いつか腰が痛くて看護師を辞めてしまうかもしれない…|看護師の腰痛事情
「移乗や入浴の介助がつらい」
「若手だからって、力仕事にすぐ借り出される」
「まだ20代なのに腰が痛くて仕方がない」
看護師として働くうちに、だんだん腰に負担を感じるようになり、ずっと仕事を続けられるか心配…。
でも、目の前の患者さんを見ると、ついついがんばってしまう、という人も多いのではないでしょうか。
そんな看護師のつらい腰痛事情を取材しました。
20代でもつらいものはつらい!
若いから大丈夫と思われがちですが、そんなことはありません。
看護roo!が行った看護職らを対象にしたアンケート(回答者1308人)では、腰が痛くて業務に差し支えるほど困ったことがある人は8割以上。
20代でも困ったことがあるとの声が多数寄せられました。
看護roo!アンケート「腰が痛くて困ったことはありますか?」(実施期間:2019年4月12日~ 5月3日、対象者:看護職員・看護学生ら1308人)
困ったことがある人の中には、
「1年目にヘルニアになってしまった」
「配属されて2週間で腰がやられた」
「新人の時、先輩に声をかけるのが怖くてガタイのいい患者さんの体交をしようとしたら『ピキッ』と」
など、新人でも腰痛に悩まされているコメントが複数ありました。
また、「myコルセットを持っている」など、コルセット愛用者のコメントも多く、腰が痛くてもなんとか看護業務をこなしている様子がうかがえます。
一方、困ったことがないと答えた人の中にも、今は大丈夫でも「これからなりそう…」と将来的な不安を感じている人も。
多くの看護師が、腰痛に悩まされていることがわかります。
実は患者さんもつらい
そうはいっても、看護師は、患者さんの移乗・移動介助など、腰に負担のかかる業務をせざるを得ません。
日本ノーリフト協会代表理事の保田淳子さんは、人の手だけに頼った介助にはさまざまな問題があり、実は患者さんもつらい思いをしていると指摘します。
たとえば、
● 患者さんに痛い思いをさせる
● 転倒・転落のリスクがある
● 患者さんの身体が変形することさえある
実際、力任せの介助を続けた結果、その方向に身体が拘縮してしまったケースがあるといいます。
力任せの介助による身体の変形(写真は日本ノーリフト協会提供)
ケアする側・される側のメリットを体感
「抱え上げる作業は、原則的に人力では行わず、福祉用具を活用する」など、職場で行うべき腰痛対策の指針を厚生労働省が出しています。
しかし、罰則があるわけではないため、すべての看護現場で腰痛対策が適切になされているとは言い難い現状です。
このままでは、ナースも患者さんもつらい。
いま、そんな状況を変えようとする取り組みが、注目されています。
人の力だけで行う移乗をやめ、リフトなどの福祉用具を適切に活用する「ノーリフト」という考え方です。
元々は、オーストラリア看護連盟が1998年に、看護や介護職の腰痛予防対策のために行った「ノーリフティグポリシー」の提言をきっかけにオーストラリアで広まったものです。
この「ノーリフト」を使った腰痛対策を広める活動をしている、日本ノーリフト協会のかながわ支部が開いた研修におじゃましてみました。
研修では、福祉用具を実際に使った体験学習も行われていました。
支部長で看護師の豊田好美さんは、次のように話します。
「介助する側・される側、両方を体験してみることがポイントです。実際に介助される側になってみればわかります。心地よいのか、つらいのか」
「意外と安定感があって、怖くないです」(リフトを使って車椅子からベッドへ)
「2人がかりで動かしてもらった時は首と腰がとても痛かったのですが、シートだと全然痛くないです」(スライディングシートを使って上方移動)
「身体の下に手が入る時、摩擦抵抗がないからか、気持ち悪くありません」(グローブを使って体位変換)
豊田さんは、「福祉用具を使うことに面倒だとか抵抗がある人もいるもしれませんが、自分の身を守ると同時に、リスクや患者さんの苦痛を減らせるメリットもあります」と言います。
現在、協会では「ノーリフト」を活用した腰痛対策を職場に定着させるコーディネーターの養成研修を全国各地で行っています。
すでに7172人がこの研修を受講しています。
右から支部長の豊田さん(看護師)、泉さん(理学療法士)、湯浅さん(作業療法士)、高山さん(介護福祉士)。
「腰痛でキャリア変更を考えた」
オーストラリアでリフトを体験する保田さん(写真は日本ノーリフト協会提供)
日本ノーリフト協会の代表理事で看護師の保田さんは、2003年からオーストラリアに留学しています。
その際、介護施設や病院で、福祉用具を使った移乗介助を目の当たりにし、驚いたといいます。
当時の思いを、保田さんは次のように話します。
「実は、わたしも腰痛持ちで、日本で働いていた時はマッサージとかに通ったり、移乗介助を行うことがつらい時もあったりしました。ですが、オーストラリアで経験した看護や介護は、日本と比べて体格のよい患者さんが多いはずなのに楽で、すごく楽しく感じました」
「ノーリフト」の良さを知った保田さんは、その後、オーストラリアの看護師免許を取得。現地の大学や大学院で看護や医療マネジメントについても学びました。
そして、日本でも「ノーリフト」を普及させるべく、2009年に理学療法士らとともに日本ノーリフト協会を設立。それ以来、研修や講演などを通じて、働きやすい医療・介護の現場づくりに力を注いでいます。
日本ノーリフト協会代表理事の保田淳子さん(写真は日本ノーリフト協会提供)
「NO」と言える看護を!
「ノーリフト」が看護師にも患者にも良いとわかっても、新人や若手ナースから福祉用具の導入をお願いするのはハードルが高いかもしれません。
そこで、個人でも何かできることはないか保田さんに聞いてみました。すると、次のような答えが返ってきました。
「プロとして『ここからはNO』と言えるようになることです」
体格のよい患者さんの介助は一人ではできないときちんと周りに伝え、協力を仰ぐ。そんなところから始めてみてはと保田さんはアドバイスします。
また、こんな話も。
「1年目、2年目、3年目って必死ですよね。悩んだときはそこしかないと思いがちですが、病院や施設だけが働く場所ではありません。看護っていろんなことができますよ。今は、在宅もありますし、地域で活躍することもできます。せっかく看護師のライセンスを取ったのですから、やりたいことをやればいいと思います。そうしているうちに、居場所は探せると思いますよ」
「もちろん、今いる場所で踏ん張るのも一つです。そのためには、医療や介護では、なんでも『YES』と言ってしまいがちな風潮がありますが、できないこと・するべきでないことはプロとして『NO』と言っていいんだよ、と伝えたいですね。『ノーリフト』はケアのプロとしての境界線を示すものだと思っています」
看護roo!編集部 坂本朝子(@st_kangoroo)
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