二人で看護師になることを決め、二人で看護学校に通い、二人で国境なき医師団に参加しています。

不思議な夫婦と見えるかもしれませんが、私たちにとっては自然な流れでした。

 

 

インドのボランティアでの出会い

インド第二の都市コルカタ(カルカッタ)のボランティア施設で出会った私たちは、ふたりともまだナースではなく、路上で倒れていた人や行き場のない障害者が生活するこの施設で、掃除洗濯、食事やトイレ介助など日常生活の援助をしていました。

 

長期ボランティアで一緒に働くうちに、急変に立ち会ったり、創傷処置を手伝ったりすることもありました。

医療は素人だった私たちは、「正しい対応ができているのかな?」と日々の悩みを話すようになりました。また夕飯を屋台で一緒に食べた後、就寝まで色々と話し、私同様夫も今の仕事を将来続けていくか悩んでいるという共通点を知ったり、夫のケアや死生観への考え方から学ぶことも沢山ありました。

 

インド、コルカタのマザーテレサ修道院

インド、コルカタのマザーテレサ修道院

 

灼熱のインドで毎日体力勝負のケアをこなし、しょっちゅうお腹を壊したり熱が出たりする厳しい環境で生活していると、自分もイライラしたり、相手の嫌な部分をみたり、ぶつかり合ったりすることもありました。でも案外それがよかったのかもしれません。短い期間で互いの色々な面を知り、最後はお互い全てひっくるめて受け入れたという感じになりました。

 

インドからの帰りに決めた、結婚と看護師への道

半年のボランティアを終え、帰国途中に一緒に立ち寄ったタイの島で私たちは2つ決断しました。

 

1つは結婚。 そしてもう1つはお互い心に芽生えていた「このような活動をこれから本格的に続けていきたい、そして医療の知識や技術が欲しい」という思いを実現するため、看護学校に行くことでした。

 

「インド人と国際結婚か?!」と最初は勘違いして驚いた父も、夫を紹介すると特に反対もなく結婚を承諾。看護学校受験については、どちらの親も「まあ頑張って」と意外にも応援の声。これまで私も夫も自由気ままに日本と海外を行ったり来たりの生活だっただめ、これでしばらく落ち着いてくれると期待したのでしょう。

 

夫婦の看護学生生活ってどんな?

運よく同じ学校に合格したのですが、「夫婦で入学した学生は本校始まって以来ですよ。」と事務員や先生からは珍しがられ、クラスメイトからは「何で、何で?」とはじめは質問攻め。

ほとんどのクラスメイトが20歳前後で青春を謳歌しながら勉強しているのだから当たり前かもしれませんが(笑)

 

しかし遊びも恋愛もすでにやりきり、授業料も生活費も奨学金で賄っていた私たち。

そのおかげで勉強に集中でき、大人になってから目的を持って勉強するってこんなに楽しいものなんだと実感したことを覚えています。

 

実習はもちろんヘトヘトに疲れきり、途中道半ばでやめていく学生も増えていきましたが、私たちは先の目標を支えにしつつ、週末は晩酌でストレス解消し、無事卒業に至りました。

 

看護師一年目の夫と私

看護師1年目の私と夫

 

国際医療協力へ二人で一直線

卒業後は3年間の臨床経験を積んだあと、国際医療協力への道に進むため、国境なき医師団に登録。熱帯地域の疾患について勉強するために、また二人で長崎大学熱帯医学研修生に応募し、結核、HIV/エイズ、マラリア、寄生虫症、国際医療協力などを学びました。

その後タイとミャンマー国境の無料診療所を運営するNGOでボランティアをし、国境なき医師団での派遣に至っています。

 

遠回りしてから看護師になりましたが、今考えても、もし一人だったらこんなに大きな進路変更に踏み切れたか?30歳から学生になる勇気はあったか?と思います。

夫と二人だったから思い切った決断ができたし、同じ目標があったから色々話し合いながら前へ前へと進んでこれたのだと思っています。

 

タイ無料診療所現地スタッフと、スタッフに英語を教えるアメリカ人神父

タイ無料診療所現地スタッフと、スタッフに英語を教えるアメリカ人神父

 

同時に派遣されると海外で一緒に休暇を過ごせる

夫婦で国境なき医師団で働いてよかったこと、苦労したことは色々あります。

 

まず良かったこと。

お互い同じ仕事や生活環境を経験しているため、共感しながら私の話も聞いてくれるし、悩みや愚痴を話しやすいこと。

これは日本の病院で働いているときも一緒ですが。

同じ現場で働くことができたスリランカとインドでは、頻回に声を掛け合って仕事の相談ができたこと、そして何より日本語で話し合えたことは心強いことでした。

 

また同時期に派遣された場合、休暇を一緒に取れるよう調整することができます。

国境なき医師団では3か月に1回、1週間程度の休暇がもらえます。

私たちはマラウイとスーダンとの中間地点にあるタンザニアのザンジバル島で休暇を過ごすため調整しました。しかし夫が予定日にスーダンを出国できず、結局一緒に過ごせたのは3日間だけだったなど、うまくいかないこともよくあります。

 

インドのプログラムにてスタッフと

インドのプログラムにてスタッフと

 

ずっといっしょだから辛いことも

苦労したこと。

同じ時期に同じ現場にいつも行けるとは限りません。初めての派遣は単身が基本ですが、2回目からは希望すれば同じ現場、または同じ国など人事担当者が調整してくれることもあります。しかし同じ現場に行けても、出発時期がずれたり、1人は出発、1人は日本で待機となり結局派遣はなかったり、ということもあります。

 

また、同じ現場で働いている時、仕事で他のスタッフからお互いの悪い評価を聞いたとき、どのように本人に伝えたらよいか悩んだりします。 国境なき医師団の現場は、文化や習慣が違う様々な国籍のスタッフと一緒に仕事をし、生活をします。

その仲間との関係が悪くなってしまうと、夫婦だからこそ、どちらの肩も持てなかったり、間に入ることも難しいということもありました。

 

 

私たち夫婦はこのような道をたどり、国境なき医師団のメンバーとして活動してきました。そして子供ができたこれからも、海外の医療支援の仕事に携わっていきたいと思っています。

でも子育てをしながらどうやってそれを実現するのか?悩みは尽きません。

次回は、今後の目標や、家庭と仕事を両立していく上での悩みや不安についてお話したいと思います。

 

 


【筆者】田岡佳子(たおか・よしこ)

群馬県出身、看護師。

一般企業での勤務を経て、2004年、東京都立松沢看護専門学校卒業。2004年より看護師として働き、新天本病院勤務後、2008年、国境なき医師団(MSF)の活動でマラウイへ派遣。その後、2009年にはスリランカ、2011年にはインドで派遣活動に従事した。1970年6月14日生まれ。


 

【協力】国境なき医師団 日本

国境なき医師団(Médecins Sans Frontières=MSF)は、 中立・独立・公平な立場で医療・人道援助活動を行う民間・非営利の国際団体です。MSFの活動は、緊急性の高い医療ニーズに応えることを目的としています。紛争や自然災害の被害者や、貧困などさまざまな理由で保健医療サービスを受けられない人びとなど、その対象は多岐にわたります。

MSFでは、活動地へ派遣するスタッフの募集も通年で行っています。

(看護系の募集職種)正看護師手術室看護師助産師

看護roo!ポイントでも、国境なき医師団に寄付することができます。

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