看護師の辞めない力と辞める力~辞めたいのに辞めないのは、弱い人?~
看護師・大学教員
石榴(ざくろ)裂け 檳榔子黒(びんろうじぐろ) 藍(あい)微か
――哲山(山田哲也)

2年間、顔は見えないけれど、看護を通して繋がっている皆さまに向けてエッセイを書いてきたのも、これで最後になります。
今の時期、「辞めたい」と思っている方は多いのではないでしょうか。
仕事を辞めたい
人間関係をやめたい・切りたい
今の自分の考え方をやめたい・変えたい
自分の悪いところ・くせをやめたい・変えたい…
もしかすると、仕事を辞めたい理由が後の3つのどれかに当てはまる人もいるかもしれません。
辞めたいと思う気持ちはなかなか強いものですね。
でも、気持ちのままに行動して、実際に辞める人はあまりいません。
なぜならば、何かを辞めるということは、何かを手放すことも内包しているからです。
辞めることによって、縛られていた何かから解放されてほっとすることもある一方で、それまで培ってきた多くの物や関係性を手放すことを求められるため、辞めるという行為までたどり着かないこともあります。
「辞めない」も決断のひとつ

では、辞めなかった人は皆、弱かったのでしょうか。
わたしはそうは思いません。
辞める、という行動には「決断」が必要です。でも実は、辞めない、という選択にも、同じくらいの——ときにはそれ以上の——決断力が必要だと思うのです。
ここで少し考えてみてください。今あなたが続けていることは、ただ惰性で続いているのでしょうか。
それとも、あなたが何度か「辞めようかな」と迷いながらも、何かを感じ取って、意識的に選び直してきた結果でしょうか。
この2つは、外から見れば同じ「続けている」という状態です。
流されるように続けているのと、一度「辞める」を真剣に考えた上で「やはり続ける」と決めるのとでは、その後の自分の在り方が変わってくる。
前者には選択の自覚がなく、後者には『自分でこれを選んでいる』という覚悟が宿っています。
その感覚が、日々の仕事のあちこちに小さな意味をもたらしてくれます。
石榴の皮にひびが入るように、熟して変わり始める
冒頭の俳句に戻ってみましょう。
石榴(ざくろ)裂け 檳榔子黒(びんろうじぐろ) 藍(あい)微か

私の職場である岡山大学の敷地には柘榴の木が何本か植わっています。
石榴は、外皮が割れてはじめて、その中の深く鮮やかな紅色が姿を現します。外から見ている限り、石榴は重くて、固く、閉じた果実です。
割れることで、内側に蓄えていた豊かさが初めて見えるようになります。
「辞めたい」という気持ちは、その石榴の皮にひびが入る瞬間に似ていると思いませんか。
ひびが入るのは、中身が熟して、もう内側に収まりきれなくなったからです。
辞めたいという感情が生まれるのは、あなたの中で何かが熟しきったサインかもしれません。
そのひびを通して、自分が本当は何を大切にしているのか、何に消耗しているのか、何を求めているのかが、少しずつ見えてくるのではないでしょうか。
辞めていないあなたは「続ける」を選んできた人

看護という仕事は、辞めたくなりやすい仕事ですよね。
その理由は、看護は簡単なものではなく、人に近く、命に近く、毎日が消耗と隣り合わせで存在している仕事だからだと思います。
感情を揺さぶられる場面が毎日あり、理不尽さに直面し、体も心も限界に近づく瞬間がある。「辞めたい」という言葉が頭をよぎるのは、それだけ真剣に向き合ってきた証拠です。
だから、今この仕事を続けているあなたに聞いてみたいのです。あなたはこれまでに、一度でも「辞めよう」と思ったことはありましたか?
もしあるなら、あなたはすでに「辞めるか、続けるか」を問われる場所に立ち、そこで「続ける」を選んできた人です。
それはただ流されていたのではなく、あなたがその都度、何かを感じて、ここに留まることを選んできた、ということではないでしょうか。
その積み重ねを実践してきたご自身を、ぜひ少しだけ肯定してほしいのです。
「辞めない」ことを選んでいる自分に対して、「決断できない弱い自分」というレッテルを貼る必要はありません。
辞めないことが、最も勇気のいる選択である時があるからです。
一方で、辞めることを選んだ人のことを、私は否定したいわけでも、まったくありません。
辞めることが必要な局面は、間違いなくあります。
自分を守るために手放さなければならないものがある。
その判断ができることも、大切な力です。
檳榔子黒のように、あなただけの色を重ねて
私もこれまで、何度も何度も、辞めることと辞めないことを決めてきました。
どちらを選んでも、後悔したこともあれば、いい決断だったと振り返ったこともあります。
結果がどっちだったにしても、自分が選ぶことそのものが一番大切だったのだと気が付いたのは、ごく最近のことです。
辞めることも辞めないことも自分自身で決める大切さに気が付いている人は、ぜひ決めたことにまい進してください。
看護の世界は広大です。
最後に少しだけ、檳榔子黒(びんろうじぐろ)という色のことに触れましょう。
檳榔子(びんろうじ)は、檳榔樹(びんろうじゅ)になる実のことです。
檳榔子黒は、一度布地を藍などで染め上げてから、檳榔子を用いて黒く染めた色です。
何度も染め重ねる手間暇や檳榔子の貴重性から、最高級の黒と言われています。

辞めることと辞めないことの間で何度も揺れ、
それでも、選び続けてきたあなたは
今もこれからもきっと檳榔子黒のような、素敵な色を紡ぎ出せる方なのだと思います。
みなさんに、広大な看護の場のどこかで、お目に掛かれることを楽しみにしています。
引用文献
哲山(山田哲也) 通販生活2024年9月 夏井いつき先生の俳句生活
https://www.cataloghouse.co.jp/yomimono/haiku/202409/
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岡山大学大学院ヘルスシステム統合科学学域 教授原田奈穂子
千葉市生まれ。1998年聖路加看護大学(現聖路加国際大学)を卒業後、聖路加国際病院と2次・3次救急の臨床に関わる。2005年、ペンシルバニア大学修士課程に進み、成人急性期ナースプラクティショナー課程を修めた後、ボストンカレッジ大学博士課程に進学。博士2年目の2011年春に東日本大震災が発生し、3月14日に帰国し災害医療支援に従事したことを契機に、国内外の人道支援と支援者支援について実践と研究に取り組む。現在は、学際大学院に所属して、主に災害やメンタルヘルスをテーマに、人文系と工学系の研究者と共に「人と社会の健やかさ」に関する研究に取り組んでいる。
編集:横山かおり(看護roo!編集部)
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