「私のがんは遺伝性ですか?」何も答えられない看護師ではいられなかった

インタビューに答える遺伝看護専門看護師、大川さんの画像

「私のがんは遺伝性ですか?」何も答えられない看護師ではいられなかった|遺伝看護専門看護師

 

Profile

遺伝看護専門看護師

大川 恵(おおかわ・めぐみ)さん

聖路加国際病院 看護部 

▼2016年度、聖路加国際大学大学院 看護学研究科 博士前期課程 修了

▼2017年度~、遺伝看護専門看護師

 

2017年から認定が始まったばかりの遺伝看護専門看護師。その人数は全国で11人(2020年12月現在)と、13分野の中で最も少ない領域となっています。

 

その一人、大川恵さんは、聖路加国際病院(東京)で遺伝診療部と腫瘍内科・乳腺外科外来の業務を兼任し、遺伝性疾患を抱える患者さんのサポートに当たっています。

 

 

看護として学問として、患者さんを支える方法を

大川さんが遺伝看護の専門看護師を目指したのは、ある患者さんとの出会いがきっかけだったそう。

 

それは、大川さんが看護師12年目で、遺伝診療部での相談業務を担当するようになって間もないころ。まだ20代の、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC:Hereditary Breast and Ovarian Cancer syndrome)の患者さんでした。

 

がんを発症し、他院で切除手術による治療を終えていましたが、「おそらく自分は遺伝性のがんではないか。もしそうなら、でき得る予防として反対側の胸も切除したい」と、遺伝カウンセリングを訪れたのでした。

 

患者さんの相談に応じる部屋で取材に応える大川さんの画像

遺伝看護専門看護師を目指すきっかけになった患者さんとの出会いを振り返る大川さん

 

「若くして乳がんというだけでもショックだと思うのに、しっかり受け止めて勉強されてきた患者さんのその言葉に対して、看護師の私は何をどう伝えたらいいのか…。まったく役に立たない自分がそこにいました

 

と振り返る大川さん。

 

患者さんの胸に残った大きな手術跡を見たとき、

 

「いかに彼女がつらくて悔しいか、そして、がんとしっかり向き合っているか…。それが感じられて、看護として学問として、この患者さんを支える方法がきっと、ちゃんとあるはずだ!って思ったんですよね」。

 

働きながら聖路加国際大の大学院で3年間学び、遺伝看護専門看護師の"1期生"として資格を取得しました。


 

人生の節目で訪れる悩みに寄り添う遺伝看護

遺伝医療の急速な発展によって登場した、新しい領域である遺伝看護。

 

何より特徴的なのは「その人の人生に長期的にかかわり、サポートする看護」だという点です。

 

遺伝看護専門看護師の業務は、遺伝性疾患の患者さんへの治療や療養生活の支援、心理的ケアなど、直接的な看護だけではありません。むしろ、まだ発症していない段階から介入し、カウンセリングや遺伝子検査前後のフォロー、生活習慣の指導を行うといった間接的な看護が大きなウエイトを占めます。

 

さらに、ライフステージの変化などによって、患者さんの人生にたびたび訪れる「遺伝と向き合う場面」での意思決定を支援することも重要な役割です。

 

遺伝看護の特性ややりがいについて語る大川さんの画像

患者さんの人生に長期的にかかわるのは、遺伝看護ならではのやりがいでもある

 

 

「『子どもが大きくなったので、そろそろ遺伝について話そうと思う』と、がんの治療を終えてから10年ぶりに相談にいらっしゃる方もいます。

 

遺伝的な課題は患者さんが一生付き合っていくもの。長い人生の節目、節目にやってくる悩みに寄り添うのが、遺伝看護です」

 

卵巣がんになるリスクがあって、いつ子どもをもうけるべきか家族計画に迷ったり、パートナーや子どもへの自責の念で苦しんでいたりなど、遺伝看護専門看護師として大川さんがカウンセリングする悩みは多様です。ケアや相談の対象は親や子ども、兄弟姉妹に広がることもあります。

 

「遺伝看護専門看護師には、遺伝医療に対する深い理解に裏付けられた判断が求められますが、それだけでは不足です。

 

たとえば、医学的にはすぐ遺伝子検査が勧められるような場合でも、ご本人や家族の状況を考慮したら、いくつかの段階を踏んでからのほうが良い結果になることもある。

 

専門看護師の判断は、患者さんをケアする看護の視点があってこそ、だと思います」

 

と大川さんは強調します。


 

大切な患者さんとの思い出を語る大川さんの画像

大川さんが専門看護師を目指すきっかけになった患者さんからは数年前、お子さんが生まれたと報告があったそう。「『お母さんになりたいから私は死ねない』と言っていた彼女の夢がかなったんだなあって」


 

専門性を生かすのは「みんなと同じ現場」でこそ

大川さんは現在、専門看護師の専門性を生かして遺伝診療部でのカウンセリングを担当する一方で、一人のスタッフナースとして腫瘍内科・乳腺外科で通常の外来業務にも就いています。

 

それは、スペシャリストは究極のジェネラリストでなくてはならないという思いがあるから。

 

「『自分は専門家だから、他のことはしない』ではダメですよね。専門看護師はリーダーシップを取るべき立場ですが、ジェネラリストにできることをしない・できないでは、誰もついてきてくれません」と大川さん。

 

職場の同僚とコミュニケーションをとる大川さんの画像

「泥臭いかもしれないけど、現場で専門性を発揮できる存在でありたい」と大川さん

 

特に、新しい分野である遺伝看護専門看護師は「何をする人なのか」が、ナースの間にもまだまだ浸透していないことを指摘します。

 

「だからこそ、みんなと同じ現場の中で専門性を発揮することが大事だと思っています。

 

『遺伝看護の専門看護師って、こういうことができる人なんだ』『これを相談できるんだ』が見える。現場に専門看護師がいる意義は、そういうところにあるのかなって」

 

そう話す大川さんが専門看護師として力を入れているのが「教育」。

 

定期的な勉強会や日常の看護業務を通じて、遺伝看護に対する理解を深めてもらうことで、近頃では、「外来や病棟のナースが、患者さんの年齢や家族歴から遺伝性のがんの可能性に気づき、適切に専門部署につなげていく」――という事例が、どんどん出てきているそう。

 

「それによって患者さんのケアがどう変わったかフィードバックすることで、やりがいを感じてもらい、遺伝看護への関心も高まっている…かな?(笑)

 

私の究極の目標は、遺伝性疾患そのものへの理解が広がって、心理的・社会的に追い詰められる患者さんの悩みが減ること。そのためにも、遺伝看護のスペシャリストを目指す看護師が増えてほしいと思っています」

 

 

看護roo!編集部 烏美紀子(@karasumikiko

 

(引用・参考)

専門看護師(日本看護協会)

聖路加国際病院遺伝診療センター

遺伝性腫瘍(HBOC、リンチ症候群)(国立がん研究センター中央病院)

遺伝性乳がん卵巣がん症候群(岡山大学大学院試薬学総合研究科臨床遺伝子医療学)

 

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