細胞どうしを結ぶ神経ネットワーク|調節する(1)

解剖生理が苦手なナースのための解説書『解剖生理をおもしろく学ぶ』より
今回は、神経伝達物質・ホルモンについてのお話の1回目です。

 

[前回の内容]

アシドーシスとアルカローシス|捨てる(3)

 

解剖生理学の面白さを知るため、身体を冒険中のナスカ。細胞活動で生じたゴミの処理がうまくいかない場合、体内で起こっているアシドーシスとアルカローシスの状態について知りました。

 

今回は、細胞どうしを結ぶ神経ネットワークの世界を探検することに……。

 

増田敦子
了徳寺大学医学教育センター教授

 

***

 

私たちの身体には、大きな細胞もあれば、小さな細胞もあります。また、運ぶことが得意な細胞もあれば、壊すことが得意な細胞も、つくることが得意な細胞もあります。

 

しかし、すべてをたった1つでこなせる万能細胞などありません。一つひとつがどんなに優秀でも、バラバラに動いていては「生きる」という大きな目的を達成することはできないようにできています。

 

人は、他者とコミュニケーションすることによって互いに協力し合っています。直接会って会話することもあれば、電話や手紙、eメールなどを使うこともあるでしょう。いずれにせよ、意思の伝達を可能にしているのは、言葉の存在です。言葉がなくては、私たちは互いに理解し合うことはできず、社会がこれほどまでに発展することはありませんでした。

 

私たちの身体を構成している細胞どうしも、実は「言葉」に似たコミュニケーション手段をもっています。細胞にとっての言葉とは、それはある微量の化学物質です。それはときに、神経伝達物質とよばれたり、ホルモンとよばれたりします。

 

神経伝達物質を使うのは神経系、ホルモンを使うのは内分泌系です。人間が「話し言葉」と「書き言葉」をもつように、2つはそれぞれ長所と短所があり、補い合って機能しています。

 

ここでは、神経系と内分泌系を中心に、細胞と細胞がどのようにコミュニケーションをして調和を保っているか、というお話をします。

 

細胞が言葉をもっていたなんて、驚きです

 

言葉といっても、人間が使う言葉とは違うのよ。細胞はある種の化学物質を放出したり、受け取ったりしながら、自分が今、何をすべきかを感じとっているの

 

わかるようでわからないのが、細胞にとって連携することにどんな意味があるんだろうってことです。『協力し合わなければ生きていけない』といわれても、建て前ではわかるけど……、本音では自由に生きていきたいはず。細胞が自分を押し殺してまで、全体のために働く理由ってなんなんでしょう

 

細胞は決して、自分を押し殺しているわけじゃないんだと思うの。調和することは、全体のためでもありながら、個々の細胞のためでもあるのよ

 

調和するのは細胞自身のため? それって、どういうことですか

 

生命活動の基本──ホメオスタシス

身体を構成する約60兆個の細胞はすべて、大きな1つの原則に従って動いています。その原則とは、恒常性を維持する、ということです。恒常性の維持とは、細胞自身が心地よく暮らすために、その生活環境(体液の浸透圧、pH、電解質の組成、酸素や二酸化炭素といったガス組成、栄養素の組成、温度など)を一定に保ち続ける、という意味です。

 

これは、私たちが快適に暮らすために部屋を掃除したり、エアコンを使って気温を調節したりするのに似ているかも知れません。人間にとって、最も身近な環境とは部屋の中ですね。細胞にとって、その部屋に相当するのは、自分たちを取り囲む細胞外液です。

 

フランスの生理学者クロード・ベルナール(Claude Bernard、1813~1878)は1865年、細胞外液を生体の内部環境と位置づけ、「内部環境が一定に保たれることが生命維持にとても重要である」ことを指摘しました(図1)。

 

図1内部環境と外部環境

 

内部環境と外部環境

 

1932年、アメリカの生理学者ウォルター・B・キャノン(Walter B. Cannon、1871~1945)はベルナールの考え方をさらに発展させて、「内部環境はそれほど一定なものではなく、むしろ、ある範囲内で変動する」と発表しました。そして、生体が内部環境をある範囲内で維持する仕組みをホメオスタシス生体の恒常性)と名づけたのです(図2)。

 

図2ホメオスタシスの概念図

 

ホメオスタシスの概念図

 

ホメオスタシスとは、「同一の」を意味するホメオ(homeo)と、「状態」を意味するスタシス(stasis)という、2つのギリシャ語を組み合わせた造語です。これによって、生体内の組成や物理的状態は細かな変動はあってもほぼ一定に保たれていること、そして、そのために細胞どうしがさまざまな調節機能を備えていることなどが、広く認識されるようになりました。

 

細胞は、内部環境が乱れると本来の機能を発揮できません。ナスカさんだって、部屋がきたなかったら居心地が悪いだろうし、街がゴミだらけだったら、イヤでしょう?

 

それは、そうですけど……

 

だから、細胞どうしが協力し合うのは、みんなのためでもあるけれど、自分のためでもあるの。人間だって本当は、好きなだけエネルギーを消費して快適に過ごしたり、好きなものを好きなだけ食べたりしたいけれど、そればっかりだと、環境が破壊されてエネルギーも枯渇してしまうでしょう。だからみんな、ちょっとずつ我慢して、地球環境を守りましょうといっているじゃない? 細胞が内部環境を維持しようとするのは、それと同じようなことかもしれないわね

 

受容器と効果器を結ぶ神経ネットワーク(図3

私たちの身体は、常に外部環境の変化にさらされています。気候や気温の変化はもちろん、食べ物が入って来ることさえ、環境変化の1つです。そうした変化があまりに大きいと、生体はそれに対応しきれず、さまざまな部分に異常をきたします。

 

体内の環境を一定に保つには、変化をキャッチする仕組みと、それに対応して反応する仕組みが必要です。前者を受容器、後者を効果器とよび、受容器と効果器をつなぐ通信ネットワークが、神経系の役目です。

 

図3受容器と効果器の神経ネットワーク

 

受容器と効果器の神経ネットワーク

 

神経系は、その分布や役割に応じて分類されます。受容器が受け取った刺激を情報処理し、どのような対応をしたらよいのかを判断したうえで、指令を出すのが、脊髄などの中枢神経です。これに対し、中枢に情報を送ったり、中枢の下した指令を効果器に送ったりする神経ネットワークは、末梢神経です。

 

この末梢神経は、情報が流れる方向に着目し、中枢に情報を入れる(入力)経路を求心性神経、中枢の指令を効果器に送る(出力)経路を遠心性神経に分けられます。

 

また、情報を受け取る効果器の違いによって、体性神経自律神経とに分けられます。体性神経は運動神経ともよばれ、骨格筋の運動に関連しています。一方、自律神経はその名のとおり、生体の意思にかかわらず自律して働く神経で、おもに内臓の平滑筋を動かしています。

 

受容器の側からみると、体性神経はおもに外部の刺激に反応する神経で、自律神経はおもに内部の刺激に反応する神経と考えることができます。

 

自律神経には、背骨(脊椎)から均等に出ている交感神経と、首(頚椎)・仙骨から出ている副交感神経の2種類があります

 

どうして、2つもあるんだろう?

 

それは、この2つが全く正反対の作用をもっているから。交感神経は闘うための神経、副交感神経は、休むための神経なんて、いわれています

 

交感神経と副交感神経(図4表1

自律神経は、おもに内臓の働きを調節しています。交感神経が優位になると、心臓がドキドキしたり、血管が収縮して血圧が上がり、消化管の働きを抑えて体を活動的な状態に整えます。

 

反対に副交感神経が優位になると、心臓の拍動が緩やかになって、血管も拡張して血流がよくなり、消化管の働きを活発にします。

 

したがって、消化を助けるには、副交感神経が優位の状態になっていたほうがよい、ということになります。

 

図4交感神経(右)と副交感神経(左)

 

交感神経(右)と副交感神経(左)

 

表1自律神経系のおもな機能

 

自律神経系のおもな機能

 

交感神経と副交感神経はいつも、どちらか一方ではなく、同時に、しかもシーソーのように拮抗(きっこう)しあって働いています

 

どういうことですか?

 

どちらか一方のスイッチが入っているのではなく、常に両方ともスイッチは入りっぱなし。状況によって、それぞれのボリュームが上がったり下がったりすると考えればいいの。ちなみに、片方のボリュームが上がることを、「優位になる」というわよ

 

[次回]

インパルスは神経系の共通言語|調節する(2)

 

 


本記事は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。

 

[出典] 『解剖生理をおもしろく学ぶ 』 (編著)増田敦子/2015年1月刊行/ サイオ出版

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