1. 看護roo!>
  2. ステキナース研究所>
  3. 日経メディカルAナーシング>
  4. 先生がそこまでおっしゃるならお願いします|忘れられないカルテ

2019年04月01日

先生がそこまでおっしゃるならお願いします|忘れられないカルテ

【日経メディカルAナーシング Pick up!】

談話まとめ:加藤勇治=日経メディカル

 

医師なら誰にでも「忘れられないカルテ」がある。後日、冷や汗をかいた症例、奇跡的にうまくいった自慢の症例、「なぜあのとき…」と今でも後悔している症例、などなど。ことあるごとに思いだし、医師としての自分の成長を支え続けている、心に残るエピソードを集めた。

 

ある土曜日、私は脳外科救急当番で朝の8時半から忙しくしていた。

 

午後5時までの勤務で、その後は後輩の脳外科医にバトンタッチだ。午後4時半を過ぎ、このまま無事終わってほしいとぼんやりと考えていた矢先だった。

 

救急認定看護師が走ってきた。この看護師は優秀で大好きなのだが、彼女が走って来るとき、大抵何かが起こる。

 

「先生!〇〇整形外科から患者さんのことで電話が入っています。脳外科の先生に代わってほしいとのことです」

 

「分かった」

 

ほら、やっぱり。

 

「はい、脳外科の角南と申します」

 

「〇〇整形外科です。72歳の女性ですが昼過ぎから意識レベルが低下して、今は反応がありません。脳卒中かと思うんですが、救急搬送よろしいでしょうか」

 

「了解しました。すぐに送ってください」

 

救急搬送されてきた72歳女性は腰椎圧迫骨折で2カ月前から入院していた。幸いもう痛みはなくなり、近々退院の予定だったそうだ。ひとり暮らしの年金生活。搬送には姉と妹が付き添ってきた。

 

意識レベルは300で瞳孔は散大。血圧は安定していたが、呼吸は失調性でSpO2は88%。すぐに酸素を開始した。

 

ルート確保の後、頭部CT検査を行った。前医が言ったように脳梗塞・脳出血などを考えていたが、CT画像は両側の慢性硬膜下血腫を示していた。血腫によって大脳は異常に圧排されており、脳室はスリット状になっている。

 

まだ間に合うだろうか……。いや、間に合わないかもしれないが血腫除去しか選択肢はない。

 

すぐに姉と妹を部屋に呼んで説明した。

 

「慢性硬膜下血腫といって頭蓋骨と脳の間に血液と髄液が混じって溜まっています。おそらく圧迫骨折になったとき、頭も打ったのかもしれません。そのときは大したことはなくても、脳の表面の血管に傷が付いてじわじわと溜まっていくんです。今朝まではぎりぎりの状態だったのでしょう。ひょっとしたら少し前からいくらか頭痛があったかもしれません。ある閾値を超えると急に症状が出ることも多いのです。患者さんはそうして意識がなくなっていったものと思います。瞳孔も開いており、かなり悪い状態です」

 

しばらく沈黙が続き、姉が重い口を開いた。

 

「助からないのでしょうか」

 

「今のままでは助からないでしょう。血腫を取り除くしかありません。間に合うかどうかわかりませんが、手術をして血腫を除けば意識が回復する可能性があります」

 

このとき姉と妹の表情が少し曇ったように見えたのは気のせいではないかもしれない。

 

「ということは、手術してもよくならないかもしれないんですね……」

 

「そうです。脳のダメージがひどいと回復しないかもしれません」

 

しばらく姉と妹は顔を見合わせて相談していた。そしておもむろに2人は「手術はしなくていい」と言った。

 

確かに急性硬膜下血腫で意識レベルが300であればあきらめて保存的治療としたかもしれない。

 

しかし、この患者は慢性硬膜下血腫だ。意識障害が始まってから時間はさほど経過していないだろう。ここはもう一度説得するべきだ。

 

「手術は局所麻酔でできます。両側を続けてやりますから、時間も1時間程度で済みます。良くなる可能性はあると思っています。やらせていただけませんか」

 

「でも寝たきりになるかもしれませんよね」

 

「はい。その可能性もあります。でも意識がなくなってから何日も経っているわけじゃありません。良くなる見込みは十分にあります」

 

「でも、介護がいるようになると、私たちも困るんです……。まったく元通りにはならないでしょ」

 

「まったく元通りは確かに難しいかもしれません」

 

「妹は今まで1人でそれなりに元気でやってきたんです。ひとり暮らしが無理なら手術しても…、ねえ」

 

「そのときは相談に乗りますので、手術をやらせてくれませんか」

 

このまま保存的治療だけという選択肢は、私には取れなかった。だから食い下がった。

 

確かに2人の気持ちも分からないでもない。相談に乗るって言ったって、私ができることには限りがある。

 

でも今、目の前に回復する可能性がある患者が横たわっている。そして私には手術をするスキルがある。私がここで「そうですか」と言うわけにはいかない。そう思った。

 

「わかりました。先生がそこまでおっしゃるならお願いします」

 

こうして私は両側慢性硬膜下血腫の手術を始めた。まずは左側からだ。頭皮にメスを入れても、反応は全くない。型のごとく手回しドリルで穿孔。硬膜に十字切開を加えると血腫の被膜が盛り上がってきた。被膜を破ると血腫が飛び出した。ちょうど100mL。

 

続いて右側だ。患者は微動だにしない。血腫は90mLだった。ドレーンは入れず、CT室へと移動した。

 

希望と不安が入り交じる複雑な気持ちだったが、手術の手応えはあった。脳の拍動はしっかり確認できた。画像が画面に出てくるまでの時間がいつもより長く感じた。

 

よし、血腫は除去できた。新たな出血もない。手術は問題なしだ。

 

しかし、ICUへ入るも意識レベルは300のまま。瞳孔も散大したままだった。

 

家族をICUに招き入れ、面会してもらった。そして明日の11時に再びICUで面会し、その時に病状を説明すると約束し、私も帰宅した。

 

帰り道、自分がどうやって帰ったかよく覚えていない。

 

翌朝、目覚ましは不要だった。5時に目が覚めた。すぐにICUへ電話した。

 

電話口で担当ナースの弾んだ声が響く。

 

「先生、ベッドに座って今もお話ししています。麻痺もありません。患者さん、少し興奮気味にしゃべっていますよ」。

 

「!!」。

 

言葉が出なかった。でも思わず涙が出た。

 

久しぶりに興奮する出来事だった。慢性硬膜下血腫の手術でここまで興奮し、そして感謝したことはない。

 

もう眠気は吹き飛んだ。食事も摂らず、すぐに病院へと向かった。

 

このときの朝日は今でもよく覚えている。

 

<掲載元>

日経メディカルAナーシング

Aナーシングは、医学メディアとして40年の歴史を持つ「日経メディカル」がプロデュースする看護師向け情報サイト。会員登録(無料)すると、臨床からキャリアまで、多くのニュースやコラムをご覧いただけます。Aナーシングサイトはこちら

この連載

もっと見る

コメントを投稿する

コメント入力
(100文字以内)
ニックネーム
(12文字以内)

コメント一覧(7)

7mao2019年04月02日 14時44分

なんでこんなに叩かれるの。これは違うという意見もある。家族の思いもある(これは情報によって揺れる)。そしてどうしても命を救いたいという想いと技術を持った人がいる。だから話し合うんでしょ?

6ピコ2019年04月02日 12時18分

家族が手術しなくていいって言ってるのに…それを押し切って手術する医師って…患者、家族の意思って一体…

5匿名2019年04月02日 07時58分

姉妹の気持ちわかるわー。
困るんだよね、一人で暮らしてもらわないとさ。

4匿名2019年04月02日 07時09分

家族より本人、良かったね

3もぐ2019年04月01日 21時57分

本人も手術したいと思っていた可能性もあるけれど、もしこの家族が、しないという最終選択をした場合、医師の意見に背いたことは苦しく、ずっと残ると思う。

2あち2019年04月01日 21時01分

相談に乗るのは実際には医者ではないし、介護するのも医者ではない。今回はたまたま結果が良かっただけ。医者のエゴにしか思えない。

1あち2019年04月01日 20時58分

選択肢を示しているようで医者のやりたい治療を選ぶような伝え方をし、結果、介護が必要になって苦しんでる患者家族が山ほどいる。

関連記事

  • 知っておきたい臨床で使う指標【総目次】 [05/25up]

      根本 学 (埼玉医科大学国際医療センター 救命救急科診療部長)   はじめに 臨床現場で使用することの多い指標は、ナースなら知っておきたい知識の一つです。 指標を上手く使いこなすことができると... [ 記事を読む ]

  • アドソン鑷子|鑷子(2) [06/22up]

    手術室にある医療器械について、元手術室勤務のナースが解説します。 今回は、『アドソン鑷子』についてのお話です。 なお、医療器械の歴史や取り扱い方については様々な説があるため、内容の一部については、筆者の経験や推測に基づいて解説し... [ 記事を読む ]

  • 脳外用マイクロ剪刀|剪刀(4) [07/13up]

    手術室にある医療器械について、元手術室勤務のナースが解説します。 今回は、『脳外用マイクロ剪刀』についてのお話です。 なお、医療器械の歴史や取り扱い方についてはさまざまな説があるため、内容の一部については、筆者の経験や推測に基づ... [ 記事を読む ]

  • 医療ドラマあるある!間違い探し【4】~オペ室編その2~ [04/05up]

    前回同様、舞台はオペ室です。 あなたは何個、間違いをみつけられるでしょうか? ※記事の最後におまけの問題つき! 【ライター:白石弓夏(看護師)】   ~上級編~3カ所の間違いを探せ!   ★... [ 記事を読む ]

  • くも膜下出血の手術 [11/17up]

    『BRAIN』2013年第1号<脳神経外科手術の合併症と術後ケア>より抜粋。 くも膜下出血の手術について解説します。 Point 術前は再出血予防,術後は脳血管攣縮対策が治療の要です。 脳血管攣縮が起きる... [ 記事を読む ]

いちおし記事

「急性期ベッドが減る」って本当に本当なの?|看護roo!ニュース

次の改定、7対1看護の条件がさらに厳しくなるかも!?なぜかというと… [ 記事を読む ]

与薬原則の6つのR、言える?

与薬のミスを防ぐために…! [ 記事を読む ]

人気トピック

もっと見る

看護師みんなのアンケート

看護師のお給料って安くないですか?

投票数:
1316
実施期間:
2019年06月28日 2019年07月19日

看護へのやる気がなくなったこと、ある?

投票数:
1220
実施期間:
2019年07月02日 2019年07月23日

「今年の夏こそ◯◯するぞ!」ナースの主張

投票数:
1112
実施期間:
2019年07月05日 2019年07月26日

こんなのあったらいいな「ナースのヒミツ道具」大募集!

投票数:
1028
実施期間:
2019年07月09日 2019年07月30日

疾患を見ると感じる季節は?

投票数:
978
実施期間:
2019年07月12日 2019年08月02日

残業代がきちんと出るなら残業したい?

投票数:
774
実施期間:
2019年07月16日 2019年08月06日
もっと見る

今日の看護クイズ 挑戦者281

乳児のバイタルサイン測定の順番で正しいものはどれでしょうか?

  • 1.体温→脈拍→呼吸→血圧
  • 2.呼吸→脈拍→体温→血圧
  • 3.体温→呼吸→脈拍→血圧
  • 4.血圧→呼吸→脈拍→体温
今日のクイズに挑戦!