酸素を使わず、呼吸する?|呼吸する(1)

解剖生理が苦手なナースのための解説書『解剖生理をおもしろく学ぶ』より
今回は、呼吸器系についてのお話の1回目です。

 

[前回の内容]

いざ、毛細血管の中へ|流れる・運ぶ(5)

 

解剖生理学の面白さを知るため、身体を冒険中のナスカ。血液に含まれる酸素と栄養素がどうやって細胞まで届けられるのか、毛細血管の役割について知りました。

 

今回は、呼吸の世界を探検することに……。

 

増田敦子
了徳寺大学医学教育センター教授

 

酸素を使わず、呼吸する?

地球上に現存する生物のほとんどは、酸素を使って栄養素からエネルギーを取り出しています。私たち人間も、例外ではありません。

 

ところが、人類が現れるずっと前、原始地球においては、酸素を使ってエネルギーを取り出す方法はまだ、編み出されていませんでした。地球上にはもともと酸素はありませんでしたし、あったとしても、その頃の生物にとって、酸素は毒(酸化)でしかなかったからです。

 

その当時、生物たちはすでに、酸素を使わずにエネルギーを取り出す方法を獲得していました。後に「解糖系」とよばれる方法(嫌気呼吸ともよばれます)です(図1)。文字どおり、糖を分解していくことで、エネルギーの源となるATPを取り出します。

 

図1解糖系

解糖系

 

解糖系はグルコースを分解してエネルギーを作り出す最初の反応である。グルコースはほとんどの生物にとって最も主要なエネルギー源となる物質である。食事として摂取された糖質の大部分は、一度グルコースに変化し、体内で利用される

 

解糖系のスタートはグルコースです。解糖系では、グルコースの分子をまずは半分に分解し、水素分子を取り外します。これを脱水素といい、この過程で2つのATPを使用します。

 

水素を取り外しながら分解を繰り返し、最終的にピルビン酸にまで分解できたところで、4つのATPを取り出すことができます。

 

この過程を見てもわかるように、解糖系は大変、効率の悪いエネルギーの抽出方法でした。なにせ、グルコース1分子を分解して得られるATPはたったの4分子。しかも、最初にATPを2分子消費しなければならないため、差し引き2分子のATPしか得られないのです。

 

これでは、細菌などのごくごく小さな身体しか動かすことができず、陸上を自由に動きまわるなんて、夢のまた夢でした。

 

解糖系の仕組み

 

生物はまず、酸素を使わずにエネルギーを取り出していたわけですね

 

そうなの。いまでも嫌気性細菌はこの方法でエネルギーを取り出しているし、私たちの身体にある筋肉細胞も、解糖系を使うことがあるのよ

 

えっ、筋肉がですか

 

100mや200mのような短距離走では、ほとんど息を止めて走っています。そこで使われるエネルギーはおもに解糖系で取り出しているの

 

そうか、いわゆる無酸素運動ってことですね

 

ただし、解糖系には大きな欠点があって、酸素を必要としないので瞬間の動きには対応しやすいけど、長時間は無理なの

 

なるほど。解糖系だけじゃ、マラソンは無理なわけだ

 

生物が進化するためにはどうしても、もっと効率よくエネルギーを抽出する方法が必要でした。その新しい方法とは、いったいなんだったのでしょうか。

 

酸素を使った呼吸の物語は、ここから始まります。

 

ミトコンドリアの登場がすべてを変えた

呼吸というと、どんなイメージがある?

 

えっーと、息を吸って吐く……

 

そうね。でも、厳密にいうとそれは換気とよぶもの。実際には肺胞と血液内の酸素と二酸化炭素のガス交換なの。これを生理学では外呼吸とよびます。では、私たちが呼吸する本当の目的は? それは、酸素を使ってより多くのエネルギーを取り出すことにあるの

 

エネルギーのために、呼吸しているんですか

 

そうなの。生命活動を維持するためにはエネルギーが必要でしょう。細胞は食物中の栄養素を燃焼させて、ATPを産生します。このときに必要な酸素を血液中から取り入れ、二酸化炭素を排出するの。この血液と細胞との間のガス交換を内呼吸といいます。

 

内呼吸っていったい、どこでするんですか

 

細胞の中にあるミトコンドリアよ(参照:細胞ってなんだ(4)細胞には発電所とゴミ処分場まである?

 

細胞内にあるエネルギーの発電所、ミトコンドリアが呼吸に関係があるなんて想像できない? でも、事実なんです。

 

地球上において、このミトコンドリアの登場は、まるで世界をひっくり返してしまうくらい、画期的なことでした。ミトコンドリアが始めたのは、それまで「毒」として嫌われていた酸素をうまく利用すること。酸素を取り込み、それを使ってエネルギーを取り出し、その結果できた二酸化炭素を細胞の外へと排出すること、だったのです。

 

これが、私たちにとって身近な呼吸の始まりです。いつ頃、どうしてかはわかりませんが、多くの生物は体内にミトコンドリアを宿すことに成功しました。おそらく、お互いにとって都合がよかったのでしょう。私たちの体内にある60兆個の細胞(赤血球を除く)のすべてにミトコンドリアが存在しています。

 

私たちが、空気を吸ったり吐いたりしているのも、突き詰めれば、このミトコンドリアへ酸素を届けるため。そう考えると、取り込んだほうの人間が賢いのか、取り込まれたミトコンドリアが賢いのか、怪しくなってきます。

 

酸素を使ったエネルギーの抽出方法はTCA回路といいます。解糖系でできたピルビン酸を化学変化させ、ATPと水、二酸化炭素を作り出します

 

高校ではたしか、クエン酸回路って習いました

 

そう、それよ。この一連の化学変化に回路の名がついているのは、クエン酸からオキサロ酢酸まで6段階に変化し、最終的には再びクエン酸へと戻っていくから。この回路をひとまわりする間、1分子のピルビン酸からなんと、15個ものATPを取り出すことができます

 

なるほど、解糖系よりずっと効率がいいんですね

 

図2TCA回路

TCA回路

 

ピルビン酸はアセチルCoAとなり、オキサロ酢酸と結合してTCA回路に入る。TCA回路に入ったアセチルCoAは最終的にはCO2と8分子のHに分解される。TCA回路自体が作り出したH分子は電子伝達系でO2と結合し、ATPと水(H2O)が産生される

 

[次回]

呼吸系の器官のしくみ|呼吸する(2)

 

 


本記事は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。

 

[出典] 『解剖生理をおもしろく学ぶ 』 (編著)増田敦子/2015年1月刊行/ サイオ出版

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