病室でトコジラミ発見!入院患者をどう守る?|患者への被害を寸前で防いだ信州大学病院の危機対応

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三和 護=編集委員

 

トコジラミの脅威を無視すると取り返しのつかないことになる」。

 

信州大学病院感染制御室の金井信一郎氏からのメッセージだ。同病院は昨年、トコジラミのアウトブレイクを経験した。幸い人的被害は皆無だったが、それでも終息宣言まで3カ月を要した。何が起こったのか――。

 


 

2017年.米国のアリゾナ州のある病院で、トコジラミとダニが病室に侵入し、入院患者の17%が刺されるという事件が発生した(Clin Infect Dis, 2017:65;2119-21.)。吸血による激しいかゆみに襲われる患者の被害もさることながら、こうした害虫が院内で増殖してしまうと、その駆除のために院内業務が滞るという事態に陥り、経済的な損失も膨大となる。

 

日本では近年、トコジラミが大量に発生し患者に被害が及んだという事例は、ほとんど表面化していない。だが、害虫増殖の寸前で気づき、対応に追われた病院はある。信州大学病院の経験は、その1つだ。

 

「虫はトコジラミだった。至急、対策が必要」

「病室の窓の桟に虫がいる」。第一報は清掃員からもたらされた。

 

病院の施設管理部門を通じて、害虫コンサルタント会社に調査を依頼。返ってきたのは「虫はトコジラミだ。至急、対策が必要」との回答だった(写真1参照)。

 

【写真1】トコジラミ(Bed bug)の成虫

<トコジラミ>

シラミと名前がついているがシラミの仲間ではなく、カメムシの仲間に属する。特有のアルデヒド臭が特徴の1つ。夜行性で、昼間は壁や床、ベッドなどの狭い隙間に潜んでいるが、夜になると動き回り吸血を行う。成虫は5.5~8mmほど(金井氏による。表1、写真2、3も)

 

「トコジラミの対策ってどうしたらいいのか」。虫体が見つかった病棟の看護師は、青ざめたという。

 

感染症を媒介することはないが、トコジラミに何度も吸血されるとアレルギー反応が起こり、皮膚に発赤や丘疹が出て、吸血されるたびに激しいかゆみに襲われるようになる。入院患者への被害を広げないためには、一刻を争う事態だった。

 

迅速な対応が必要との判断から、インフルエンザなどのアウトブレイク時に先頭に立って対応する感染制御室に連絡が入った。

 

「6月28日午前、東8階病棟でトコジラミ発覚との通報があった」。トコジラミが発見されたのは同じ病棟の2つの病室から。それぞれ北側と南側にあり、2つの病室の間は離れていた。「同時に2カ所で、それも離れた場所でトコジラミが見つかったことから、東8階病棟全域が汚染区域の可能性があると考えた」(金井氏)。

 

同日の午後。院内でトコジラミアウトブレイク対策委員会が立ち上がり、第1回の会合が開かれた。そこでは、迅速なトコジラミの駆除を目標に、東8階病棟の入院制限を実施することが決まった。

 

直ちに、職員に対してはメールで周知が図られた。同時に、東8階病棟の入院患者へも病棟看護師らから説明が行われた。「トコジラミはかつて南京虫と呼ばれていたが、入院患者の中には高齢の方もおり、理解が早かったようだ」(金井氏)。

 

真っ先に取った対策は、トコジラミの発生状況の確認、病棟の出入りの制限、病棟の消毒など多岐に及んだ(表1)。

表1 第一報のあった当日から実施した対策 (1)各病室のトコジラミの発生状況の調査 (2)病棟入院患者の外出禁止;検査や治療でやむを得ず病室を出る場合は衣服を着替え、病棟から持ち出すものを最低限とする (3)退院の促進;入院患者が退院可能の場合は退院を促す(退院時には衣服を着替え、持ち出すものも検査してから) (4)面会制限;面会を制限し、荷物の受け渡しもビニール袋に入れて行う (5)入院制限;新規の入院を行わない。該当する診療科の入院は他の病棟に依頼する (6)転棟制限;入院患者の転棟を行わない (7)学生実習制限;学生の病棟での実習を行わない (8)デイルームの使用禁止;デイルームは(8階の)東西病棟で使用禁止とする (9)病棟の消毒;消毒が完了した部屋はトコジラミが検出されないことを確認した後、入院患者を移動

さらに、虫体の調査や病室の消毒などに当たったスタッフは、皮膚の露出部をなるべく少なくするため、キャップ、長袖ガウン、手袋、シューカバーを使用し、作業中の吸血を防ぐ手立てを講じた。使用後はビニール袋に密封して廃棄するなど、対策を徹底した。

トコジラミは熱に弱いことから、シーツなどリネン類は袋に入れて熱湯に5分ほどつけて洗浄した。また、汚染エリアのマットも熱洗浄した。対応が難しかったのは、加熱ができない物品類。虫体が確認されれば、廃棄も検討することにしたという。

 

虫が発見された箇所には、防虫のためディート(DEET:N,N-diethyl-m-toluamide)を含む忌避剤を使用した。金井氏によると、トコジラミの殺虫剤としては、ピレスロイド薬では効果が望めず、有機リン系やカーバメート系の薬剤が必要だという。ちなみに手元に殺虫剤がない場合は、ガムテープや粘着クリーナーで捕殺し、あるいはビニール袋に入れてつぶして捨てるしかない。

 

なお(9)の消毒は、汚染エリアでは3週間の間隔で2回、汚染エリアの両隣となる準汚染エリアでは1回の消毒を行った。消毒方法は、病室内全域と窓の外側での防虫剤噴霧、床面や窓枠への刷毛での薬剤塗布、スチームでの熱処理などだった。

 

別の病棟からもトコジラミ発見

「汚染区域の確認は、対策を考える上で重要なポイントだった」。金井氏らは、目視では虫体の確認が難しいことから、捕獲調査用のトラップを使用して、トコジラミ調査を実施した。

 

翌日の6月29日。新たに西6階病棟でもトコジラミが発見された。同日中に第2回トコジラミアウトブレイク対策委員会が開催され、この段階では西6階病棟での入院制限は行わない方針が確認された。虫体が窓際から発見されており、「院内の移動でトコジラミが広がっているわけではなく、窓の外からの侵入が疑われた」(金井氏)からだ。

 

それから4日後の7月3日。新たに西8階病棟と西7階病棟でもトコジラミが発見された。このとき、これまで虫が見つかった病室の位置関係を調べたところ、西病棟で6~8階の上下で縦につながる位置に存在していることが判明した。また、上層階での被害が大きいという特徴もあった。これによって、院内を虫が移動したのではなく窓から侵入した疑いが確信に変わった。

 

そこで外壁を調べたところ、8階病室の近くにツバメの巣が残されていることが確認された(写真2)。「既にツバメは飛び立った後だった。吸血の対象がいなくなったため、トコジラミが巣を離れて病室内に移動したと推測された」(金井氏)。

【写真2】8階病室の外壁に発見されたツバメの古巣

7月4日に職員への報告会を開催。原因の究明に至った経緯と今後の対応について説明が行われた。

 

7月7日には、ツバメの巣を撤去するための前処置を実施。8日に撤去に踏み切った。そのとき回収した巣からは、トコジラミの虫体と脱皮後の抜け殻が多数、発見された。なお、鳥の巣を除去する場合、鳥獣保護管理法の制約があるため注意が必要だ。巣にヒナや卵がない場合は不要だが、巣にヒナや卵がある場合は、都道府県に届け出なければならない。

 

巣の除去から3日後の7月10日。調査を依頼していた国立感染症研究所昆虫科学部において、ツバメトコジラミ(写真3)と同定された。

 

【写真3】ツバメトコジラミの成虫(普通のトコジラミより小さく、虫体の幅が狭い)

原因が取り除かれたことで、7月11日には東8階病棟の入院制限を解除した。1カ月後の8月11日に、汚染エリアの最後の消毒が終了。最終的に4病棟の11病室で発生したトコジラミアウトブレイクは、その約1カ月後の9月22日に終息宣言に至った。

 

トコジラミの駆除にかかった直接的な費用は、ツバメの巣の除去作業も含めると約300万円ほどだったという。虫体の発見が早く、迅速な対応が可能だったことで、経済的な負担も少なくて済んだと言えそうだ。

 

トコジラミの脅威はむしろ高まっている

「患者に対するトコジラミの被害がなかったのが幸い」。こう振り返る金井氏は、トコジラミの脅威はむしろ高まっていると指摘する。ツバメトコジラミの場合は、古巣を除去することで対応できる。しかし、ヒトが運んでくるトコジラミはそうはいかない。

 

公益社団法人日本ペストコントロール協会のデータによると、東京都年度別トコジラミ相談件数は、2009年ごろから急増している。それまでは年に二桁だったが、2009年には165件に、2012年には345件と増加、その後も300件の水準を維持している。各県のペストコントロール協会へのトコジラミ相談件数は、統計を取り始めた2010年の138件から2014年には4倍の548件に急増している。

 

トコジラミの被害は、ホテルや旅館、山小屋、ゲストハウス、簡易宿所など幅広い施設から報告されている。病院などの医療機関からの報告も皆無ではない。

 

「近年、殺虫剤に耐性を示すトコジラミが北米や欧州で流行している。その一方で、訪日外国人旅行者の増加により、日本のホテルなどへの持ち込み事例が増えて拡散している」(金井氏)。

 

いつなんどき、トコジラミが病室に侵入してくるかは分からない。今できることは、「トコジラミについて職員に周知して、院内の『検出力』を高めておくこと」(金井氏)に違いない。

トコジラミの脅威は高まっていると警告する信州大学病院感染制御室の金井慎一郎氏

 

<掲載元>

日経メディカルAナーシング

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