血糖管理はHbA1cを見るだけでは不十分|糖尿病の新管理指標「血糖トレンド」に注目集まる

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古川 湧=日経メディカル

 

 

糖尿病の新しい管理指標として「血糖トレンド」に注目が集まっている。

 

HbA1cで病態を把握するよりも良好な血糖コントロールにつながり、予後も改善すると考えられるため、この血糖トレンドを糖尿病診療に積極的に活用する医療機関が増えてきている。

 


 

血糖トレンドとは、数日間連続で記録した血糖値の変動のこと。近年保険適用となった持続血糖測定器(CGM:continuous glucose monitoring または FGM:flash glucose monitoring)によって、これまで測定時点の「点」でしか把握できなかった血糖値の変動を「線」で捉えられるようになった。

 

東京慈恵会医科大学糖尿病・代謝・内分泌内科准教授の西村理明氏は「HbA1cからは分からない血糖変動の全体像を把握できることがメリット。HbA1cは血糖コントロールの指標としては不十分な面があった」と話す。

 

糖尿病患者の血糖管理は主にHbA1cによって行われるが、HbA1cはあくまで過去1~2カ月の血糖値の平均を表すため、その変動までは把握できない。

 

「例えば夜間低血糖が生じていても、平均化すると食後の高血糖などで打ち消されてしまう。HbA1cはほとんど同じでも、実際の血糖変動は大きく異なる場合がある」(西村氏)。

 

血糖トレンドのイメージ図

図1 血糖トレンドのイメージ図(西村氏提供の1型糖尿病患者の症例を基に編集部で作成) AとBは別症例。点線は平均値の推移を表す。血糖値の基準範囲を70~140mg/dLとして、高血糖と低血糖に着色した。

 

図1に示したAとBの2症例では、HbA1cで見ると症例Aが5.9%、症例Bが6.4%で、0.5%の差があることしか分からない。

 

しかし、血糖トレンドを見ると、症例Bでは高血糖や低血糖を来している時間が長く、HbA1cでの評価以上に血糖コントロールが悪いと分かる。

 

 

HbA1cの管理だけでは心血管疾患を予防できない

血糖トレンドが注目されているのは、近年の大規模臨床試験において、HbA1cの厳格管理が心血管疾患の抑制に寄与しないことを示唆する研究結果が目立ち始めたからだ。

 

例えば2008年のACCORD試験は、2型糖尿病患者のHbA1c目標値を6.0%に設定して心血管疾患が抑制できるかどうかを確認するものだった。

 

しかし、一次エンドポイント(非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中、心血管死の複合エンドポイント)の発生を抑制することはできず、むしろHbA1cを厳格管理した群で死亡リスクが有意に上昇していたことが報告され、世界中の糖尿病専門医に衝撃が走った(関連記事)。

 

国内では2017年に2型糖尿病患者の血糖、血圧脂質の3因子に介入するJ-DOIT3試験の結果が報告された。

 

HbA1cを管理指標として介入を強化した群と従来の治療を受けた群を比較したが、冠動脈疾患などの心血管疾患の発症は有意には抑制されなかった(関連記事)。

 


「血糖変動の是正が心血管死などを抑えるかどうかの検証はこれからだが、アウトカムは改善するとかんがえられる」と話す東京慈恵会医科大の西村理明氏の写真

「血糖変動の是正が心血管死などを抑えるかどうかの検証はこれからだが、アウトカムは改善すると考えられる」と話す東京慈恵会医科大の西村理明氏。

 

HbA1cを低く抑えれば微小血管合併症を抑制できることについては数々のエビデンスがあり論をまたないが、HbA1cを管理指標にしても心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患は防げず、逆に重症低血糖などの有害事象が生じる恐れもあるというわけだ。

 

また、英オックスフォード大学のEleanor Barry氏らは、糖尿病前症患者のスクリーニング・予防介入の基準にHbA1cや空腹時血糖を用いても、糖尿病患者の増加を防ぐ効果は小さいと2017年に報告した(関連記事)。

 

同氏らは、約100件の介入研究などを対象にシステマティックレビューとメタアナリシスを実施。HbA1cや空腹時血糖を指標として糖尿病前症患者をスクリーニングして予防介入を行う戦略の有効性を評価した。

 

その結果、生活指導やメトホルミン投与による予防介入には一定の効果が認められるものの、そもそもHbA1cや空腹時血糖はスクリーニングの指標として感度が低く不正確であると結論付けている。

 

西村氏は「HbA1cへの介入では達成できるエンドポイントの改善に限界がある。血糖変動の是正を指標にした血糖コントロールを行う必要があるのではないか」と話す。

 

 

血糖変動の是正が予後改善につながる

一方、血糖値の日差変動が予後に関係するとの報告が注目されている。

 

2017年に欧州糖尿病学会で発表されたDEVOTE試験のサブ解析(DEVOTE3)では、2型糖尿病患者において朝食前の血糖値の日差変動が大きいほど、重症低血糖および総死亡のリスクが有意に上昇すると報告された(関連記事)。

 

西村氏によると「日内変動が大きい患者は日差変動も大きい傾向にある。日内変動を抑えれば、心血管イベントを減らせる可能性もある」という。

 

血糖値に日内変動をもたらす要因の一つが、食後の高血糖だ。

 

食後高血糖が総死亡や心血管疾患と関連するという報告(Arch Intern Med. 2001 12;161:397-405.)は以前からあり、中でも食後高血糖の抑制が心血管疾患を予防することが前向き介入研究でも示されている(JAMA. 2003 23;290:486-94.)。

 

高血糖状態になるとグルコースが酸化され、活性酸素やフリーラジカルを生じる。これらの産生物質が血管内皮細胞を傷害することで、プラークが破綻して心血管イベントにつながると考えられている。

 

また、夜間の血糖変動に起因する交感神経の亢進が心血管イベントを引き起こしているとの指摘もある。本来夜間は副交感神経が優位で、交感神経の働きは抑えられている。

 

しかし、夕食で高血糖になった後に夜間低血糖を起こして急激に血糖値が変動することで、交感神経が亢進し、血管の収縮や血圧の上昇、不整脈を生じる。

 

その結果、冠動脈プラーク破綻などが起こりやすい状態になり、心血管イベントにつながると考えられている。

 

 

血糖トレンドを用いた治療介入を

今後は血糖トレンドを把握することにより、治療で生じる低血糖や食後の高血糖など血糖値の変動を最小化することが新しい治療目標になるだろう。

 

南昌江内科クリニック院長の南昌江氏は「エビデンスの蓄積はこれからだが、血糖変動の幅を抑えられれば、心血管イベントの発生は間違いなく減るだろう」と期待を隠さない。

 

血糖トレンドは、近年登場した低価格の持続血糖測定器FreestyleリブレPro(CGM)とFreestyleリブレ(FGM)によって、プライマリ・ケア医でも測定が容易になった(関連記事)。

 

CGMとFGMは、腕部に装着するセンサーとセンサーからデータを取得する本体のセットからなる医療機器で、価格はどちらも約2万円。装着した500円玉大のセンサーに本体をかざすと、血糖値が本体画面に表示されるという仕組みだ。

 

センサーを装着すると針が皮下組織に挿入された状態になり、針先でグルコース濃度を測定する。間質液中のグルコース濃度が血糖値と相関することを利用し、血糖値の変動をシミュレートする。

 

14日間続けて使用できるので、その期間の血糖値の推移を途切れなく知ることができる。

 

 

南昌江内科クリニックの南昌江氏は「食後高血糖などの存在を見える化することで食事指導を行いやすくなった。目で見て分かるので患者のモチベーションも向上する」と話す南昌江内科クリニックの南昌江氏の写真

南昌江内科クリニックの南昌江氏は「食後高血糖などの存在を見える化することで食事指導を行いやすくなった。目で見て分かるので患者のモチベーションも向上する」と話す。

 

CGMでは検査期間が終了したら患者のセンサーを回収し、医師が持つ本体で血糖値の変動を後ろ向きに確認する。

 

一方FGMは患者が本体を所有し、装着している間は食事前や服薬後など好きなタイミングで患者が血糖値を測定できるという特徴がある。

 

CGMとFGMのどちらを使用しても最終的には連続14日間の血糖値トレンドの把握が可能になる。

 

南氏のクリニックでは、FGMを用いた治療介入によって血糖変動が改善したケースがある(下症例)。

 


70歳代女性、1型糖尿病(南氏による)


 

70歳代女性(1型糖尿病)の血糖変動の改善を表す図

 

HbA1cは6%台と良好だったが、SMBGの記録を確認すると血糖値が50~60mg/dLまで低下していることがあった。診察の際に「低血糖は危険なのでインスリンをもう少し減らすように」と指示するも、「そうすると血糖値がすぐに上がるからできない」と消極的だった。そこで血糖トレンドを確認したところ、しばしば夜間低血糖を生じていることが判明(上図)。患者も危機感を覚えインスリン量を減らし始めた。夜間や夕食前の低血糖が多いと分かり、患者自身が持効型インスリンと昼食前のインスリンを減らしたことで良好な血糖コントロールに近付いた(下図)。

 


 

 

血糖トレンドを活用すると、どの時間帯に介入を強化するべきかが明らかになる。上記の症例では、持効型インスリンを減らすことで夜間低血糖を、昼食前のインスリンを減らすことで夕食前の低血糖を防ぐことに成功した。

 

また高血糖について南氏は「食後の散歩やインスリン量の調節を行うよう指導している」と話す。

 

こうした指導を行った結果、血糖の変動幅が改善し、血糖値の目標範囲(70~180mg/dL)に収まる時間が長くなっている。

 

2型糖尿病の診療では、経口薬を選択する際にも血糖トレンドが参考になる。

 

糖尿病・内分泌内科クリニックTOSAKI(名古屋市天白区)院長の戸崎貴博氏は「一般的な治療介入として、低血糖を生じているようであればスルホニル尿素薬などを避け、低血糖を起こしにくい薬剤への変更が勧められる。経口薬は患者の病態によって効果に個人差が生じるので、血糖トレンドを見て効果を確認することで最適な処方を検討することができる」と説明する。

 

Freestyleリブレを使った臨床研究を進めている糖尿病・内分泌内科クリニックTOSAKIの戸崎貴博氏の写真

Freestyleリブレを使った臨床研究を進めている糖尿病・内分泌内科クリニックTOSAKIの戸崎貴博氏。同院のウェブサイトでは患者向けに臨床研究への参加を呼びかけている。

 

例えば1週間ごとに経口薬を変更し、その効果をそれぞれ血糖トレンドで評価すれば、より効果の高い薬剤を選択できる。

 

「これまでHbA1cでは効果を確認しづらかったα-グルコシダーゼ阻害薬やグリニド薬による食後高血糖の改善効果も分かるようになった。DPP-4阻害薬を内服することで低血糖の頻度を減らすことができた症例もある」と戸崎氏は話す。

 

また、経口薬を変更する際やインスリン量の調節を指導する際には、血糖トレンドを患者に見せることがポイントになる。

 

南氏の症例のように患者が治療変更に消極的な場合でも、実際に低血糖が生じていると患者自身が認識できれば、モチベーション向上につながるという。

 

FreestyleリブレProは2016年に、Freestyleリブレは2017年に発売されたばかり。普及はこれからだが、今後は血糖トレンドで血糖値を管理する動きが広まっていくだろう。

 

 

<掲載元>

日経メディカルAナーシング

Aナーシングは、医学メディアとして40年の歴史を持つ「日経メディカル」がプロデュースする看護師向け情報サイト。会員登録(無料)すると、臨床からキャリアまで、多くのニュースやコラムをご覧いただけます。Aナーシングサイトはこちら

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