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2017年11月14日

静脈注射が原因で神経損傷?看護師が訴えられた事例

静脈注射、採血、点滴ルート等の静脈穿刺は、「診療の補助」の一つで、日常的な処置です。しかし、侵襲性のある医行為です。確率は低くはありますが、場合によっては神経損傷や、内出血、疼痛などの合併症が発生しますので、注意が必要です。

実際に医療事故で訴訟になった事例を元に、看護師さんが訴訟に巻き込まれないためのポイントをやさしく解説する本シリーズ。前回は、「入院中に重度の褥瘡が発生した患者さんの事例」についてのお話でしたが、今回は、「静脈注射が原因で神経損傷が起こった事例」についてお話します。

 

 

大磯義一郎、谷口かおり
(浜松医科大学医学部「医療法学」教室)

 

 

【実際に起こった医療事故例⑦:静脈注射により正中神経の損傷を負ったとの訴え

白石さん(20代、女性)は、X病院において、「メニエール氏病」と診断されました。藤川医師の指示で、看護師のはるかさんは白石さんにメイロン®とメチコバール®の静脈注射をしました。白石さんは、はるかさんが注射針の刺入の際に、正中神経を損傷した(またはメイロン®が静脈外に漏出した)ため、左正中神経障害、カウザルギー、左肘痛等の後遺症が生じたと訴えました。

 

先生、私も静脈注射の独り立ちをしたのですが、まだまだ未熟で失敗も多くあります。患者さんに申し訳ないのですが、血管が見えづらい患者さんも多くて…。

点滴ルートの確保や採血は、看護師さんの業務である「診療の補助」として日常的に行われていますね。ただ、患者さんへの侵襲性がある医行為ですので、まれではありますが、合併症の恐れがあります。

私も、病院で決められた「静脈注射の手順書」をしっかり守るように先輩から厳しく指導されました。でも、注意をしていないと、神経を損傷するような事故につながるのですね。

平成14年に出された厚生労働省の通知により、「看護師等による静脈注射は診療補助行為の範疇である」と行政解釈が変更されました。そのため、日本看護協会は「静脈注射に関する指針」を作成し、安全に静脈注射を実施する体制を整えるための基本的な考え方を示しました1)。指針を参考に、個々のナースがスキルを磨くだけでなく、教育システムや質の評価など、組織的にも取り組む必要があります。

〈目次〉

 

医療事故:神経損傷が発生した背景と原因

静脈注射は看護師が行う処置の中でも、侵襲性のある医行為となります。正しい知識と、技術が必要となりますが、患者さんによっては穿刺が困難な場合があり、神経損傷の危険性に十分注意しなければなりません。

本件における医療事故の背景の詳細や看護師さんの対応を見て、どこに問題があったかを一緒に考えていきましょう。

 

1メニエール氏病と診断、メイロン®とメチコバール®の静脈注射が行われた

白石さんを診察した藤川医師は、メニエール氏病と診断し、メイロン®とメチコバール®の静脈注射をするよう、はるかさんへ指示を出しました。はるかさんは、白石さんの左肘内側の尺側正中皮静脈に注射針を穿刺しました。

 

2白石さんは注射針の刺入時、痛みを訴えた

白石さんは、針を刺された部分に激痛が走り、指先のしびれや寒気を感じましたが、我慢をしていました。はるかさんは薬液を注入する前に、少し抵抗を感じたため、「もしかして痛い?」と問いかけたところ、白石さんは「すごく痛い」と答えました。

 

3はるかさんは、注射針の痛みであると判断、そのまま薬液を注入した

はるかさんは白石さんに、痛みを確認しましたが、「激痛」ではないと判断。また、薬液の漏出による発赤や腫脹などの静脈炎を疑わせる所見もなかったため、注射を継続し、問題なく完了しました。注射後、白石さんは特に何も訴えることなく帰宅しました。

4白石さんの左肘痛が持続、手指の動きに支障を来すことに

静脈注射の翌日、白石さんは、注射後より腕の違和感があり、ほかの病院を受診したところ、左肘痛、左上肢機能障害、左前腕痛と診断されました。注射した日から3日後、白石さんは症状が出現しているため、再度X病院を受診。注射部位に赤紫色の跡が認められましたが、握力検査等に問題はなく、藤川医師は特に治療の必要はないと判断しました。

しかし、白石さんはさらに別の病院も受診していて、そこで注射から2日後に正中皮静脈血腫、左全指の知覚低下、注射から4日後にはティネル徴候(*)が認められていました。そのため、白石さんは静脈注射が原因で正中神経障害、カウザルギーの後遺症が残ったとして、X病院に対し1億1,500万円の損害賠償を求めました。

memoティネル徴候

手首の正中神経が何らかの障害を受けた際、手首の真ん中あたりを軽く叩くと、親指から薬指にかけて放散痛が生じること。

 

医療事故から学ぶこと~静脈穿刺は、禁忌部位を避け、患者さんへの配慮が必要~

Point!

  • 静脈穿刺時の適切な部位への注意義務
  • 静脈穿刺時の患者さんへの対応
  • 患者さんへの説明

静脈穿刺は、日常業務の中でも侵襲性がある医行為の一つです。特に、穿刺による神経障害は、確率は低くはありますが、起こり得る合併症です。もちろん、経験による手技のうまい下手はありますが、過去の判例では、技術の質よりも正しい血管の選択や手順書を遵守しているかが重要な争点となっています。

 

静脈穿刺時の適切な部位への注意義務

患者さんによって、血管のわかりやすさは人それぞれです。新人の看護師さんや、経験が少ない看護師さんにとっては、血管を選ぶだけでも困難な時もあります。

本件では、左肘内側から尺側正中皮静脈に穿刺を行いました。この血管は通常、静脈注射や採血等で選択される血管です。

判決文によれば、「正中神経本幹に注射針が刺入された場合、その疼痛は相当強く、そのまま薬液の注入を行うことは不可能であるから、本件において、正中神経本幹に薬液が刺入された可能性は否定し得ると考える。一方、皮神経に注射針があたった可能性は否定できない」としています。つまり、はるかさんが、「正中神経走行部位等の不適切な部分に注射針を刺入することがないように十分に注意する義務」に違反していないとしました。

裁判所は、「静脈注射により、正中神経が損傷されたとすれば、特段の事情がない限り医療従事者の義務違反を推認することができる一方で、静脈注射により皮神経が損傷されたとしても、それのみをもって医療従事者の義務違反を推認することができない」、とし、皮神経損傷を完全に予防することは困難であると認めています。しかし、皮神経損傷を極力避けるよう注意する義務があります。

 

静脈穿刺時の患者さんへの対応

本件においては、白石さんは、針を刺された部分に激痛が走り、指先のしびれや寒気を感じましたが、我慢していました。そして、はるかさんに「痛い?」聞かれて、「とっても痛い」と訴えましたが、そのまま注射は継続しています。

しかし、裁判所の判断は、「薬液の注入に抵抗を感じたこと、原告に対し、疼痛の有無を確認したことは認められる」「本件注射を中止すべきと判断されるほどの激痛を原告が訴えたことを認めるに足りる証拠はなく、本件注射を継続したことについて義務違反があるとまではいうことはできない」として、はるかさんの注意義務違反は認めず、一連の静脈注射の手技に関して問題はないとしました。

 

患者さんへの説明

はるかさんは、白石さんに「痛い?」としか聞いていません。痛みの説明をもう少し詳しくしておけば、白石さんは我慢をせず、もう少し強く痛みを訴えた可能性があります。

そのため、静脈注射を行う前に、患者さんへ注射針を刺した時の痛み、神経に刺入した場合の痛み、薬液を注入する時の痛みなど、具体的に説明し、注射の最中も患者さんへ確認しましょう。また、注射が終わった後も、「何か異常はないですか?」など声かけをしましょう。

 

本件の結末~白石さんの主張は認められず、棄却

判決文によれば、「本件注射により、原告の何らかの神経が損傷し、それに起因して左上肢機能障害、左前腕部痛、正中神経領域の障害が生じたことは認められるが、本件注射の針によりあるいは注射液が漏出することで直接損傷された神経がどの神経であるかについては、不明というほかなく、それが正中神経であるとまで認めることはできない」とされ、看護師のはるかさんに注意義務違反があるとは認められず、白石さんの請求は棄却されました。

 

[参考文献]
1)社団法人日本看護協会静脈注射の実施に関する指針.2003.(2017年10月10日閲覧)
2)TKC法律データべース.(2017年10月11日閲覧)

 

 

〈次回〉

第2話:静脈注射でどの血管を選ぶべき?判例から解説

⇒『ナース×医療訴訟』の【総目次】を見る

 


[執筆者]
大磯義一郎
浜松医科大学医学部「医療法学」教室 教授
谷口かおり
浜松医科大学医学部「医療法学」教室 研究員


Illustration:宗本真里奈


著作権について

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