妊婦のシートベルト着用方法

『新訂版 周産期ケアマニュアル 第3版』(サイオ出版)より転載。
今回は妊婦のシートベルト着用方法について解説します。

 

一杉正仁
滋賀医科大学医学部教授

 

 

妊婦の外傷

外傷は、妊婦の死因として産科的問題に次いで多い。外傷では、作用する外力(加速度)の大きさと持続時間、作用部位などが損傷発生に大きく影響するが、さらに妊婦では、妊娠時期によって母児への影響が異なる。すなわち、妊娠の進行とともに子宮が大きくなり、妊娠後期には腹部で突出しているため、直達外力を受けやすくなる。さらに胎盤の位置もさまざまであり、胎盤に直達外力や加速度が作用することもある。

 

外表に明らかな変化がない場合や腹部痛、性器出血などを訴えない場合には軽症の外傷と認識されるが、胎児にはさまざまな外力が加わっている。事実、妊婦が負う外傷の約9割は軽症と考えられている。しかし、外傷後の胎児死亡のうち6~7割は軽症であったという1)。したがって、外傷の重症度に関係なく、胎児の状態を慎重に観察する必要がある。

 

 

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妊婦と自動車運転

近年、女性の社会進出が進むにつれて女性ドライバーも増加しつつある。とくに内閣府男女共同参画局は女性の参画が少ない分野での就業支援を進めており、女性の職業運転者を増加させる目標を掲げた。

 

このように女性ドライバーが増えると、妊婦が自動車を運転する機会も増加する。妊婦を対象にした著者らの調査によると、9割以上の女性が妊娠後も運転を続けていた2)。そして、目的として、買い物、仕事、通院などが多かった3)。妊婦が受ける外傷のなかで、交通外傷が最も多く、妊婦の約2~3%は妊娠中に自動車事故に遭遇するという4),5)

 

自動車乗員保護装置としてシートベルトが広く知られており、その有用性は科学的に検証されている。わが国では道路交通法によって、すべての座席でシートベルトを着用すべきことが義務化されている。

 

妊婦においても例外ではなく、正しいシートベルトの着用が胎児の傷害や胎児死亡を低減することも証明されている6)。シートベルトは衝突時に乗員を適切に拘束することを目的とし前方移動を抑制する。着用時に骨格が固定されるよう、一側の鎖骨中央、胸骨中央、左右の上前腸骨棘上を通るように着用する。身長によって、シートベルトの走行位置が変わることもあるため、運転席や助手席ではベルトアンカー位置が上下に調整できるようになっている。妊婦でも基本的な着用位置は同じである。

 

しかし、肩ベルトが突出した子宮上を通過しないように、やや左右によけること、腰ベルトは、腹部のなるべく低い位置にかかるようにするなどの工夫が必要である(図1)。

 

図1 正しいシートベルトの着用法

 

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シートベルト着用時の注意

妊娠中にシートベルトを着用することが不快感になる妊婦がいる。シートベルトが身体を拘束することを嫌がり、ストッパーを用いてベルトを緩める、あるいはシートベルトと身体の間にタオルなどを挟むことがある。

 

しかし、このような行為はシートベルトの拘束力を低下させるため、事故時に大きな損傷を負う可能性がある。また、近年では腰ベルトの一部を大腿部に接触させるオプション装置も散見されるが、このような装置については、法規で定められた衝突試験によって安全性が確立されていない。非妊娠時と同様にシートベルトを正しく着用するべきである。

 

次に、シートベルトは正しい位置に着用しなければならない。骨格が固定されることが原則であるが、肩ベルトが高い位置を走行して頸部に接触する、腰ベルトが上方にずれて腹部を走行すると、急な加速度変化によって頸部や腹部に外力が加わり、予期せぬ損傷が発生し得る。とくに、自動車の後部座席ではシートベルトアンカー位置が調整できないことが多く、正しい位置に着用されていないことがある。

 

筆者らは身長が低い妊婦が後部座席に乗車した場合、シートベルトが頸部にかかり、衝突時に頸部を強力に圧迫する現象を確認した7),8)。したがって、身長が低い妊婦は、シートベルトが適切な位置にフィットするよう、ブースターシートなどを使用して座面を高くする必要がある。

 

 

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シートベルト着用に関する誤解

一部の妊婦は、妊娠中であれば自動車乗車時のシートベルト着用が免除されると誤解している。これはシートベルトの着用を免除される「政令で定めるやむを得ない理由」として「負傷若しくは障害のため又は妊娠中であることにより座席ベルトを装着することが療養上又は健康保持上適当でない者が自動車を運転するとき」という記載が道路交通法施行令にあることによる。

 

筆者らは、妊婦ダミーを用いた医学・工学的検討によって、妊婦が正しくシートベルトを着用すると、衝突時に子宮にかかる外力を低減でき、母児の安全確保につながることを明らかにした9),10)。この結果に基づいて、「交通の方法に関する教則」に妊婦に対するシートベルト着用の徹底が追記された。したがって、妊婦も自動車乗車中にはシートベルトを着用しなければならない。

 

また、妊娠中にシートベルトを着用することが、かえって胎児に悪影響を及ぼすと考えている妊婦もいる。前記の工学的検討で、シートベルトを着用することで、衝突時の前方移動を抑制でき、腹部とハンドルとの接触が回避されること、衝突による子宮内圧変化が軽減されることが明らかにされている。したがって、シートベルトを正しく着用することによる不利益はない。

 

さらに、エアバッグによる加害性を憂慮する妊婦もいる。エアバッグは、シートベルトを正しく着用することを前提として、乗員拘束を補助する装置である。前面衝突後に時速約300kmで展開するため、前席で前傾姿勢などをとっていると危険である。正規の着座姿勢では、エアバッグは顔面方向に展開し、主として顔面が接触する。すなわち、突出した腹部や胸部には影響を及ぼすことはない。

 

 

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引用・参考文献

1)El-Kady D, Gilbert WM, Anderson J, et al: Trauma during pregnancy: an analysis of maternal and fetal outcomes in a large population. Am J Obstet Gynecol, 190: 1661-8,2004
2)川戸 仁、一杉正仁、本澤養樹、他:妊婦自動車乗員の交通安全に対する実態調査-シートベルト着用を中心に、日交通科協会誌、9:16~21、2009
3)一杉正仁、川戸 仁、宇田川秀雄、他:妊婦自動車乗員の快適性向上への対策-妊婦自動車運転手を対象にした調査解析、日職災医誌、59:85~9、2011
4)Morikawa M,Yamada T,Kato-Hirayama E, et al:Seatbelt use and seat preference among pregnant women in Sapporo,Japan,in 2013,J Obset Gynaecol Res, 42:810-5,2016
5)Muench MV, Canterino JC: Trauma in pregnancy. Obstet Gynecol Clin North Am,34: 553-84, xiii, 2007
6)Klinich KD, Flannagan CA, Rupp JD, et al: Fetal outcome in motor-vehicle crashes:effects of crash characteristics and maternal restraint. Am J Obstet Gynecol, 198:450.e1-9, 2008
7)Hitosugi M,Koseki T,Kinugasa Y,et al:Seatbelt paths of the pregnant women sitting in the rear seat of a motor vehicle,Chin J Traumatol, 20:343-6, 2017
8)Hitosugi M, Koseki T, Hariya T, et al: Shorter pregnant women restrained in the rear seat of a car are at risk for serious neck injuries: biomechanical analysis using
pregnant crash test dummy. Forensic Sci Intern, 291: 133-7, 2018
9)Motozawa Y, Hitosugi M, Abe T, et al: Effects of seat belts worn by pregnant drivers during low-impact collisions. Am J Obstet Gynecol, 203: 62e1-8, 2010
10)Motozawa Y, Hitosugi M, Tokudome S: Analysis of the kinematics of pregnant drivers during low-speed frontal vehicle collisions. Int J Crashworth, 15: 235-9, 2010

 


 

本連載は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。

 

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[出典] 『新訂版 周産期ケアマニュアル 第3版』 編著/立岡弓子/2020年3月刊行/ サイオ出版

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