患者さんにとって「優しい看護師」「怖い看護師」
「あの看護師さん、優しいよね」
「あの人は、ちょっと怖いかも…」
入院中の患者さん同士の会話で、こんなふうに聞こえてくることがあります。
もちろんこれは看護師に限った話ではなく、私たち医師も同じです。
「あの先生は話しやすい」「あの先生はちょっと…」なんて、患者さんはよく見ています。
ああ、耳が痛い…
看護師のみなさんは、自分がどちらだと思われているか、考えたことはありますか?
連載の最終回となる今回は、「優しい看護師」と「怖い看護師」について考えてみたいと思います。
「怖い」にもいろいろある

まず、「怖い」という言葉を整理してみましょう。
看護師の世界で「怖い」といえば、真っ先に思い浮かぶのは、先輩看護師の厳しさかもしれません。
「そのアセスメントで本当にいいの?」「もう一回、確認してきて」
新人の頃、先輩に厳しく指導されて、正直「怖い」と思った経験がある方は多いでしょう。
でも、看護師同士の「厳しさ」は、ある意味で必要なものです。
私たちの仕事は、人の命を預かっています。
曖昧にしてはいけないことがある。見落としが許されない場面がある。
先輩の厳しさの多くは、その緊張感から生まれています。だから、後輩指導における厳しさそのものを否定するつもりはありません。
問題なのは、患者さんに「怖い」と思われてしまうことです。それは厳しさとは別の話です。
忙しさからくる表情の硬さ。早口で事務的な説明。ナースコールへのぶっきらぼうな対応。聞きたいことがあるのに、なんとなく声をかけづらい雰囲気。
本人に悪意はない。むしろ一生懸命やっている。でも、患者さんの目にはそう映ってしまう。
ベッドの上から見上げる患者さんにとって、看護師の表情や声のトーンは、想像以上に大きな意味を持っているのです。
患者さんはどんなときに「優しさ」を感じるのか

では、患者さんはどんなときに看護師を「優しい」と感じるのでしょうか。
長年、患者さんと関わってきて思うのは、患者さんが「この看護師さん、優しいな」と感じる瞬間は、高度な専門技術を見せられたときではないということです。
話をちゃんと聴いてくれる。一人の人間として向き合ってくれる。わかりやすく説明してくれる。 そういう、人と人との関わりの部分なのです。
特別な技術ではありません。ちょっとした心配りの積み重ねです。
たとえば、身体が思うように動かせない患者さんのベッドサイド。
コップの水が手に届きやすいように、少し位置をずらす。ナースコールをいつでも押せるように、手元に置き直す。
同じ姿勢で寝ていて体が痛くならないように、そっと向きを整える。窓の外が見えるように、カーテンを少し開ける。
「今日は寒くないですか?」と、ひと声かける。
どれも、ほんの数秒のことかもしれません。でも、これは立派な緩和ケアなのです。
緩和ケアというと、何か特別な治療や、専門チームが行う高度な介入を思い浮かべる方もいるかもしれません。
でも、緩和ケアの本質は、つらさを和らげること、困っている人に手を差し伸べること。
コップの位置を直すことも。体位を整えることも。声をかけることも。患者さんの「つらい」を少しでも減らそうとするその行為は、すべて緩和ケアです。
ナイチンゲールはかつて、こう言いました。
「看護とは、新鮮な空気、陽光、暖かさ、清潔さ、静けさを適切に保つことである」
患者さんの生活環境を整え、生命力の消耗を最小にすること。それが看護の原点であると。
コップの水の位置を整えるあなたの手は、ナイチンゲールが説いた看護そのものです。
私が入院したときに感じた看護師さんの優しさ
実は私自身、入院を経験したことがあります。甲状腺がんになり、手術を受けるために入院したのです。
普段は医師として患者さんを診る側ですが、自分がベッドの上で過ごす側になると、見える景色がまるで違いました。
術後で身体が思うように動かせないとき、看護師さんがさりげなく手の届く場所に物を置いてくれる。「何か気になることはありませんか?」とひと声かけてくれる。
それだけで、どれほど救われたか。
特別なことをしてもらったわけではありません。でも、あのちょっとした心配りに、私はたしかに癒されたのです。
緩和ケア医として長年、患者さんのつらさに向き合ってきたつもりでした。でも、自分が患者になって初めて、看護師の小さな優しさがどれほど大きな力を持っているか、身をもって知りました。
こういう心配りの一つひとつが、患者さんの目に「優しい看護師」として映っているのだと、私は確信しています。
「怖い看護師」は「つらい看護師」かもしれない

ただ、私は「怖い看護師」を責めたいわけではありません。
患者さんに怖いと思われてしまう看護師の多くは、余裕を失っているのだと思います。
忙しすぎる。人が足りない。受け持ちの患者さんが多すぎる。夜勤明けでも疲れが取れない。職場の人間関係にも気を遣う。
心に余裕がなくなると、真っ先に削られるのが、あの「小さな心配り」です。
コップの位置を気にかける余裕。ひと声かける数秒の時間。笑顔。
「怖い看護師」は、もしかしたら「つらい看護師」ではないでしょうか。
私たち緩和ケアに携わる者は、よく知っています。つらい人をケアし続ける人もまた、つらくなるということを。
患者さんの痛みに寄り添い、ご家族の悲しみを受け止め、時には看取りに立ち会う。看護師という仕事は、他者のつらさを引き受ける仕事でもあります。
そういった疲労や負荷は、知らないうちに心と身体に蓄積していきます。だからこそ、看護師自身にもセルフケアが必要なのです。
「自分を労ること」は、決してわがままではありません。
休めるときに休む。つらいときに「つらい」と言える環境がある。同僚同士でお互いを気にかけ合う。
自分自身が満たされていなければ、誰かに優しくする余裕は生まれません。
看護師が自分を大切にすることは、巡り巡って、患者さんへの優しさになるのです。
チームの中で「最近、大丈夫?」とお互いに声をかけ合うこと。それ自体も、患者さんへのケアの質を支えているのです。
「優しくありたい」という気持ちは、看護の原動力

看護師を目指したとき、多くの方が「人の役に立ちたい」「患者さんに優しくしたい」と思ったのではないでしょうか。
でも、日々の業務に追われるうちに、その初心が少しずつ遠くなることがあります。
業務をこなすだけで精一杯。ルーティンに追われて、目の前の患者さん一人ひとりに目を向ける余裕がない。そんな日が続くと、「自分は何のために看護師になったんだろう」と思うこともあるかもしれません。
でも、「患者さんに優しくしたい」という気持ちを、どうか忘れないでください。その素直な思いこそが、看護の原動力だからです。
この連載では、これまでさまざまなテーマをお伝えしてきました。
「わかります」と安易に言わず、患者さんのつらさに誠実に向き合うこと。
がん患者さんも、がん以外の患者さんも、すべての患者さんのつらさに目を向けること。
ご家族の後悔を受け止め、その物語をそっと書き換えること。
これらの根底にあったのは、すべて同じ思いです。
困っている人のそばにいて、つらさを察して、できることをする。
特別なことではありません。看護の基本です。そしてそれは、そのまま緩和ケアの基本でもあるのです。
みなさんはすでに「緩和ケア」をしている
最後に、看護師のみなさんにお伝えしたいことがあります。
みなさんは、普段から緩和ケアをしているのです。緩和ケアは、特別な専門家だけのものではありません。
困りごとに目を向け、察して、それを和らげようとする。コップの水の位置を整え、体位を変え、「大丈夫ですか」と声をかける。
それはまぎれもなく、患者さんのつらさを和らげる行為。つまり、緩和ケアそのものです。
そして、そうやって日々小さな心配りを積み重ねているみなさんこそが、患者さんにとっての「優しい看護師」です。
看護の仕事は、劇的な場面ばかりではありません。むしろ、目の前の一人ひとりへの、小さな心配りの積み重ねでできています。
その積み重ねが、緩和ケアの本質であり、看護の本質だと、私は信じています。
この連載を読んでくださったすべての看護師のみなさんへ。
みなさんの手は、すでに誰かのつらさを和らげています。
どうか、その手に誇りを持ってください。
そして、時には自分自身にも、その優しい手を差し伸べてあげてください。
長い間、お読みいただきありがとうございました。
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永寿総合病院 がん診療支援・緩和ケアセンター長廣橋 猛
2005年東海大学医学部卒。三井記念病院内科などで研修後、09年緩和ケア医を志し、亀田総合病院疼痛・緩和ケア科、三井記念病院緩和ケア科に勤務。14年2月から現職。また、病院勤務と並行して、医療法人社団博腎会野中医院にて訪問診療を行う二刀流の緩和ケア医。日本緩和医療学会では理事として、緩和ケアの広報、普及啓発、専門医教育などの活動を行っている。「がんばらないで生きる がんになった緩和ケア医が伝える「40歳からの健康の考え方」(KADOKAWA)」など著書複数。
編集:北井寛人(看護roo!編集部)
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