いまさら聞けない副交感神経系の仕組みと有機リン中毒|けいゆう先生の医療ドラマ解説【12】

タイトル:外科医・武矢けいゆう先生の医療ドラマ解説_学習はドラマのあとで

執筆:山本健人

(ペンネーム:外科医けいゆう)

 

医療ドラマを題材に、看護師向けに医学的知識を紹介するこのコーナー

今回も、BSテレ東で2019年1月12日から放送され、4月14日からテレ東で再放送している「神酒クリニックで乾杯を」を取り上げます。

(以下、ネタバレもありますのでご注意ください)

 

けいゆう先生の医療ドラマ解説

Vol.12 いまさら聞けない副交感神経系の仕組みと有機リン中毒

 

このドラマは、優秀な医師らが医学的知識を利用しながら、周囲で起こるさまざまな事件の謎に迫る、という“メディカル・ミステリー”です。

舞台となる「神酒クリニック」では、腕は一流でありながら一風変わった医師が、世間に知られることなくVIPの治療を行っています。

 

第8話では、「有機リン中毒」という、医学的に非常に重要な知識が問われるシーンが登場しました。

 

この病態に対し、主人公の九十九(三浦貴大)ら神酒クリニックの医療スタッフは、どのように対処したのでしょうか?

看護師としてその場に居合わせたつもりで、簡単に知識を確認してみましょう。

 

 

副交感神経系の仕組み

末期の膵臓がんを患う小笠原(森本レオ)は、神酒(安藤政信)が特別懇意にしている、建設業界トップのワンマン社長。

彼は、行方不明になっている愛人の息子のことを心配し、神酒らに隠し子探しを依頼します。

 

しかし、小笠原の遺産相続を待つ三人の娘たちにとって、息子が現れるのは厄介なこと。

娘たちで結託し、小笠原の遺書を捏造、殺害計画を立ててしまいます。

 

そんな中、小笠原が食後に泡を吹いて卒倒。

駆けつけた九十九らは、これが有機リン中毒の症状であると見抜き、アトロピン投与で対処しました。

 

臨床現場では、有機リン化合物(農薬、殺虫剤などに含まれる)の中毒に出会う機会は少ないでしょう。

しかし「この薬物によって体にどんな変化が起こるのか」という知識は、副交感神経の働きを知っておく意味では、極めて大切です。

 

副交感神経は、第10回の記事で書いた交感神経と対をなす自律神経です。

脊髄から出て内臓や血管に分布し、生命維持にかかわる呼吸、循環、消化、吸収、代謝などを調節しています(図1)。

 

図1

交感神経と副交感神経が臓器に及ぼす働きを臓器ごとにまとめた図表。

自律神経はどのように働くの?|自律神経の働きを基に編集部作成)

 

各臓器には、副交感神経系から指令を受け取る受容体があり、神経伝達物質がこの受容体に結合することによって脳からの指令が伝わります。

 

この神経伝達物質の名前を「アセチルコリン」と呼びます。

また、各臓器にある受容体(アセチルコリン受容体)は特に、「ムスカリン受容体」と呼ばれています(図2)。

(アセチルコリンは、交感神経や運動神経の神経伝達物質としても機能しています)

 

図2

アセチルコリンがムスカリン受容体に結合するところを説明する図。

参考文献を基に編集部作成)

 

この指令は、アセチルコリンがムスカリン受容体に結合することによって、各臓器が脳からの指令によってコントロールされるわけですね。

 

そしてこの臓器のコントロールは、図1の通り交感神経と対になって働いています。

 

 

有機リン化合物の働きと中毒症状

さて、今回登場した有機リン化合物は、「アセチルコリンエステラーゼ阻害薬」としての活性を持っています。

少し難しそうな言葉が出てきましたが、その作用は全く難しくありません。

 

アセチルコリンエステラーゼとは、先ほど登場した神経伝達物質、アセチルコリンを分解する酵素です。

アセチルコリンは、各臓器に指令を伝達し終えると、速やかに分解され、その役目を終えなければなりません。

 

ところが、有機リン化合物は、アセチルコリンエステラーゼを阻害し、「アセチルコリンが分解されない状況」を作り出します。

シナプス内にアセチルコリンが過剰に蓄積し、「臓器に常に刺激が届き続ける状態」になってしまうのです。

 

今回の小笠原の症状を思い出してみましょう。

彼は、瞳孔が収縮し、口から唾液を垂らして倒れていました。

図1を見れば分かるように、瞳孔と唾液線への副交感神経への刺激が過剰になりすぎたために起こった、典型的な症状ですね。

 

では、この症状を止めるためには、どんな治療が必要でしょうか?

過剰になったアセチルコリンの働きを阻害すればいいわけですね。

 

この時に使用するのがアトロピン、つまり抗コリン薬です。

アトロピンは、ムスカリン受容体を(競合的に)阻害することで、副交感神経の作用を抑制することができます。

九十九らは、小笠原の症状を見て有機リン中毒を疑い、即座にアトロピンを注射したのです(結果的にはこれは演技だったことが分かるのですが)。

 

副交感神経の作用を抑制する抗コリン薬は、他にも複数あります。

 

たとえば、臨床現場でよく使うブチルスコポラミン(ブスコパン®️)はいい例です。

図1の通り、副交感神経は腸管の蠕動を促進する方向に働くため、この過剰な蠕動を抑えたいときに、抗コリン薬であるブチルスコポラミンを使うわけです。

 

最後に余談ですが、有機リン中毒では、解毒剤であるPAM(パム)も使用されます。

1995年の地下鉄サリン事件の際には、治療に当たった病院に全国各地からPAMが集められた話は有名ですね。(※サリンも有機リン化合物です)

 

ナースの学習ポイント

・副交感神経の働きに重要な、アセチルコリンとムスカリン受容体の関係を覚えておこう。

 

・抗コリン薬の副交感神経系に対する作用の仕組みを覚えておこう。

 

 

(参考文献)

The matrix protein Hikaru genki localizes to cholinergic synaptic clefts and regulates postsynaptic organization in the Drosophilabrain. J. Neurosci. 34, 13872-13877 (2014).

 


山本健人 やまもと・たけひと

(ペンネーム:外科医けいゆう)

医師。専門は消化器外科。平成22年京都大学医学部卒業後、複数の市中病院勤務を経て、現在京都大学大学院医学研究科博士課程。個人で執筆、運営する医療情報ブログ「外科医の視点」で役立つ医療情報を日々発信中。資格は外科専門医、消化器外科専門医、消化器病専門医、がん治療認定医 など。

「外科医けいゆう」のペンネームで、TwitterInstagramFacebookを通して様々な活動を行い、読者から寄せられる疑問に日々答えている。

 

図表作成/渡部伸子(rocketdesign)

編集/坂本綾子(看護roo!編集部)

 

●今回のドラマ神酒クリニックで乾杯を」(BSテレ東、テレビ東京)

©テレビ東京

◯原作:知念実希人(医師・作家)

◯主演:三浦貴大、安藤政信

◯キャスト:山下美月(乃木坂46)、松本まりか、栁俊太郎、板垣李光人、臼田あさ美、竹中直人、他

 

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