「怖い話の話」―看護師が体験した怖い話【最終話】
看護師が実際に体験した怖い話(?)を全5回にわたってお届けする本企画。
最終話となる今回は、「意味がわかると怖い話」です。
怖い話が嫌いな人は、今すぐお戻りください。
怖い話を読むのが好きな人は、どうぞお気を付けください。
夏の怪談―看護師が体験した怖い話
最終話「怖い話の話」

私は怖い話が嫌い。
怖い話をしている人も嫌い。
怖い話を読んで怖がってる人は、もっと嫌い。
そういう人は、いなくなればいいのに。
*
だからあの日も、行かなきゃよかった。
看護師なのに廃病院で肝試しだなんて、不謹慎極まりない。
しかも、友人カップル2組と私の計5人って。
暇だから参加したけど、先にメンバーを聞いておけばよかった。
目的地は地元で有名ないわく付きの病院らしい。
もちろん立ち入りの許可なんて取ってない。
季節は夏だった。
夜は蒸し暑いはずなのに、なんだか空気がひんやりしてる。
明らかに、入っちゃいけない空気。そういうのって、ほんとにあるんだと思った。
*
夏になると、いろいろなところでいろいろな怖い話を見たり聞いたりする。
テレビでも、雑誌でも、ここみたいなインターネットのなかでも。
スマホとかパソコンとかで、夜に1人で怖い話を読んでる人がいる。
暑くて眠れなかったはずなのに、今度は怖くて眠れなくなる。
なんの意味があるの?
怖いなら見なきゃいいのに。私にはわからない。
*
廃病院に向かうまでの車中は大盛り上がりだった。
どこで仕入れてきたのか知らないけど、よくもまあ次から次へと怖い話が出てくるもんだなと思った。
目的地にどんな「いわく」があるのか知りたくて聞いてみたけど、「急かすな」って笑われた。
これから心霊スポットに行こうとしてるのに、楽しそう。
私はそうでもないけど、みんな好きなんだ、怖い話が。
*
みんな、知らない。
怖い話が好きな人に限って、知らない。
みんな、怖い話に怖がるけれど、頭のどこかで「つくり話」って思ってる。
そう、世の中にあふれてる怖い話のほとんどが、「これは実話です」って前置きしてある、つくり話。
でも、「火のないところに煙は立たない」っていうでしょ。
もともとはほんとに起こったことが、誰かの頭のなかで自然に、それか、わざと変えられたもの。
その話が広がって、変えられて、また広がって――それを繰り返してるだけ。
だから、話のどこかには、ほんとうに起こったことが書かれてあるはず。
*
20●号室。ここが目的の病室らしかった。
私を除く4人は、車内でもったいぶって話さなかった「本題」を、ようやく切り出した。
「この病室に入院してた女が首吊って自殺したんだってさ。最初に発見したのは看護師。パニクって助けを呼びに行ったんだけど、戻ってきたら、さっきまでぶら下がってた女がいなくなってた」
「え、違うだろ。入院してたのは全身が不自由だった女。そのベッドで寝てたらしいぞ。で、夜中に病院に入ってきた頭がオカシイ男に殺されたんだ。死体はぜんぶバラされて、トイレに流されたってよ」
ほかの2人も怖い話が好きなだけあって、この病室にまつわる話を知ってた。
でも、やっぱりどこか違う内容だった。
女の死体が消えた、ってこと以外は。
*
どんな話にも、誰かの想いが息づいてる。あなたにもあるでしょ、想い。
誰かが好きとか、あれが欲しいとか、これを伝えたいとか、そういうやつ。
何度もかたちを変えて、ぐちゃぐちゃになっても、その話には、息づいてる。
知らなかったでしょ。
じゃあ、真実から変わってしまって、どんどん増えてしまった話に息づく想いは、薄まると思う?
正解は、その逆。
*
ほんとに最悪。ほんとに来なければよかった。
どこかに携帯を落とした。気付いたのは車まで戻ってきたとき。
女友達の1人は具合悪いとか言うし。
その彼氏は残るって言うし。
もう1人の子は「もう怖いから行きたくない、そばにいてよ◯◯くん」とか言うし。
なんなんだよコイツら。本気で友達やめようかと思った。
とにかく、私は携帯電話を借りて、自分の番号にかけながら探すことにした。
どこかでブーブー鳴ってるはず。
*
想いって、ほんとにすごい。
どんなに話が変わっても、たとえ文字になっても、ぜんぜん消えない。
それどころか、どんどん濃くなる。
「どうしてそんなことがわかるの?」って思った?
むかし看護師をしてたとき、患者さんの想いを考えろって怒られまくったから。
っていうのはウソ。
ほんとは、想いに触れているのはあなただけじゃなくて、想いも、あなたに触れているから。
*
あった、私の携帯。
「こんなところ通った覚えない」なんてことはなくて、さっきの20●号室に落ちてた。
屈んで携帯を拾う。床が黒く染みてて気味が悪い。
幸い、携帯は壊れてなかった。ボタンも押せるし、ヒビも入ってない。
そうだ、「見つけたよ」って電話しなきゃ。
でも、つながらなかった。
いや、つながるんだけど、なにも聞こえない。
電波が悪いのかな。
もう一度画面を確認してみた。
やっぱり異常なし。
急に怖くなった。
早く戻りたい。
そう思ったとき、携帯が「ブーブー」と鳴った。
友達からだと思ったけど、画面に友達の名前は映ってなかった。
でも、映ってた。
知らない女の顔が。
私のことを面白がってる人は、みんな消えればいい。
そんな、負の想いが息づいた顔が。
ああ、ほんとに、来なきゃよかった。
*
あなたはスマホ? それともパソコン? どっちでもいいけど。
画面越しに、想いはあなたを見ている。
忘れないで。
この話がどこまで変えられてて、どこに真実があるのか、私にはわからない。
でも、想いは息づいてる。
忘れないで。
画面を真っ暗にしたとき、そこにあなたの顔は映るかな。
となりに、うしろに、もしかしたら上とか下のほうかもしれないけれど。
なにもいないといいね。
*
あの日、私は帰れなかった。
でもきっと、あの4人が伝えてくれたはず。
伝えられた話に付属していたはずの同情は、伝播するたびに洗われて、いつか綺麗さっぱりなくなる。
そうやって、私の話はただの怖い話になって、変えられて、広まって、変えられて、どんどん広まって――。
*
私は怖い話が嫌い。
怖い話をしている人も嫌い。
怖い話を読んで怖がってる人は、もっと嫌い。
そういう人は、いなくなればいいのに。
それが私の、想い。
おわりに
次回の怖い話は今のところありませんが、場合によっては続編も検討いたします。
はじめ(第一話)からご覧になっていない人は、ぜひそちらもお読みくださいね。
おそい時間帯に読むと、ちょっと怖いかもしれませんが……。
前と後ろをしっかり確認してから読むことをおすすめします。
だいじょうぶです、たぶん、何もいませんから。
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