人のつらさはわからないー「わかります」の一言が患者さんを傷つけた話
緩和医療専門医

皆さん、こんにちは。
看護師としてさまざまな患者さんと関わる中で、患者さんからつらさを訴えられることも少なくないでしょう。
中には「新人看護師でもできる!患者の「つらさ」を和らげるかかわり」という以前の記事を読んで、実践してくださっている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
患者さんのつらさに寄り添おうと、日々努力されている姿が目に浮かびます。
しかし今日は、その実践の中で陥りがちな落とし穴についてお話ししたいと思います。
それは「わかります」という言葉です。
「わかります」と言って怒られてしまった経験
ある日のことです。
大腸がんで人工肛門造設術を受けられた50代の女性患者さんが、ストーマケアのつらさを語っていました。
聞いていた若い看護師が「つらいですよね、わかります」と声をかけました。
すると患者さんは「あなたに、私のつらさがわかるわけがないでしょう!」と怒り出してしまったのです。
確かに患者さんは精神的に不安定な状態だったかもしれません。
でも、実際に人工肛門を体験したことのない人間に「わかります」と言われて、むしろ傷ついてしまったのです。

私たちは本当に「わかる」のでしょうか?
私たち医療者は、多くの患者さんの苦痛や悩みに接してきました。
そして、そのつらさをわかりたいと思っています。
だからこそ、つい「わかります」と言ってしまいたくなる。
でも、それは本当に患者さんの気持ちを理解していることになるのでしょうか?
「わかります」という言葉に逃げてしまってはいないでしょうか?
同じ病気、同じ治療を経験した人でさえ、その人それぞれの人生背景や価値観によって、感じるつらさは異なります。
まして、経験していない私たちが、本当の意味で「わかる」ことはできないのです。
実際に患者さんから聞かれた言葉をいくつか紹介します。
「乳がんの手術をして、抗がん剤治療も終わったのに、また再発するんじゃないかって不安で。でも、周りの人は『もう治ったんだから大丈夫よ』って。この気持ち、わかってもらえないんです」
「膵臓がんで転移していると言われて...死ぬことを考えると眠れなくて。家族にも『大丈夫だから』って言われるけど、私の不安な気持ちはわかってくれないんです」
このように、たとえ周囲が安易な励ましの言葉をかけても、むしろそれが患者さんの孤独感を深めてしまうことがあります。
看護師として大切にしたいことは…

では、患者さんたちのつらさを「わかる」ことができない私たちは、一体どうすれば良いのでしょうか。
以下にその解決策をいくつか示してみます。
1まずは「聴く」ことに徹する
・「わかります」という言葉で、安易に理解を示そうとしない
・患者さんの言葉に耳を傾け、その気持ちを受け止める姿勢を示す
・沈黙も大切にする。急いで何かを言わなければと思わない
2言葉を「返す」
・患者さんの言葉をそのまま返す。
例:「身体がだるいんですね」「眠れない夜が続くのがつらいんですね」
※これだけでも、患者さんは「話を聴いてもらえている」と感じられる
・時には、うなずきや相づちだけでも十分なことがある
3経験知を活かした対話へ
・私たちが多くの患者さんと関わってきた経験から、予測される困りごとを共感する
例:人工肛門の患者さんには「温泉に行くのが難しくなりますよね」
・患者さんが「そうなんです」と返してくれる対話を目指す
・ただし、患者さんの受け止めを超えて、先回りしすぎないよう注意する

私たち医療者は、患者さんのつらさを「わかりたい」と思っています。
でも実際に病気を体験しているわけではない私たちは、真の意味で「わかる」ことはできないと認める必要があります。
でも諦める必要はありません。
「わかろう」とするのではなく、「わからないけれど、一緒に考えていきたい」という姿勢は必ず患者さんに伝わります。
つらい人に関わることは、簡単なことではありません。
完全には理解できなくても、その人のつらさに耳を傾けて、関わり続ける。
それが、私たちにできる最も大切なことなのかもしれません。
時には、「私にはあなたの気持ちを完全には理解できないかもしれません。でも、あなたのお話を聴かせていただけませんか」と正直に伝えてもいいかもしれません。
その謙虚さと誠実さこそが、実は患者さんの心に届く看護なのではないでしょうか。
この著者の前の記事
永寿総合病院 がん診療支援・緩和ケアセンター長廣橋 猛
2005年東海大学医学部卒。三井記念病院内科などで研修後、09年緩和ケア医を志し、亀田総合病院疼痛・緩和ケア科、三井記念病院緩和ケア科に勤務。14年2月から現職。また、病院勤務と並行して、医療法人社団博腎会野中医院にて訪問診療を行う二刀流の緩和ケア医。日本緩和医療学会では理事として、緩和ケアの広報、普及啓発、専門医教育などの活動を行っている。「がんばらないで生きる がんになった緩和ケア医が伝える「40歳からの健康の考え方」(KADOKAWA)」など著書複数。
編集:宮本諒介(看護roo!編集部)
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