ドベーキー鑷子|鑷子(3)

手術室にある医療器械について、元手術室勤務のナースが解説します。
今回は、『ドベーキー鑷子』についてのお話です。
なお、医療器械の歴史や取り扱い方については様々な説があるため、内容の一部については、筆者の経験や推測に基づいて解説しています。

 

黒須美由紀

 

〈目次〉

 

繊細な組織を把持することが得意な鑷子

縦溝と鋸刃がついたピンセット

ドベーキー鑷子(せっし)は、繊細な組織を傷つけずに、確実に把持することができるピンセットです。この器械が確実、安全に組織を把持できるポイントは、その把持面にあります。ドベーキー鑷子は、把持面に縦溝と辺縁に鋸刃がついているのが特徴です。

 

また、ドベーキー鑷子は、「ドゥベーキー鑷子」や「ドベイキー鑷子」、「ドベーキー血管ピンセット」などとも呼ばれています。

 

細かい血管を把持することに向いている

ドベーキー鑷子は、繊細な操作が得意な器械です。組織を挫滅させずに、確実に把持することができます。細かい血管を把持することに向いているため、心臓血管外科など、微細な血管を扱う診療科で、好んで使用されています。

 

memoサメの歯のような突起がついている

ドベーキー鑷子は、先端が細く、内側にとても微細なサメの歯のような突起が並んでいるのが特徴です(図1)。

 

図1ドベーキー鑷子の先端部

 

ドベーキー鑷子の先端部

 

これにより、滑りにくく、組織を安全に把持することを可能にしています。特に、薄い膜や血管などの組織を、繊細に把持することに適しています

 

ドベーキー鑷子の誕生秘話

名前の由来は米国の心臓外科医ドゥベーキー

ドベーキー鑷子の名前は、米国の有名な心臓外科医 マイケル・E・ドゥベーキー(1908-2008)が由来です。1964年に、Dr. ドゥベーキーが発表した心臓バイパス手術は、とても画期的な手術でした。その術式によって救われた命は、数知れません。

 

また、大動脈解離における解離口の存在部位による分類(いわゆる「ドゥベーキー(DeBakey)分類」)は、現代でも用いられている分類法の一つです。

 

Dr. ドゥベーキーは、とても偉大な医師でした。

 

Dr. ドゥベーキーが執刀した手術数は60,000人

Dr. ドゥベーキーは、心臓バイパス手術のほか、大動脈瘤の置き換え術や、人工心臓の開発や移植術にも尽力した心臓血管外科のパイオニアでした。また、生涯で考案した器械は70種以上あると言われています。

 

Dr.ドゥベーキーが、ベイラー大学に心臓外科センターをオープンさせて、90歳でメスを握るのを止めるまでに救った命は、約60,000人とされています。

 

2008年、Dr. ドゥベーキーは99歳で、その生涯に幕を閉じました。

 

memoローラーポンプなど、数多くの技術を考案したDr. ドゥベーキー

Dr. ドゥベーキーは、1932年に人工心肺の血液ポンプ「ローラーポンプ」を発表しました。

 

ほかにも、血管移植による大動脈瘤の手術方法や、ダクロン製のチューブを代用血管として使用する技術を考案しています。

 

ドベーキー鑷子の特徴

サイズ

ドベーキー鑷子のサイズは、全長と先端の幅の組み合わせにより、多種存在します。取り扱いメーカーによっても違いはありますが、先端幅 1.5mmで全長 13cm程度のものから、先端幅 2.7mmで全長30cm程度のものまで、さまざまです。

 

鑷子のサイズは、血管の径や、状況や術野の深さ、環境によって、使い分けられています。

 

形状

ドベーキー鑷子の全体の形状は、基本的にΛ型です。先端部は直型のものが基本ですが、なかには先端部が曲型になっているものもあります(図2)。

 

図2ドベーキー鑷子の形状

 

ドベーキー鑷子の形状

 

A:先端部が直型のドベーキー鑷子。
B:先端部が曲型のドベーキー鑷子。

 

ドベーキー鑷子の把持面には、縦溝と辺縁に細かい鋸刃があります(図1)。まれですが、有鈎(鈎状の突起付き)のドベーキー鑷子もあります。

 

また、持ち手部分の断面は、使用者の手によりフィットするように、半円状になっているものも多く、工夫が施されています。

 

材質

ステンレス製のものが一般的です。狭い術野で微細な血管を扱うことが多いため、より確実な操作を行えるように、チタン製のものもあります。

 

また、先端部にチップ加工を施したものもあります。

 

memo脆いステンレスと錆びにくいチタン

ステンレスには、いろいろな種類があります。代表的なものを紹介すると、鉄にクロムとニッケルを混ぜた合金のものがあります。ステンレスは、酸や塩化物イオンによって、破壊されてしまうことが多々あります。

 

一方、チタンは純金属(金属元素)のため、さまざまな環境下でも錆びる心配がほとんどありません

 

製造工程

ドベーキー鑷子の製造工程は、ほかの鑷子と同様です。

 

①材料入荷②検品・矯正③バネ付け④抜き型(おおよその形を抜く)⑤打ち型(…筋などを型打ちする)⑥マーク入れ(ブランドロゴや医療承認番号を打刻)⑦折曲・溶接⑧研削・整形⑨研磨⑩検品・包装

 

上記の④、⑤の工程は、種類によっては、数回繰り返すこともあります。

 

また、工程⑥(マーク入れ〈打刻〉)は、鑷子の内側にマークを入れる場合で、製品やメーカーによっては、工程⑨(研磨)の後に、外側からマーク入れ(腐食やレーザーマーキング)を行う場合もあります。

 

価格

サイズや取り扱いメーカーによって違いはありますが、ステンレス製のもので7,500~15,000円程度です。

 

寿命

ドベーキー鑷子の寿命は明確ではありません。どのような組織をどのように把持したのかなど使用そのものの取り扱い方に加え、洗浄や滅菌の工程での取り扱い方も寿命に影響します。

 

ドベーキー鑷子の使い方

使用方法

ドベーキー鑷子は、おもに血管操作の際に使用されます。心臓血管外科の領域では、よくみられる器械の一つです。例えば、冠動脈バイパス手術(coronary artery bypass grafting:CABG)などの血管吻合時には、持針器とセットで使用されます(図3)。

 

図3ドベーキー鑷子の使用例(冠動脈バイパス手術)

 

ドベーキー鑷子の使用例(冠動脈バイパス手術)

 

血管を吻合するため、ドベーキー鑷子で冠動脈を把持しています。

 

手術の補助的な役割として、ドベーキー鑷子は欠かすことができません。

 

類似器械との使い分け

ドベーキー鑷子と類似する器械には、ほかの鑷子類があります。

 

しかし、ドベーキー鑷子の大きな特徴である把持面の縦溝と鋸刃は、組織を挫滅させず、かつ確実に把持するためのものです。ほかにも先端に加工された鑷子はありますが、特に血管の採取や吻合を行う心臓血管外科では、マイクロ用ものも含め、ドベーキー鑷子が多く使用されています

 

禁忌

ドベーキー鑷子は、血管操作をはじめとした柔らかい組織に使用する鑷子です。硬い組織などに使用すると、把持面の鋸刃が欠ける原因になり、確実に把持することができなくなる危険性があるので注意してください

 

ナースへのワンポイントアドバイス

鑷子は種類が多いため、正確な器械出しが求められる

手術中、鑷子類が使われる頻度は、ほかの器械と比べても非常に高くなります。そのため、専門的な手術法や、手術部位に特化して作られている鑷子も多く、その種類はかなり多くなっています。器械出しを担当する看護師は、どういうシーンで、どの鑷子が使われるのかを常に把握し、安全で正確に器械出しできるようにしておきましょう。

 

使用前はココを確認

ドベーキー鑷子の先端把持面には非常に細かい鋸刃があります。使用前には、この鋸刃の欠損や、縦溝に磨耗がないかを確認します。また、確実に噛み合うかどうかも確認しておきましょう。

 

術中はココがポイント

ほかの鑷子類と同様に、器械出しを行います。

 

看護師は、鑷子の先端を閉じた状態で、ドベーキー鑷子の先端部分を持ちます。ドクターに手渡す際には、鑷子の背の部分を、ドクターの親指と人指し指の間、鑷子の真ん中~後方寄りの部分が手に収まるように軽く押し当てるように渡します図4)。

 

図4ドベーキー鑷子の渡し方

 

ドベーキー鑷子の渡し方

 

鑷子の先端部を持ち、ドクターの親指と人差し指の間に軽く押し当てるように渡します。

 

使用後はココを注意

使用前に確認した把持面の状態と噛み合わせを必ず確認します。問題がなければ、次の使用に備え、生理食塩液を含ませたガーゼで付着物を拭き取っておきます。特に、把持面には付着物が残らないようにします。

 

ドベーキー鑷子をはじめ、鑷子類の使用頻度は高いため、指示があればすぐに出せるようにして準備しておきましょう。

 

片付け時はココを注意

洗浄方法

洗浄方法の手順は、基本的に、ほかの鑷子類などの洗浄方法と同じです。

 

(1)手術終了後は、必ず器械のカウントと形状の確認を行う
(2)洗浄機にかける前に、先端部に付着した血液などの付着物を、あらかじめ落しておく
(3)感染症の患者さんに使用後、消毒液に一定時間浸ける場合、あらかじめ付着物を落としておく
(4)洗浄用ケース(カゴ)に並べるときは、ほかの鑷子類と区別できるように置く

 

滅菌方法

高圧蒸気滅菌が最も有効的ですが、滅菌完了直後は非常に高温になっているため、ヤケドをしないように注意しましょう。

 

 


[参考文献]

 

 


[執筆者]
黒須美由紀(くろすみゆき)
総合病院手術室看護師。埼玉県内の総合病院・東京都内の総合病院で8年間の手術室勤務を経験

 


Illustration:田中博志

 

Photo:kuma*

 


協力:高砂医科工業株式会社

 


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