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2016年08月09日

その同意書、あなたの家族だったらサインしますか?看護師としての選択、家族としての選択

看護師にとっては、治療に入る際のIC(インフォームドコンセント)や手術前同意書をとることなどは、日常的な一業務だ。

差し迫った選択を迫られる患者や家族に対して、本人や家族の気持ちに沿って援助するのが、看護師の仕事である。

そのため常に「自分だったらどうなのか」「でもこの家族にとっては?」「最良の選択とは」を考える。

 

考えている、はずだ。

でも本当にそうだろうか。

 

看護師としての選択、家族としての選択

【たかはしまりこ】看護師8年目。脳神経外科病棟で勤務後、子育てとの両立のため特別養護老人ホームに転職。現在も施設看護師として勤務中。

 

 

医療現場での「選択の連続」が持つ意味

現在の医療では、患者本人や家族に治療や延命に対する選択を迫る機会が多い。

例えば「治療はしますか」「延命はしますか」「手術はしますか」「薬は必要ですか」など、ここまで選択しなくてはいけないのかというほど〝医療の選択”は山ほどある。

 

治療方法が増えたことによって、選択の幅は広がった。しかしそれは同時に、「選択しなければならない」ということでもある。

 

たとえば、端的な選択の例として「手術」が挙げられる。

どんな手術であっても、必ず事前に説明と同意が必要であり、それを証明するための同意書が不可欠だ。

手術同意書といっても、術式によっては麻酔関連の同意書もあるし、術後の安静に対する同意書もある。同意書だけで何枚もサインを書かなければいけないほど書類がある。医師はその手術の内容やリスクに関して説明し、患者や家族はそれを聞いて納得し、同意書にサインする。

 

しかし患者の真意を聞いてみると、多くの人が

「難しくて良く分からないが先生に任せる」

「先生に任せれば大丈夫だろう」

あるいは

「合併症なんてほとんどが起こらないはずだ」

と考えているという。

 

たくさんの重い選択を、体調の優れない中だったり、急なことに動転する中で決めなければならないのだ。しかも、ほぼ初めて聞くような医療の専門的な用語や内容の連続で、そんな選択が、果たして自分だったらできるだろうか。

 

「お母さんがちゃんと説明を聞いていなかったんじゃないですか」

私は自分の子どもが手術をすることになったとき、すぐに手術同意書にサインすることができなかった。 

 

その同意書を目の前に出されたときに、数パーセントの合併症の可能性や、分かっているはずのリスクに対して、考えこんでしまったのだ。同意書の用紙に記載されていない細かな合併症だって考えられる。
色々悩み、考えて結果的には同意したのだが、どうしても考えずにはいられなかった。

 

そして手術後に、同意書に記載されていなかった合併症が起こった。

だが、病院に質問すると、主治医からは「お母さんがちゃんと説明を聞いていなかったんじゃないですか。」と言われた。

 

合併症の症状はそれほど重くなく、医療者から見れば大きな問題ではなかったかもしれない。しかし、私にとっては子どものことだ。とても重大だった。

私の場合は極端な例かもしれないが、実際に双方(医師・患者とも)に思ってもいなかった事態が起こることだってあり得る。それも含めて「同意」なのである。

 

当事者としての「選択」に看護師の経験は関係ない

私は外科での経験が長かったので、手術同意書や、それと同時にとる全身麻酔の同意書には慣れている。麻酔に対する経過も起こりうるリスクも十分理解しているし、疾患や治療や薬に関しても知識は最低限持っている。

 

少なくとも私はそう思っていた。

しかし、いざ自分の家族のことを選択しなければいけなくなったときに、初めて実感した。

 

慣れているからといってすぐにサインできるほど、この同意は軽くない。

 

いつも自分が見ている同意書とほとんど変わりはない。

何度も似たような説明を聞いていたはずだった。患者の立場に立って何度も繰り返し考えたはずの内容だった。

それでもすぐ同意はできなかったのだ。

 

私は患者に対して、どこか他人事と思っていたのか・・・とショックを受けた。

それほど、いざ自分がサインするということは、重大だった。

もしものことが起こらない保証はない。可能性がどれだけ低くてもリスクがあり、それでも良いと納得しなければ同意はできない。もし「何か」が起こったとしたら、同意しサインをしたその人の責任にもなる。それを担う証明が「同意」ということなのだから。

 

私は子どもに数パーセントでも何か起きる可能性があるなら、その治療に同意したくないと思ってしまった。

自分のことであればまた違ったのかもしれない。自分であれば、自分の責任で選択したのだからどういう結果になったとしても諦めがつく。しかし、自分以外の大切な人の事となると、なおさら重い選択になるのではないだろうか。

 

それは手術や治療に関する同意だけではない。

前回のテーマでもある、延命に対しても同じことが言える。「治療をしない」という選択も、一つの医療行為の選択だ。

 

看護師として「患者の選択」にどう向き合うか

看護師である私たちは、日常業務で患者や家族に迫っている選択を、自分や大切な家族に迫られた場合、同じように「選択」できるだろうか。

医療者の立場として家族から意見を求められることも多いだろう。いざ自分がサインするとなったら…どうだろうか。

 

そう考えると、当たり前のように日常的に繰り返す場面、「患者や患者の家族が選択する」瞬間が、違って見えてくるような気がする。

私たちにとっては「いつもの同意書」であっても、家族にとっては重い選択なのだと。

 

だからといって、業務は毎日降ってくる。

自分に置き換えることが、看護師としての仕事のやりにくさを生むかもしれない。

考えるか考えないか。それも、選択の一つだ。

 

 

【他の記事】

病院と施設での死のちがいとは?元脳神経外科ナースの看取り観

 

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コメント一覧(2)

2匿名2016年08月10日 12時53分

自分の同意書も家族の同意書も、必ずリスクはある。しかし、数パーセントでも健康な身体になる可能性があるからサインしてきた。

1匿名2016年08月09日 10時59分

個人としての生命観、死生観を持つことが重要だと思います。様々な医療の発達に人間の心が追い付いてないですね…。

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