50年のナイチンゲール研究、夫妻の歴史を紐解く|本当に知りたいナイチンゲールの看護の話 【3】

「看護って何?」というナースのお悩みから、『看護覚え書』に立ち返り、ナイチンゲールの看護の定義が臨床にとっても役立つことをお伝えしてきたこの連載

 

第3回は、ナイチンゲールを50年にもわたり研究してきた小南さん、金井さんの歴史に迫ります。

ナイチンゲールの魅力を知れば、看護はもっと楽しくなる。

臨床ナース必見のインタビューです。

(聞き手/看護師のかげ

 

本当に知りたいナイチンゲールの看護の話

【3】小南吉彦、金井一薫 50年のナイチンゲール研究、夫妻の歴史を紐解く

かんごるーちゃんとともに笑顔で写る小南吉彦さんと金井一薫さんの写真

右:小南吉彦さん(現代社 社主、ナイチンゲール看護研究所 顧問)

左:金井一薫さん(ナイチンゲール看護研究所 所長)

 

研究を始めた当時、流行していたのはアメリカの看護理論

微笑んでいるかげさんのアイコン

お二人は、ナイチンゲール研究のエキスパートですが、どのようなきっかけでナイチンゲールに出会ったのでしょうか?

 

小南吉彦さんを表すアイコン

第1回でも少しお話しましたが、私はとある看護書の出版社に入ったことが、ナイチンゲールに出会うきっかけでした。

 

微笑んでいるかげさんのアイコン

ナイチンゲールは、当時(1960年頃)から有名だったのですか?

 

小南吉彦さんを表すアイコン

名前は知られていましたが、彼女の著作はまったく注目されていませんでした。

当時はとにかくアメリカの看護理論が流行していたんです。

 

金井一薫さんを表すアイコン

主流だったのがヴァージニア・ヘンダーソンですよね。

『Basic Principles of Nursing Care』(1958)という書籍です(翻訳本の出版は1961年)。

日本でも大流行していました。

 

「ヘンダーソンを読まないと看護師じゃない」と言われるくらいの勢いだったんですよ。

 

小南吉彦さんを表すアイコン

当時、アメリカでは看護師の社会的地位を上げようとする動きが活発になっていました。

アメリカの看護協会は、「看護」は「医学」と並ぶだけの実力があると強調していたんです。

看護師はメイドのように病人の世話をするだけではないんだと。

 

そこで、「看護の本質論」がずいぶん流行しました。

この理論は、良い治療を受ければ回復が早まるように、良い看護を受ければ回復が早まる、ということを確かめるためのものです。

 

私はヘンダーソンを読んで「ナイチンゲールが近代の看護を確立したことは間違いないのに」と思っていましたね。

ナイチンゲールが『看護覚え書』を書いたのは1859年ですから。

ヘンダーソンのちょうど100年前ですよね。

 

 

『看護覚え書』の発見は“偶然”

小南吉彦さんを表すアイコン

ヘンダーソンの理論が流行していたときにも、私がナイチンゲールに注目していたのは、湯槇ますさんが訳したルーシー・セーマーの伝記『フロレンス・ナイティンゲール』を読んだことも一つの要因です。

 

この本は、売れ行きがよくないから、世間的にはまったく知られてなかったんですよね。

それを、勤務先の倉庫を整理していたときに偶然見つけたんです。1960年頃のことです。

 

この本を読んで、ナイチンゲールの人となりと彼女の業績のすばらしさに初めて触れました。

 

「ナイチンゲールには何か看護への理念があったに違いない」と思い、

「彼女の書き残したものはないか」と、ナイチンゲールの著作を探し求めていたんですけど、全然見つからなかった。

 

ところが、ある日、私がナイチンゲールをよく勉強していると知っていた友だちが、ポンっと持ってきてくれたんです。

 

驚いているカゲさんを表すアイコン

えっ!お友だちがですか!?

 

小南吉彦さんを表すアイコン

神田の古本屋街で見つけてきたって言うんですよ。

 

古本屋の外によくバスケットが置いてあるでしょ。その中に雑多に入っている本の中から見つけてきたって。

100円くらいで買ってきてくれたんですけどね。

 

これが、『看護覚え書』の原書、初版本との出会いです。

手に入ったこと自体がたいへん貴重でしたね。

 

驚いているカゲさんを表すアイコン

えーーーー!

すごい偶然ですね。

 

金井一薫さんを表すアイコン

なんだかご縁がありますよね。

だから、小南が日本におけるナイチンゲールの著作=看護論の発見者なんですよ。

当時、看護師はもちろん、誰一人としてナイチンゲールの看護論には関心がなかったわけですから。

 

喜んでいるカゲさんを表すアイコン

そのお友だちは、どんな方だったんですか?

 

小南吉彦さんを表すアイコン

高田くん、という友人です。

医師になりたくて医学部に通っていたけど辞めてしまったちょっと風変わりな男でしたね。

当時、会社の同僚でした。

 

高田くんが『看護覚え書』を見つけてきたのが1966年で、それをきっかけに友人4人と「現代社」を設立しました。

その2年後に、『看護覚え書』の翻訳を出版することになるわけです。

 

●小南さんの歴史(1)ナイチンゲールとの出会い

ナイチンゲールとの出会いを表す小南さんの歴史。1960年 看護書の出版社に就職。1965年 『フロレンス・ナイティンゲール』を読み、ナイチンゲールをもっと深めたいと考えるようになる。1966年 友人の高田さんが、神田の古本屋街で『看護覚え書』(原初、初版)を発見。その後、友人4人と現代社を設立。1968年 『看護覚え書』の翻訳書を出版(現代社)。

 

『ナイチンゲール書簡集』の衝撃

ノーマルなかげさんのアイコン

金井先生がナイチンゲールに出会ったのはどういうきっかけだったのですか?

 

金井一薫さんを表すアイコン

私も第1回で少しお話しましたが、看護師として臨床で働き始めたときに「看護って何なのか」誰も教えてくれなくて悩んでいたことがきっかけです。

 

ナイチンゲールに興味があったわけではなくて、「何が看護なのか」知りたくて図書館で借りた本がたまたま『ナイチンゲール書簡集』だったんです。

 

それを読んで、もう…、物凄い衝撃を受けたんです。

 

喜んでいるカゲさんを表すアイコン

書簡集の中の「看護の仕事は、快活な、幸福な、希望にみちた精神の仕事です。犠牲を払っているなどとは決して考えない、熱心な、明るい、活発な女性こそ、本当の看護婦といえるのです。」(※)という文章ですよね。

(※)浜田泰三 訳『ナイチンゲール書簡集』p.100,山崎書店,1964(原文ママ)

 

金井一薫さんを表すアイコン

そうです。

「看護は自己犠牲の精神とは無縁なんだ!」と本当に驚きました。

 

それまでは、いわゆる“白衣の天使”として身を粉にして働くのが看護師、と言われ続けていたと思うんです。

それはなんだったんだろう…と。

 

ナイチンゲールが“白衣の天使”像を唱えていた人だと思い込んでいたから、ギャップがすごかったんです。

彼女が書いたものをもっと読みたいと渇望するようになりました。

 

そこで、看護師として臨床で働きながら、ナイチンゲール思想をテーマにした論文を書こうと思いました。

当時は看護学を研究できる場所がなかったので、慶應義塾大学文学部の通信教育課程に入って、哲学や歴史の部門で研究に取り組みました。

 

指導教授は、「ナイチンゲールは知らないけど、研究のやり方は教える」と言ってくれたんです。

そこでの教えは、とにかく「一次資料(※)を読み込む」ということ。

 

研究に取り組むものとして当たり前のことかもしれませんが、この頃に研究者として基本的な手法を身につけました。

(※)独自性がある大本の資料や原典、元の文献そのもののこと。

 

●金井さんの歴史(1)ナイチンゲールとの出会い

ナイチンゲールとの出会いを表す金井さんの歴史。1969年 東京大学医学部付属看護学校を卒業。その後東京大学医学部附属病院に看護師として勤務。『ナイチンゲール書簡集』を読み、雷に打たれたような衝撃を受ける。そして、慶應義塾大学 文学部(通信制)に入学。病棟勤務の傍ら、ナイチンゲール研究を開始。

 

驚いているカゲさんを表すアイコン

臨床をしながら、研究者としての活動を開始されていたのですね…。

すごい…!

 

 

一筋縄ではいかなかった「現代社」の設立

小南吉彦さんを表すアイコン

ちょうどその頃、神田で『看護覚え書』を発見した高田くんが、独立して出版社を立ち上げるっていう話でした。

 

私は働きながら早稲田大学で、心理学の夜間部に編入生として通っていたんですが、会社を辞めて高田くんと一緒に現代社をやろう、という気持ちでした。

 

現代社は、早稲田に近い場所に会社を構えるという話でしたし、時間的な融通が効くな、と思ったので。

 

現代社の建物の前に並ぶ小南さんと金井さん、かんごるーちゃんの写真。

現代社は早稲田大学にほど近い早稲田鶴巻町にある

 

驚いているカゲさんを表すアイコン

おぉぉ…!小南さんも、金井さんと一緒で仕事の傍ら研究者として学問に従事されていたのですね。

 

小南吉彦さんを表すアイコン

はい。そのつもりで、男4人で現代社を早稲田の近くに作ったわけです。

その後、いろいろあって結局、僕一人が残ったんです。

 

ノーマルなかげさんのアイコン

そうだったんですね…!

 

小南吉彦さんを表すアイコン

そのあとはもう大変でしたよ。

会社もなんとかしなきゃいけないし、大学にも行きました。

心理学のコースを修了するまでに、6年くらいかかってしまって「君、頼むからそろそろ卒業してくれ」と言われたくらいでしたね。

 

考えているカゲさんを表すアイコン

そんな経緯があったんですね…。

 

小南吉彦さんを表すアイコン

だから、なんとか売れる本を作らなきゃいけないし、必死ですよね。

会社ができて約2年後に『看護覚え書』(初版)を出版しました。

これは、ナイチンゲールによる『看護覚え書』の3つのバージョンのうち、初版を訳したものです。

 

『看護覚え書』の3つのバージョン

驚いているカゲさんを表すアイコン

『看護覚え書』って3つもバージョンがあるんですか!?

 

金井一薫さんを表すアイコン

はい。

ナイチンゲールが書いた「初版」は、イギリスで1859年12月末に出版されました。

発売後、1カ月で1万5000部も売れたそうですよ。

 

『看護覚え書』の初版本(原書)の写真。木の箱で大事に保管されている。

『看護覚え書』の初版本(原書)

 

小南吉彦さんを表すアイコン

この初版本を見ると小さいでしょう?

当時のイギリスの人口は3千万人。本が読める裕福な層は限られていました。

そこで、ナイチンゲールは出版社に頼み込み、フォントサイズを落として、小さな本に詰め込んだんです。

 

なおかつ「ナイチンゲールの本だから売れるだろう」って、本人も出版社も見込んだんですよね。

 

金井一薫さんを表すアイコン

当時、ナイチンゲールはクリミア戦争から帰ってきた直後。

その知名度もあって、飛ぶように売れたんですよね。

 

当時のイギリスでは、看護師は身分が低く、下層階級の女性がやる仕事だった。

それが、ナイチンゲールが『看護覚え書』を書いたことで、「これは小説よりも面白い!」と広く読まれ、看護に対する新しい考え方が広まっていったんです。

書評もたくさん出ましたしね。

 

初版から約8カ月後、ナイチンゲールはすぐに改訂「第2版」を出すんです。

1860年7月のことです。

 

これは、看護師向けに書かれたもので、ナイチンゲール看護学校の教科書としても採用されました。

 

 

『看護覚え書』第2版の発見

小南吉彦さんを表すアイコン

日本で初めて第2版を発見したのは私なんです。

1972年に渡英した際に、大英博物館で手に入れました。

 

ノーマルなかげさんのアイコン

おぉ!イギリスに行かれたんですね。

 

小南吉彦さんを表すアイコン

はい。

初版本を翻訳・出版したあと、『看護覚え書』には改訂補完版があるようだ、という情報を得ていました。

同時に、ナイチンゲールの著作はどうやら膨大なようだと。

 

そこで、2カ月くらいイギリスに滞在して、大英博物館に毎日通って調査したんです。

『看護覚え書』の第2版を含め、ナイチンゲールの著作150点ほどに目を通しました。

 

金井一薫さんを表すアイコン

日本で読みつがれているのは、このとき発見された第2版です。

 

3冊の看護覚え書の写真。写真中央が、『看護覚え書』の第2版が収められたルーシー・セーマー著『ナイチンゲール著作選集』(原書)。

写真中央が、『看護覚え書』の第2版が収められたルーシー・セーマー著『ナイチンゲール著作選集』(原書)

 

驚いているカゲさんを表すアイコン

そうなんですね!

これが第2版だということは、まったく知りませんでした…。

 

小南吉彦さんを表すアイコン

世界的にも、第2版がこれだけ広まっているのは日本だけのようです。

通常、「初版本」が貴重品であり、価値が高いものとして扱われることが多いと思います。

文学作品は特にそうですね。

 

でも、ナイチンゲールの『看護覚え書』は文学作品ではなく、一種の論文です。

第2版の改訂増補版のほうが、内容が進歩している。

それは自明です。

 

だから、日本の看護学生・看護師には「第2版」を読んでほしいですし、現状そうなっていますね。

 

ノーマルなかげさんのアイコン

そうなんですね!

ではどうして、第3版は翻訳なさらなかったんですか?

 

金井一薫さんを表すアイコン

第3版は、ナイチンゲールがさらに多くの人にこの本を読んでもらうために作ったバージョンです。

富裕層以外にも購入できるように、廉価版(労働者階級版)として内容をコンパクトにまとめているんです。

 

それでも、こんなふうに余白がなく内容がギッチリ詰め込まれているんです。

 

ナイチンゲールの看護覚え書の第3版のページを開く写真。第3版はページ数が少なく、ほとんど余白なく印刷されている。

第3版はページ数が少なく、ほとんど余白なく印刷されている

 

金井一薫さんを表すアイコン

初版本は当時の日本円で考えると1万円くらいだったみたいなんですが、第3版は350~500円くらい。

多くの人に読んでもらいたいというナイチンゲールの気持ちが伝わってきますよね。

 

小南吉彦さんを表すアイコン

なので、一番内容が充実しているのは「第2版」なんです。

看護学生・看護師が読むには「第2版」が一番ですね。

 

 

研究者としての二人の出会い

ノーマルなかげさんのアイコン

お二人の出会いはどのようなものだったんでしょうか。

 

金井一薫さんを表すアイコン

先程お話したように、私は看護師をしながら慶應大学でナイチンゲールの研究を始めていました。

そこでの教えが「一次資料を当たりなさい」でしたので、とにかくナイチンゲールの本がありそうな図書館を片っ端から探していったんです。

 

でも、どこの図書館を探しても、二次資料・三次資料はあっても原典・原書がないんですよ。

それでいくつか場所を変えて広げていって、最後は母校の東京大学に行き着きました。

 

東大の資料館や図書館の資料を借りるために必要だったので「研究生」という形で籍を置きました。

 

そうこうしているうちに、東大の教官に「ナイチンゲールを調べるんだったら、これから翻訳する人がいるから、そこに行ってみたら?」って言われたんですよね。

それで現代社に出向いたんです。1972年のことですね。

 

喜んでいるカゲさんを表すアイコン

おぉ!お互いに研究者として出会ったんですね。

 

金井一薫さんを表すアイコン

一応…。

でも、現代社に行って初対面の小南に「『看護覚え書』は何回読みましたか?」って言われて。

「それほど読んでません…」と言ったら、

「とにかくよく読んで、もう1回来なさい」と。

 

「あぁ、この人が指導教官になってしまったな…」と思いましたね。

出会いはこんな感じです。

 

小南吉彦さんを表すアイコン

それから何年かかかって、ナイチンゲールの主要な著作を現代社で訳し、『ナイチンゲール著作集Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ』を出版しました。

これは、日本翻訳出版文化賞と日本翻訳文化賞の両方をもらうことができました。

現代社としての大きな功績です。

 

日本翻訳出版文化賞と日本翻訳文化賞を受賞した『ナイチンゲール著作集』の写真。この中に『看護覚え書』第2版の翻訳も収められている、

日本翻訳出版文化賞と日本翻訳文化賞を受賞した『ナイチンゲール著作集』。この中に『看護覚え書』第2版の翻訳も収められている

 

●小南さん・金井さんの歴史(1)研究者としての二人の出会い

研究者としての二人の出会いに関する小南さん・金井さんの歴史。1972年 小南さん渡英。2ヶ月をかけて大英博物館でナイチンゲールの著作を調査。その後、互いにナイチンゲールの研究者として、小南さん、金井さんが出会う。1973年 『看護覚え書』(2版)の翻訳書を出版(現代社)。

 

喜んでいるカゲさんを表すアイコン

おぉ…!!!素晴らしい功績ですね。

1972年にお二人が出会い、現代社では1973年に第2版が出版され…。

お二人の研究はまだまだ続きます。

 

次回も、お二人の歴史を紐解いていきます!

 

第4回に続く)

 

取材時撮影:kuma*

文・編集/坂本綾子(看護roo!編集部)

 

●新刊

金井一薫 著

現代社白凰選書 48

新版・ナイチンゲール看護論・入門

―『看護覚え書』を現代の視点で読む―

(2019年6月27日発行)

 

●ナイチンゲール研究所

[ホームページ]

新しいナイチンゲール看護研究所

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小南 吉彦(こみなみ・よしひこ)

小南 吉彦さんを表すアイコン

●主な経歴
1966年8月
現代社を設立
1968年4月
『看護覚え書』(第1版)を出版
1973年2月
『看護覚え書』(第2版)を出版
1974年6月~1977年3月
『ナイチンゲール著作集Ⅰ~Ⅲ』を出版
1981年5月
『フロレンス・ナイチンゲールの生涯』を出版

金井 一薫(かない・ひとえ)

金井一薫さんを表すアイコン

●主な経歴
1993年1月~2008年3月
日本社会事業大学社会福祉学部 福祉援助学科 講師・助教授を経て教授
2008年4月~2009年3月
東京有明医療大学設立準備室
2009年4月~2013年3月
東京有明医療大学 看護学部看護学科 教授・看護学部長
2013年4月~2015年3月
東京有明医療大学 看護学部 看護学科 特任教授
2015年4月~
東京有明医療大学 名誉教授
2017年10月~
徳島文理大学大学院 看護学研究科 教授
2019年6月
『新版 ナイチンゲール看護論・入門』出版予定(現代社)
著書・論文多数

 

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総合病院で働き、絵を描く看護師です。医療の勉強に役立つ(てほしい)絵や仕事でのほっこり話などを発信しています。

 

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