グッド・ドクターのVPシャント術と腹腔内の癒着|けいゆう先生の医療ドラマ解説【1】

外科医・武矢けいゆう先生の医療ドラマ解説_学習はドラマのあとで

執筆:山本健人

(ペンネーム:外科医けいゆう)

 

このコーナーでは、医療ドラマというなじみやすい題材を使って、大切な医学知識を紹介していきます。

今回は、先日放送が終了したドラマ「グッド・ドクター」を取り上げたいと思います。

(以下、ネタバレもありますのでご注意ください)

 

けいゆう先生の医療ドラマ解説

Vol.1 グッド・ドクターのVPシャント術と腹腔内の癒着

医師の新堂が水頭症の患者と会話をしているシーンの写真

Ⓒフジテレビ

 

2018年9月6日に放送された「グッド・ドクター」第9話では、頭部外傷による水頭症の患者が登場します。

水頭症の治療として、室に過剰に貯留した脳脊髄液を腹腔内にドレナージする、VPシャントという手術が行われました。

脳室と腹腔内を細いチューブでつなぐ方法です。

 

ところが、この患者には大きな問題がありました。

虫垂炎による腹膜炎の既往があったのです。

小児外科チームを悩ませたのは、腹膜炎に伴う「腹腔内の癒着」でした。

 

カンファレンスを行っているシーンの写真

Ⓒフジテレビ

 

腹部の手術を行う患者に対し、必ずチェックしなければならない項目として、

・腹腔内の疾患の既往(炎症や出血など)

 

・開腹手術歴(どんな疾患に対し、いつ、何回の開腹歴があるか)

が挙げられます。

いずれも、腹腔内の癒着が予想されるためです。

 

では、腹腔内の癒着があると何が問題になるのでしょうか?

今回は、腹部の手術を困難にする、「癒着」について必ず知っておくべきポイントを、今回のドラマに触れつつ解説してみましょう。

 

 

腹腔内の癒着が問題となる症例

今回のドラマでは、腹腔内に脳脊髄液を流すスペースが必要だったのですが、腹腔内の癒着により、当初はそれが困難だと判断されていました。

腹腔内の炎症や出血の既往、腹部の手術歴がある患者は、ほぼ必ず腹腔内に癒着が起こっています。

 

癒着がある患者に手術をする際は、

・癒着剥離に時間を要し、手術時間が長引く

 

・強固な癒着があるケースでは、癒着剥離により腸管損傷のリスクがある

 

・本来腹腔鏡を適用できる手術でも、開腹手術が必要となることがある(腹腔鏡によって癒着剥離を行うのは、やや難度が高いため)

といった問題を想定しておく必要があります。

 

まず、広く癒着が予想される患者では、手術時間を通常より1〜2時間長めに設定されることがあります。

また、術中に腸管の癒着剥離を広く行なった場合、腸管の表面(漿膜)に損傷を起こすリスクがあります。

 

手術中にこの損傷部を修復したり、腸管の切除、吻合を追加したりすることもあれば、術中に気づきにくいほどわずかな損傷部が術後に穿孔し、穿孔性腹膜炎に発展するケースもあります。

 

あるいは、いつもは腹腔鏡手術を行う疾患であっても、広く癒着が予想されるケースでは開腹手術が計画されることがあります。

 

他の患者とは違った視点で周術期を見る必要があるわけです。

 

グッド・ドクター オペ中のシーンの写真

Ⓒフジテレビ

 

どの部位が癒着しやすいのか?

癒着は、腹腔内のあらゆる部位に起こりえます。

腸管同士が癒着したり、腸管と腹壁、腸管と大網などが癒着したりするなど、非常にさまざまなパターンがあります。

以前開腹している場合、腹壁と腸管は、開腹した創部直下で癒着していることが多く、同じ創を再度開ける際には、腸管損傷に十分に注意する必要があります。

 

前回創部直下に、癒着があることを表現する図解

 

また今回のドラマように、虫垂炎による腹膜炎の既往があれば、虫垂周囲の癒着が予想されるため、癒着は右下腹部が中心のはずです。

ドラマでも、結局上腹部は癒着が少なかったため、この部分に広くスペースを取ることでVPシャントを作ることができましたね。

 

仮に胆嚢炎の術後であれば右上腹部が癒着の中心となっているでしょうし、外傷性脾破裂で脾臓周囲に出血の既往(あるいは手術歴)があれば、左上腹部に癒着が強いでしょう。

切除の既往があるなら、上腹部が広く癒着しているはずです。

 

胃や十二指腸、大腸の穿孔による汎発性腹膜炎の既往があれば、腹腔内は全域に渡って強固に癒着していることが多く、外科医は手術中に大変な思いをします。

上述したリスクが最も高くなるケースですね。

 

では、憩室炎の既往があればどうでしょうか?

憩室炎は、大腸のどの部位にも起こる可能性があるので(メッケル憩室など小腸の憩室炎もありますが)、どの部位に炎症が起こったかで癒着の部位は変わってきます。

 

たとえば、S状結腸憩室炎の既往がある患者に対し、S状結腸癌の手術を行う、といった場合は、まさに手術を行う部位に強い癒着を予想する必要があるわけです。

 

入院時の問診の段階で、こうした腹部の疾患や手術歴を細かく聞いておき、これを術前の大切な情報として扱う必要があります。

外科病棟で経験豊富な看護師は、こうした情報の大切さを理解しているため、医師が聞き取れていなかった既往をうまく聞き出し、医師に伝えてくれることもあります。

 

なお、今回のドラマでは、小児外科医の瀬戸(上野樹里)が術前にCTを見て癒着の少ない領域が肝臓周囲にあると気づくことができましたね。

 

現実的には、CTだけで癒着の範囲や程度を正確に判断するのは難しいケースが多いと思われます。

 

小腸の走行などから癒着をある程度は疑えることもありますが、「癒着」自体は画像検査で描出できないため、術前に癒着の範囲を正確に知ることは困難です。

 

術前に患者に癒着に関する説明をすると、画像検査で癒着が分かるかどうかを非常によく聞かれます。

画像上、癒着のエリアを確実に知ることは不可能、すなわち、お腹を開けてみないとわからない、と覚えておきましょう。

 

今回は、腹部の手術前に問題となる、腹腔内の癒着について解説しました。

術前の患者さんに接する時は、こうしたポイントを意識しつつアナムネをとると、必要な情報を聞き漏らさずに済むのではないでしょうか。

 

ナースの学習ポイント

・腹部の手術を行う患者に対しては、腹部の疾患の既往や、腹部手術歴の聴取が大切!

 

・癒着の程度によっては、手術の難度が上がり、時間がかかったり、術後合併症のリスクが高くなったりします。

 

illustration/宗本真里奈

編集/坂本綾子(看護roo!編集部)


山本健人 やまもと・たけひと

(ペンネーム:外科医けいゆう)

山本健人 (やまもと・たけひと) 先生のプロフィール写真

医師。専門は消化器外科。平成22年京都大学医学部卒業後、複数の市中病院勤務を経て、現在京都大学大学院医学研究科博士課程。個人で執筆、運営する医療情報ブログ「外科医の視点」で役立つ医療情報を日々発信中。資格は外科専門医、消化器外科専門医、消化器病専門医など。

「外科医けいゆう」のペンネームで、TwitterInstagramFacebookを通して様々な活動を行い、読者から寄せられる疑問に日々答えている。

※2018/12/10 著者プロフィールを更新しました。
※2019/02/05 連載バナーを更新しました。

 

●今回のドラマ「グッド・ドクター」

フジテレビ系木曜劇場(2018/7/12~2018/9/13放送)

グッド・ドクタードラマ広報ポスター 山崎賢人、上野樹里、藤木直人の3ショット

Ⓒフジテレビ

 

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