神経細胞とグリア細胞|感じる・考える(1)

解剖生理が苦手なナースのための解説書『解剖生理をおもしろく学ぶ』より
今回は、神経系についてのお話の1回目です。

 

[前回の内容]

体温の調節|調節する(5)

 

解剖生理学の面白さを知るため、体温を一定に保つための仕組みについて知りました。

 

今回は、感覚がとらえた情報を分析し、考え、身体を動かす役割を担っている神経細胞とグリア細胞の世界を探検することに……。

 

増田敦子
了徳寺大学医学教育センター教授

 

***

 

古代、人間が暮らす環境はいまよりもずっと変化に富み、危険に満ちていました。雨風をしのぐコンクリートはありません。油断をすれば、野生動物などの外敵に襲われます。安定して食料を得るためには、風のにおいを嗅ぎ、雲の動きや星の動きを観察し、経験を記憶として蓄積する必要もありました。

 

視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚といった感覚は、そのような環境のなかで発達を遂げたと考えられます。また、その感覚がとらえた情報を分析し、考え、身体を動かすコントロールセンターとしての役割を担ったのが脊髄などの中枢神経でした。

 

神経細胞の発見とニューロン説

脳は神経細胞でできている――。この基本的な事実を最初に確認したのはイタリアの医学者、カミロ・ゴルジ(Camillo Golgi、1843~1926)です。

 

ゴルジは、当時まだ確立されていなかった神経組織を染色する方法を発見し、これによってはじめて、脳内の神経細胞を視覚化することに成功しました。彼はまた、神経細胞どうしは網の目のように融合しているという「網状説」を打ち立てたことで、知られています。

 

スペインの神経解剖学者、サンティアゴ・ラモン・イ・カハール(SantiagoRamon y Cajal、1852~1934)は、ゴルジの考案した染色法と光学顕微鏡を使って、神経細胞をさらに詳しく調べました。すると、それまで網のように融合していると考えられていた神経細胞が、実は一つひとつ独立しているのだ、ということに気づきます。カハールはこれを「ニューロン説」と名づけ、神経細胞を伝わる情報の流れは一方向性であると、発表しました。

 

1906年、ゴルジとカハールはその神経細胞に対する研究成果を讃えられ、同時にノーベル生理学賞を授賞します。現在ではもちろん、ゴルジが打ち立てた網状説は否定され、カハールの主張したニューロン説が正しいことがわかっています。

 

 

ゴルジとカハールが発見したように、脳や脊髄を構成しているのは神経細胞です。でも、脳を構成しているのは神経細胞だけではないの。最近の研究では、神経細胞よりずっと多い脳の細胞が注目を集めています

 

なんですかそれ? もったいぶらないで、教えてくださいよ

 

その細胞は、グリア細胞といいます

 

脳を構成する神経細胞とグリア細胞

人間の脳には、1,000億個を超える神経細胞ニューロン)があるといわれています。脳は大きな楕円形のかたまりのように見えますが、もともとは身体を前後に走る一本の管で、神経細胞の集まりに過ぎません。

 

この神経管はのちに脊髄となり、進化とともに前方がさらに大きく膨らんで脳ができます。脳と脊髄の神経細胞は、感覚器から情報を受け取り、それを分析して内臓や手足などの筋肉に指令を出すため、中枢神経とよばれています。

 

最近の研究によると、脳には神経細胞以外の重要な細胞、すなわちグリア細胞神経膠〈こう〉細胞)が存在し、さまざまな働きをしていることがわかってきました(図1)。

 

図1さまざまなグリア細胞

 

さまざまなグリア細胞

 

グリア細胞はもともと、神経細胞を固定したり、神経細胞に栄養を運んだりするなど、神経細胞を手助けする脇役だ、と考えられていました。近年では、神経伝達物質の受容体をもち、神経細胞と似たような働きをしていることも、明らかになっています。

 

脳におけるグリア細胞の数は、神経細胞の10~50倍と見積もられ、記憶や学習という脳の高次機能を支えているのでないか、と考えられています。

 

以前は、「ヒトは脳の10%くらいしか使っていない」と考えられていました。でも、それは残りの90%を占めるグリア細胞の機能がよくわかっていなかったからなのね

 

そういえば、「生まれた時点で神経細胞の数は決まっていて、あとは減っていくだけ」と習いましたけど、最近読んだ本には、「神経細胞も増える」って書いてありました。これって、どういうことなんでしょう?

 

それも、最近の研究でわかったことね。でも、増えるのは記憶をつかさどる海馬の神経細胞とグリア細胞だけ。成人の神経細胞の大部分は分裂や増殖しません

 

細胞が減っても、頭はよくなる?

ヒトの脳を構成する神経細胞のほとんどは胎生初期に分裂増殖を完成し、20歳を過ぎる頃になると、1日数万個単位で減っていきます。しかし、だからといって思考力が衰える、というわけではありません。

 

また、生まれたばかりの赤ちゃんでは、わずか350gに過ぎなかった脳の重さが、成人になると1,500gほどに増えていきます。神経細胞が減っていくのに、重量が増えるのはどうしてなのでしょうか?

 

その理由の1つは、神経細胞そのものが大きくなるからです。成長すると筋肉や骨格が大きくなるように、一つひとつの神経細胞も成長していきます。また、記憶量が増えると、それだけグリア細胞も増えるため、脳の重量が増えることがわかっています。

 

神経細胞の働きにとってより重要なのは、その数ではなく「つながり」です。人間が成長し、神経細胞の数が減っていくと、その隙間を埋めるように神経細胞は新しい枝を伸ばし、ほかの神経細胞とシナプスを形成します。この神経細胞と神経細胞のネットワークづくりは30歳頃から活発になり、私たちの思考や判断を助けてくれます。

 

神経細胞が減っても、それに比例して思考力が衰えるわけではないのは、このネットワークづくりのおかげです。バラバラにインプットした「知識」や「体験」がやがてつながり、すばらしいアイディアが生まれるように、神経細胞どうしのつながりが、より深い思考を可能にしてくれる、というわけです。

 

神経細胞って、頭のほうがどうしてたくさん枝分かれしたような形になっているのか、と思っていたんです。でも、さっきの説明を聞いて、その理由がわかりました。できるだけたくさんの神経細胞と、シナプスを形成するためなんですね

 

そうね。1個の神経細胞は1,000個から10,000個のシナプスでほかの神経細胞とつながっている、といわれています。つまり、たった1つの細胞が、少なくとも1,000個の情報源をもち、同じように1,000個の細胞に情報を流しているということになるの

 

[次回]

中枢神経と末梢神経|感じる・考える(2)

 

 


本記事は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。

 

[出典] 『解剖生理をおもしろく学ぶ 』 (編著)増田敦子/2015年1月刊行/ サイオ出版

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