アメリカと島根に頻発する抗がん剤アレルギー。その犯人は?

堀向健太ほむほむ@アレルギー専門医

小児科医・アレルギー

 

こんにちは。
東京慈恵会医科大学葛飾医療センター小児科医、堀向健太です。

 

臨床医は、病気と意外な事柄との関連を見出だすことがあります。そして、アレルギーの世界でもそのような事例はいくつも存在します。

 

今回は、そのうちの一つをご紹介します。

 

 

はじまりは、約1万km離れた都市部に頻発する抗がん剤アレルギー

2007年、アメリカのノースカロライナ大学ラインバーガー総合がんセンターのオニール医師は、テネシー州、アーカンソー州、ノースカロライナ州で、直腸がんなどに使用される抗がん剤、『セツキシマブ』によるアレルギーが多いことを報告しました1)

 

セツキシマブとは『バイオ(生物学的)製剤』という薬剤のうちの一つです。すなわち、生体が作る物質をバイオテクノロジーにより作り出した医薬品です。
セツキシマブは、2003年にスイスで初めて認可され、日本でも2008年に厚生労働省により承認を得て使用されるようになっています。

 

本来、バイオ製剤は生体に近い医薬品なので安全性が高いと考えられています。 しかし、その性質から、体に投与したときに『インフュージョンリアクション』という、アレルギーと似た反応を起こすことがあります2)

 

つまり、セツキシマブにもインフュージョンリアクションは見られるということになります。しかし、インフュージョンリアクションを起こしやすい薬剤で見られた反応が、アレルギーかインフュージョンリアクションかを見分けることは簡単ではありません。さらに、セツキシマブの場合、「セツキシマブ自体が何らかのアレルゲンとして作用しているのでは」と考えられるようになっていました。

 

そして2008年、セツキシマブの主成分にある『α-Gal(アルファガル)』という糖鎖がアレルゲンであることが判明しました3)

 

糖鎖とは、もともと細胞の表面や内部に多く存在する物質です。まさに糖が鎖のように繋がった構造をしていて、タンパク質脂質と結合しています(図1)。

 

図1 糖鎖

糖鎖

 

バイオ製剤であるセツキシマブにもこの糖鎖(α-Gal)があり、それが、アレルギーを引き起こしていることがわかったのです。

 

そして、この『α-Gal』こそ、今回の記事の主役となります。

 

オニール医師の報告と同時期、島根大学の千貫祐子医師は、同じ抗がん剤のアレルギーが島根県に多いことに気が付きました。

 

セツキシマブアレルギーはα-Galによるアレルギーだということはわかりました。ではなぜ、テネシー州、アーカンソー州、ノースカロライナ州、そしてそこから約1万kmも離れた島根県でセツキシマブアレルギーが多かったのでしょう?

 

そこをつないだのが、『マダニ』でした。

 

テネシー州、アーカンソー州、ノースカロライナ州はローンスターダニ、島根県はフタトゲチマダニというマダニの生息地域だったのです。

 

実は、マダニの唾液にはα-Galが含まれ、噛まれることでアレルギーになり(感作され)、α-Galを含むセツキシマブに対して、アナフィラキシーが起きやすくなっていたのです4)5)

 

これで、セツキシマブのアレルギーに地域性があることについての疑問は、「マダニに刺されやすい地域に住んでいたこと」が大きな原因であったことが判明し、解決しました。

 

めでたし、めでたし…でしょうか。
しかし、これで終わりではありませんでした。

 

※抗がん剤などの分子標的薬をはじめとしたタンパク製剤の投与中、もしくは投与後24時間以内に現れる有害事象の総称のこと。典型的な症状としては発熱、発疹、呼吸困難感、などのアレルギー反応と似た症状が見られる。

 

抗がん剤アレルギーで見つかった糖鎖α-Gal、食物アレルギーにも関連?

セツキシマブのアレルギーで判明したα-Galアレルギーですが、このα-Galアレルギー患者の86%が、ダニに噛まれた既往があることが報告されています4)

 

実は、α-Galは、ほとんどの哺乳類にあり、特に牛肉や豚肉などの赤身肉に多く含まれています。すなわち、マダニに刺されることで赤身肉アレルギーの原因にもなることがわかってきました。

 

赤身肉に多く含まれるα-Galに対するアレルギーは、食べてから2〜6時間後に発症します。一般的な食物アレルギーより発症までに少し時間がかかることもあり、思った以上に鑑別が難しいアレルギーです。

 

ただ、マダニが生息する地域に住んでいることなど、病歴から想起できやすくなったと言えます。

 

セツキシマブから始まったアレルギーの話はマダニにつながり、さらに赤身肉アレルギーにまでたどり着きました。

 

これで、アレルギーの話の連鎖は終わりでしょうか?…実は、まだ続きます。

 

さらに最近、α-Galアレルギーは、血液型がB型、AB型の方には少ないことがわかったのです。 なぜなのでしょう?

 

α-Galを正確に書くと、『ガラクトース アルファ1,3ガラクトース(galactose-α-1,3-galactose)』となります。

 

α-Galは糖鎖という、糖がつながった構造をしているとお話しました。
血液型B型およびAB型の方は、血液型を識別する部分にこのガラクトースという単糖をもともと含んだ構造をしていて、α-Galに対するアレルギー反応が起こりにくいのです6)

 

つまり、赤身肉アレルギーは、A型、O型の方に起こりやすく、B型、AB型の方には起こりにくいということです。

 

 

さて今回は、糖鎖α-Galでつながるアレルギーについて紹介しました。

 

これらの話は、『病歴』の重要性をまざまざと感じさせます。そして前回の記事でもお話しましたが、ちょっとした普段の診察の気付きを共有することは大事だなと改めて思いますね。

 

普段の診療の中で、何か気がついたことがあれば、共有しながら臨床に活かしていければいいなと思います。

 

このα-Galの話のように、『何か』が隠れているかもしれませんよ。

 

 

執筆

東京慈恵会医科大学葛飾医療センター小児科 助教堀向健太

1998年、鳥取大学医学部医学科卒業。鳥取大学医学部附属病院および関連病院での勤務を経て、2007年、国立成育医療センター(現国立成育医療研究センター)アレルギー科、2012年から東京慈恵会医科大学葛飾医療センター小児科助教。
毎日新聞医療プレミア、Yahoo!個人オーサー(2020年MVA受賞)、ブログ「小児アレルギー科医に備忘録」、Newspicsプロピッカー、音声ラジオVoicy、note、Twitter、Instagramなどで情報発信。著作に『マンガでわかる! 子どものアトピー性皮膚炎のケア(内外出版)』『ほむほむ先生の小児アレルギー教室(丸善出版)』『小児のギモンとエビデンス ほむほむ先生と考える 臨床の「なぜ?」「どうして?(じほう)』など。

 

編集:林 美紀(看護roo!編集部)

 

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