薬物中毒の対応が好きになる魔法の言葉、それは…
今回は、薬物中毒で救急搬送されてきた場合の初期診療について話してみます。
「中毒は苦手だな」というお気持ちはお察しします。
僕もかつてはそうでした。
専攻医のころは日本中毒学会のことを、正直マニアックで近寄りがたい集団だなんて思っていたのですが、今では学会評議員にもなり、この業界にどっぷり浸かってしまっております。
先日は、中毒学会の学術集会に参加し、発表してきました。
中毒はきちんと学べば大変興味深く、治療に反応してくれることも多くやりがいがありますし、社会的問題の解決につながるかもしれない重要な分野です。
そして、皆さんが日々扱っている薬剤でも中毒になってしまうかもしれない、身近なものでもあります。
薬物中毒の対応が苦にならなくなる魔法の言葉を授けますので、ちょっとだけお付き合い下さい。
中毒は搬送困難事由の上位に君臨!
実は、中毒関連の救急搬送は搬送困難に陥りやすいんです。
標準的な対応がわからない、患者さんが精神疾患を合併している可能性が高く管理しきれない、といった理由から、敬遠されてしまうのです。
現場からは、大谷翔平ほどの脅威とみなされているのでしょう。
というわけで、中毒患者は搬送困難事由の上位に君臨しています。
皆さんの中にも苦手意識を抱いて消極的になっている人が多いのではないでしょうか。
そこで、「夜間休日救急搬送医学管理料」に「精神科疾患患者等受入加算」が導入されました。
夜間や休日に救急搬送の対応をし、その患者さんが精神疾患を持っていたり、中毒事案(アルコール中毒を除く)だったりした時には、診療報酬に1,000点の算定が可能になるというものです。
で、「この加算は二次救急病院で積極的に中毒症例を受けるだけの素晴らしい追い風になるか」ということをテーマに先日の学会で発表してきました。
結論を言うと、ちょっと追い風にはならないだろうなというところです。
初日のみの加算なので、入院診療をしたとしたら、誤差と言えるくらいの金額になります。
残念ながら、中毒患者さんの対応を積極的にするかどうかというのは、現場の皆さんの心意気にかかっているというのが実態です。
「この対応で本当に良いのか?」という不安
中毒というのは、「化学物質や自然界に存在する物質の毒性によって生じた生体の有害反応」のことを指します1)。
最近、激辛ポテトチップスを食べた高校生集団が救急搬送されたとニュースになっておりました。
これもカプサイシンによる中毒と捉えることができます。
ほなどうやって治療しましょうかとなるんですが、決まった治療法はないのです。
対症療法になることが多いので、現場に「この対応で本当に良いのか?」という疑問が湧いて、それが消極的な空気が流れる要因になっているのではないでしょうか。
自信を持って対応できれば、他の疾病や傷害と同じくそんなに困らないはずなのですが、外傷初期看護セミナー(JNTEC)みたいな初期看護を学ぶ教育コースが中毒にはありませんので、学ぶ機会に恵まれないのも問題です。
というわけで、今回は1冊の本を紹介します。
昨年、15年ぶりの改訂が行われた『新版 急性中毒標準診療ガイド2)』(以下、『急性中毒標準診療ガイド』)です。
日本中毒学会が編集していて、最新の知見、エビデンスを踏まえ、日々の診療・対応に役立つ仕様になっています。
特に初期診療の流れが明確になっており、救急外来には1冊置いとくべきバイブルです。
僕の文章を読んでいる時間があったら『急性中毒標準診療ガイド』を読んでほしいくらいです(後で看護roo!に怒られる)。
『急性中毒標準診療ガイド2)』を参考にすると、中毒診療の流れは次のようになります。
- 1安全確保(避難、個人防護具、除染)
- 2primary survey(ABCDE)
- 3secondary survey(トキシドローム)
- 4吸収阻害(除染)
- 5排泄促進(血液浄化、尿のアルカリ化)
- 6解毒・拮抗薬
- 7再発防止
「詳しく知りたいぞ」と思った人は個別に連絡ください。
みっちり酒飲みながら講習会を開きます(急性アルコール中毒にならない程度に)。
冗談は置いといて、是非ともこの『急性中毒標準診療ガイド』を買うか、病院にお願いして救急外来においてもらうのも一つです。
ていうか、この本がない救急外来は聖書を置いていない教会みたいなものです。
というわけで、薬物中毒の対応が苦にならなくなる魔法の言葉を授けます。
「急性中毒標準診療ガイドを買ってください!(施設の管理者にお願いしてください)」
やることが決まっていると少し安心感が得られますから、これが中毒診療・対応への第一歩です。
病を憎んで人を憎まず
すでに急性中毒標準診療ガイドを熟読されている方もいらっしゃるかもしれませんが、多くの方が初めて聞いたという状況でしょう。
そこで今回は中毒診療の流れのうち、おそらく最も看護師さんに関わるであろう「⑦再発防止」について少し触れます。
冒頭でお話したように、中毒患者さんは精神科疾患を合併していることが多く、何度も繰り返し搬送されたりして、皆さんのやる気を削いでいることと思われます。
でもこれだけは言っておきます。
自傷行為を繰り返しているとしたら、それは医療従事者のせいです。
薬物中毒では、まず命を救わねばなりませんが、身体的問題が落ち着いたら、必要に応じて精神科介入を検討して下さい。
普段のせん妄管理と同じように、少し興奮しているなら鎮静するなりして、まずは薬物の影響が落ち着くのを待ち、院内の精神科医に相談するか、精神科医がいなければ転院を考慮したり、家族付き添いのもと精神科受診を検討するのです。
これをせずして、放置して何度も繰り返すことを嘆いていてはなりません。
中毒診療に限らず、外傷診療でも必要に応じて精神科介入につなげますよね?
「病を憎んで人を憎まず」。
きちんと治療に結びつけましょう。
というわけで、やり方が標準化されていないようで、実はある程度標準化されているのが中毒診療です。
この機会に、ぜひ苦手意識を克服していただき、一緒に中毒診療にどっぷり浸かっていただける仲間が増えることを願っています。
それでは最後に、皆さんの上司や施設管理者に響きますよう祈念して、魔法の言葉を唱えましょう。ご唱和ください。
「急性中毒標準診療ガイドを買ってください!」
参考文献
- 1)中毒.救急医学会.(2024年9月閲覧)
- 2)日本中毒学会学術委員会編.日本中毒学会監.新版 急性中毒標準診療ガイド.へるす出版,2023,376p.
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薬師寺慈恵病院院長薬師寺泰匡
富山大学卒。初期臨床研修中に日本の救急医療の課題や限界に触れつつ、救急医療の面白さに目覚め、福岡徳洲会病院ERで年間1万件を超える救急車の対応に勤しむ。2013年から岸和田徳洲会病院の救命救急センターで集中治療にも触れ、2020年から薬師寺慈恵病院に職場を移し、2021年1月からは院長として地方二次救急病院の発展を目指している。週1回岡山大学の高度救命救急センターに出入りして、身も心もどっぷり救急に浸かっている。呼ばれればどこにでも現れるフットワークの軽さが武器。呼んで。
看護roo!編集部
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