高齢者ケアに特効薬はない。看護の原点に立ち返り、ひとりひとりに向き合う|老人看護専門看護師

高齢者ケアに特効薬はない。看護の原点に立ち返り、ひとりひとりに向き合う|老人看護専門看護師

 

Profile

老人看護専門看護師

原田 かおる(はらだ・かおる)さん

学校法人大阪医科薬科大学  看護キャリアサポートセンター 講師

▼2012年度 大阪府立大学大学院 看護学研究科 博士前期課程(CNSコース) 修了

▼2013年度~ 老人看護専門看護師

 

大阪医科薬科大学 看護キャリアサポートセンターで、地域の看護職の生涯学習およびキャリア形成の支援に携わっている原田かおるさん。「看護師が看護の原点に立ち返り、看護の楽しさを感じることができるように関わっていきたい」と後進の育成に力を注いでいます。


病院で退院支援を7年続けたのちに老人看護の専門看護師の道を志した原田さん。資格取得を決意した背景には「実は高齢者のことをよく分かっていないかもしれない」という不安があったそうです。

 

 

実は高齢者のことを分かっていないのでは…

そもそも原田さんが退院支援の仕事に携わったのは、ご自身の病気がきっかけでした。

 

子どもの頃からの憧れを叶えるべく、高校の衛生看護科に進み、看護師への道を突き進んできた原田さん。「実は高校入学の時は、他の学校からバレーボール選手として推薦入学のお誘いもあったんです。でも、どうしても看護師になりたくて」と当時を懐かしそうに振り返ります。

 

20歳で看護師になって以降、一貫して急性期病棟で勤務。多忙ながらも充実した毎日を過ごしていました。

 

「でも15年目の頃に大きな病気をして、それ以来夜勤ができなくなったんです」

 

もう看護師を続けられないのでは、と一度は眼の前がまっくらになったそう。でも、そんな時…

老人看護専門看護師の原田さん。現在は看護キャリアサポートセンターで講師をつとめる一方で、週1回は臨床現場に出て看護師と高齢者の関わりをサポートしている

 

「ちょうどその頃に退院支援の波が来たんですよ」


2000年代半ばから始まった医療制度改革で退院支援が重視されるようになり、原田さんはこのミッションに邁進することになります。

 

「高齢者の方々の相談にのり、退院後にどう暮らしたいか、そのためにどうすれば良いかを一緒に考える仕事は、病棟とはまた違ったやりがいがありました」

 

一方で、やりがいや介在価値を感じるほどに「実は高齢者のことをよく分かっていないんじゃないか」という不安が高まっていったそう。

 

というのも、当時は高齢化の加速に伴い、高齢者看護のあり方も急に多様化し始めた時代。「その多様さに対応できるだけの引き出しが自分にはなくて。患者さんもスタッフも苦しんでいました」

 

退院支援を続けて7年、原田さんは看護師長としてスタッフを率いる立場でもありました。


「でも、やっぱり高齢者を本当に理解しているのか自信がもてなくて。こんな不安を抱えたままでは看護師を続けられない、と悩んだ末に大学院への進学を決めました」
 

 

高齢者ケアは対象理解が8割

大学院での学びは原田さんにとって刺激的な毎日でした。

 

「あの時のケアはこういうことだったのか」「私の思考はこういう理論で裏付けできるな」と、次第に実践と理論が結びつき、頭の中が整理されていったと振り返ります。

 

教授から繰り返し言われたのは「高齢者看護は対象理解が8割」という言葉。
 

「つまり、当たり前ですがしっかり観察してアセスメントすること、高齢者ご本人にお話をうかがうことがすごく大切なんです」と原田さん。


例えば転倒してしまった患者さん高齢者に対して。以前なら「動かないでほしい」「じっとしていてほしい」と、いかに動かないでいてもらうかばかりを考えていました。


でも見方を変えると、転倒したということは一歩踏み出そうとされていたということ


「どうして?何をしたかったの?」
「TVのリモコンを取りたかったのかな?TVが好きなのかな?どんな番組が好きなのかな?」
「TVのリモコンを手に取りやすい場所にすれば、自分でできるかも」
「どんな番組が好きか看護師が関心を持てばコミュニケーションのきっかけになるかも…」
こうしてケアの幅がどんどん広がっていきました。

 

 

「どんなに忙しい中でも、丁寧に観察して話を聞いて、高齢者の機能に合わせてケアを組み立て直せば、できることは広がります。


忙しい中でそこまでできない…という声も聞こえてきそうですが、最初に時間をかけて実践すれば、その後のケアがスムーズになります。トータルで見るとケアの時間を短縮できて、患者さんはもちろんケアする看護師にとっても良いことなんです

 

高齢者ケアに特効薬はない

こうした学び・気づきを得て看護現場に戻り、病棟看護師の教育担当として専門看護師の道を歩み始めた原田さん。思い出深いのは、急性期病棟に入院していた90代の女性(Aさん)のケアです。


きっかけは「看護師が暴力をふるわれている。どうやってケアすれば…」と病棟から相談が寄せられたことです。

 

聞くと、Aさんはケアのたびに看護師の腕を強くつかんでを立て、引っ張ってしまうそう。難聴が進行しているうえに言葉によるコミュニケーションが難しく、スタッフは疲弊していました。

 

「実際、私もご挨拶に伺ったときにAさんにすごい力で名札を引きちぎられてしまって…」

 

でも、あるスタッフがAさんに引っ張られるがままに身体を寄せる関わりを見て、ふと気づいたことがあります。

 

ある程度の距離にまで近づくとAさんの力が緩むのです。

 

そのスタッフに話を聞き、しばらく観察したうえで原田さんが提案したのは、Aさんにぎゅっとつかまれたときには無理に外そうとせず、逆に身体を寄せてみること、そして、ケアをするときは長袖で厚手のジャージを着てケアにあたるという方法。

 

聴力・視力・コミュニケーション力・平衡感覚が低下して衰えているAさんにとって、通常の距離から声をかけてケアをしても、急に誰かから触れられたように感じて怖いのではないか?と考えたからです。


「至近距離にさえ近づけばAさんも安心してくださる様子が見て取れたので。だったら無理に今の行動をやめさせるよりも、Aさんの爪を切り、スタッフはジャージを着て体を保護することで、スタッフの安全を守りつつ今のケアを続けようと。

 

もっと特効薬のようなものを期待していたであろうスタッフからすると、拍子抜けしたかもしれません。実際、師長も少し不満顔のように見えました。


でもその後、Aさんが穏やかに体を休めてくださる時間が増えたんですよ」と頬を緩める原田さん。

 

その後、スタッフもAさんの発声から、今何をしてほしいのかを聞き分けられるようになりました。


「あの声は喉が乾いてるんだ、あっ今は横を向きたいんだなって。まさにAさんに寄り添った看護を実践できていて、見ていて頼もしかったです」
 

いずれ誰もが高齢者に。皆が人間らしく暮らせる社会を目指して

 

その後、地域連携部門で多職種連携、入退院支援システム構築さらには訪問看護ステーションの管理者と活躍の場を広げてきた原田さん。2023年からは、今の職場に身を移し、研修の企画・運営を通じて看護師の生涯学習支援に携わっています。


研修では、高齢者ケアについて、理論や具体的な事例を共有するとともに 「今回はこの排泄ケアをやってきてね」など宿題を持ち帰ってもらい、その結果を次の機会に皆で共有し、議論を深めています。

 

『原田さん、こんなことがあったんですよ』
『わぁ。その時、患者さんはどんな表情だったの?それを見てあなたはどう感じた?』

 

こんな研修生とのやりとりを原田さんは何よりも楽しみにしているそう。


原田さんいわく、高齢者看護の一番の魅力は看護の基本に戻れること

 

「看護の基本って、患者さんとのコミュニケーションですよね。まずは声をかけて患者さんの承諾を得てからケアにあたるという基本中の基本が、とても大切だと思います。

 

でも高齢者の場合、この基本のコミュニケーションが成り立ちにくいから悩ましいですよね。

 

患者さんの反応が乏しいから、どう感じているかが分からない。分からないから仕方なく自分たちのペースで関わってみる。その結果、患者さんから強く手を払いのけられてしまったり。それで心を痛めることも少なくありません。

 

でもよくよく観察するとちょっとした言動・表情から患者さんの考えが伝わってきます。たぶんこうなんじゃないか、ああなんじゃないかと推測して関わった結果、患者さんのおだやかな表情に出会える喜びはかけがいのないものです。

 

そんな一瞬が私にとって看護のやりがいで、それをより多くのナースたちに伝えていきたいと思っています」
 



そんな原田さんが今、注力しているのが老人看護専門看護師の仲間とともに行っている「ELNEC-J高齢者コアカリキュラム」の指導者としての活動。高齢者のエンド・オブ・ライフ・ケアの質の向上に向けて作られたプログラムです。

 

「私も含めていずれ誰もが高齢者になります。年を重ねるに連れて徐々にできないことが増えても、皆が人間らしく暮らせるような社会になったらいいですよね

そのためにも看護師の皆さんと一緒にできることを探しながら、がんばっていきたいです」

 

高齢者患者とそのケアにあたる看護師の両方に笑顔が生まれるために、これからも原田さんの歩みは続きます。
 

看護roo!編集部 水村葉菜子

 

(参考)

ELNEC-J高齢者コアカリキュラム (日本老年看護学会)

 

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