人工呼吸管理中の患者の鎮痛・鎮静管理
『基礎からはじめる鎮痛・鎮静管理マスター講座』より転載。
今回は、人工呼吸管理中の患者の鎮痛・鎮静管理について解説します。
〈目次〉
- 人工呼吸管理中になぜ鎮痛・鎮静が必要か
- 人工呼吸管理中の鎮痛・鎮静管理の進め方
- 人工呼吸管理中の鎮痛・鎮静のアセスメントの視点
- 人工呼吸管理中のケアと鎮痛・鎮静
- ウィーニング
- 【コラム】no sedation って可能なの?
人工呼吸管理中になぜ鎮痛・鎮静が必要か
1鎮痛―患者さんがどんな苦痛を感じているのかを理解する
人工呼吸管理中の患者さんは,さまざまな苦痛を感じています(表1).
原疾患による疼痛(外傷,術後痛,がん性疼痛など)ならまだしも,その他にも,多くの身体的苦痛の原因となるような侵襲手技,治療デバイスや,精神的負担となるような環境など,痛みの原因となりうる理由を挙げればきりがありません.
人工呼吸器との不同調(吸いにくい,吐きにくい,呼吸困難感が改善しないもしくは悪化)も患者さんの苦痛の要因となるでしょう.
疼痛は患者さんの主観的な訴えであり,医療者が他覚的に知るには限界がありますが,人工呼吸管理中の患者さんは多くの苦痛を感じているという前提でかかわっていくことが大切です.そしてすべての患者さんは,適切な鎮痛療法を受ける権利をもっています.
人工呼吸器で管理されていても,患者さんが少しでも快適に過ごすことができるように,声にならない訴えに傾聴し,注意深く観察していく必要があります.
疼痛コントロールも重要ですが,痛みの原因となる病態にも対処しなければなりません.新たな創部感染,経腸栄養や排便困難に伴う腹痛など,新規に対処すべき合併症,有害事象が生じていることがあります.
2鎮静―鎮静の必要性,目的を考える
人工呼吸器を装着している患者さんは,全員にルーチンで鎮静薬の投与が必要なのでしょうか.
鎮静薬には,鎮静作用というメリットがある一方,さまざまなデメリット(副作用)があります.薬剤を使わなくてすむにこしたことはありません.そのため,鎮静の目的を理解して,必要最小限にすることが求められます.
鎮静の目的は,「患者さんの安楽安寧を維持する」ことです(表2).これは,看護の大きな目標・目的でもあります.
1. 患者の快適性・安全性の確保
- 不安を和らげる
- 気管チューブ留置の不快感の減少
- 動揺・興奮を抑え安静を促進
- 睡眠を促進
- 自己抜去の防止
- 気管吸引の苦痛を緩和
- 処置,治療の際の意識消失(麻酔)
- 筋弛緩薬投与中の記憶消失
2. 酸素消費量,基礎代謝量の減少
3. 換気の改善と圧外傷の減少
- 人工呼吸器との同調性の改善
- 呼吸ドライブの抑制
[日本呼吸療法医学会:人工呼吸中の鎮静のためのガイドラインより引用]
リスクのある鎮静薬を安易に使用せず,鎮静を要する原因を明らかにする.とくに,疼痛による不穏に対して鎮静薬を使用してはなりません.言うまでもなく,疼痛に対して投与すべきは鎮痛薬です.
そのため,鎮静の評価に先だって,痛みの評価を行います.
次に,鎮静が必要な状態であるかを確認します.無用な鎮静を行わないように,鎮静の目的(表2)を明らかにするように心がけます.
人工呼吸管理中の鎮痛・鎮静管理の進め方
1鎮痛
【STEP1】患者さんがどんな苦痛を感じているのかを理解する
疼痛の原因についてアセスメントをしましょう.表1のようなさまざまな要因が考えられます.
【STEP2】疼痛に対処する方法を考える
気管挿管されている患者さんにはすべからく苦痛があるものと判断し,鎮痛薬の投与を行います(PADガイドラインでも推奨).
第一選択は,静注オピオイド(医療用麻薬)です.
【STEP3】スケールを用い,疼痛コントロールを評価する
疼痛の評価には,主観的評価としてNRSやVASなど,客観的評価としてBPSやCPOTなどがあります(客観的な痛みの評価スケール参照).PADガイドラインでは客観的評価が推奨されています.
疼痛というのは主観的なものであり,鎮痛の目標は患者さんの疼痛の訴えを緩和することです.原因の考察にも役立ちますので,どこが,どのように痛いのか,声なき訴えを傾聴していくことが大切です.
どこがどのように痛いのかは,スケールではわからない重要な情報です.深鎮静の場合は,その情報を患者さんから得ることができませんので,主観的な情報を得るためにも,浅い鎮静管理にすることが治療戦略として有効です.
2鎮静
【STEP1】鎮静の必要性を考える
患者さんの安楽安寧を得るために鎮静薬の投与が必要かどうかの評価を行います.疼痛などの除去可能な原因がないか,繰り返しアセスメントをします(鎮痛・鎮静管理の流れ参照).
アルコールに関連したせん妄の場合,ベンゾジアゼピン系の鎮静薬が必要となります.
【STEP2】鎮静の目的に応じて,目標鎮静レベルを決める
鎮静薬使用の目的を明らかにすることで,おのずと目標鎮静レベルも決まってきます.また,不眠・不穏・興奮・不安・せん妄など,どの症状が問題なのかによって,対処も変わります.
本来であれば,PADガイドラインで示されているような,浅い鎮静深度での管理が好ましいですが,日本の医療機関の現状をみると,それぞれの施設で十分なマンパワーが確保できないような状況や,呼吸療法の専門スタッフの不足などにより,当面の妥協はしかたがないかもしれません.
しかし,施設ごとにできる限り鎮静深度を浅く保つ努力と,その時間をできる限り長く維持する努力は続けていく必要があります.
【STEP3】スケールを用い,適切な鎮静レベルかを評価する
鎮静の評価には, RASSやSAS,ラムゼイ鎮静スケールなどがあります(鎮静の評価スケール参照).PADガイドラインではRASSかSASでの評価が推奨されています.
せん妄が存在すると鎮静薬の過剰投与となってしまうことがあるため,鎮静評価に引き続いてCAM-ICUやICDSCでせん妄の評価を行います(せん妄の評価参照).
人工呼吸管理中の鎮痛・鎮静のアセスメントの視点
1鎮痛
疼痛は,そもそもなぜ生じるのでしょうか.その,なぜに着目しながら,痛みを患者さんのサインとしてとらえることが重要です.
疼痛の場合には,まず大前提として痛みを取り除くことが重要ですが,それと同時進行で疼痛の原因についても評価することが必須です.いたずらに対症療法のみを行うことは,問題を先延ばしにして,状態を悪化させることにつながるかもしれません.
たとえば,抜管が困難な状況での気管チューブによる咽頭痛に対しては,鎮痛薬での対症療法をするしかありません.しかし,回避することが可能な疼痛に対しては,対症療法を行うのではなく,その原因を除去する努力が重要です.
人工呼吸器設定の最適化,快適なポジショニング,可能な範囲内でのADLアップ,患者さん自身でできることはやってもらう,など対処可能なものはできる限り最適化するように心がけます.
そして何よりも,コミュニケーションをしっかり取ることが重要です.単純な要求であっても,気管挿管中はその思いを伝えるのに一苦労です.患者さんが,意思を伝えることができないと結論づけてしまうと,それから後は決して想いを伝えてくれなくなります.根気強く,思いやりをもって接することが大切です.
2鎮静
鎮痛が十分になされているかを第一に評価し,疼痛による不穏が疑われる,またはその可能性がある場合には鎮痛薬の投与を優先します.
鎮静薬の通常量投与で安静が得られない場合,疼痛,低酸素血症,急性循環不全などの原因が隠れていることが多いものです.
深い鎮静深度が必要な特殊な病態や,代謝のコントロールなど,治療上鎮静薬が必要な場合もありますが,人工呼吸器装着中であっても,鎮静薬以外でできるケアによって,できる限りの安寧安楽を提供します(表3).
- 患者とのコミュニケーション(共感,支持的対応,タッチング)
- 患者の置かれた状況の説明
- ベッド周辺の環境(音,照明,プライバシー)の調整
- 生活リズム(日時,光,睡眠リズム)の調整
- 家族との面会
- 安楽な体位
- 症状に対する対処(局所感染,低酸素血症,低循環などへの対応)
- チューブによる疼痛への対応(固定位置の修正,不要ものは早期に抜去するなど)
- 術後疼痛に対する鎮痛薬の投与
- 人工呼吸器の設定変更
鎮静管理は,患者さんに,治療中でありながらもできる限り快適に過ごしてもらうことが目的です.そのために,患者さんが快適に過ごすことができているかを看て,鎮痛薬・鎮静薬の適切さを評価していくことが求められています.
人工呼吸管理中のケアと鎮痛・鎮静
1体位ドレナージ
ケアの目的
人工呼吸管理中の患者さんの看護ケアは,ベッド上安静に伴う合併症のリスクを減らすことが目的です.合併症には,無気肺や人工呼吸器関連肺炎(VAP)などの呼吸器合併症,廃用症候群などの運動器合併症などがあります.
また,人工呼吸器からの離脱の遅れや依存状態,活動制限を予防し,患者さんの回復を早めるための介入手段として,体位ドレナージ,モビリゼーションに代表されるような理学療法を実施します.
人工呼吸管理中は,経腸栄養を実施していることが多いので,誤嚥予防のためにも,禁忌でない限り頭部挙上30~ 45度の体位を取り入れます.
鎮痛・鎮静管理上の注意点
体位ドレナージに伴って,刺激でバッキングを引き起こすことがあります.また移動による苦痛を感じることもあります.
実施時には,声かけやタッチングなど,不安・苦痛の除去に努めながら,鎮痛薬についても適切に投与されているか検討します.
意識レベルによっては,とくに腹臥位実施時などの場合,体動や起き上がりなどが問題になり,安全を確保するために鎮静薬の投与が必要となることがあります.
体位ドレナージの実施や鎮痛薬・鎮静薬の投与によって,循環動態が変動することがありますので,注意深い観察が必要です.
2気管吸引
ケアの目的
人工呼吸管理中は気道クリアランスを目的に気管吸引を行いますが,とくに患者さんの疼痛症状が強いケアの1 つです.鎮痛が十分になされているか評価しましょう.
鎮痛・鎮静管理上の注意点
気管吸引は,主に体位ドレナージとともに用いられることが多い手技ですが,分泌物が気管チューブ近辺に移動しなければ,吸引による分泌物の除去を行うことができません.不必要な気管吸引は差し控えるべきです.
気管挿管中の患者さんにおいて,体位ドレナージと気管吸引は気道分泌物の除去に役立ちますが,人間のもつ本来の咳嗽力には遠く及びません.できる限り咳嗽反射を良好に残すように努力しましょう.深鎮静,とくに筋弛緩薬を投与している場合,随意性の咳嗽が少なく気道クリアランスが著しく低下します.
3口腔ケア
ケアの目的
人工呼吸管理中の患者さんのほとんどが,自らが口腔ケアを行うことができません.そのため,看護師による口腔ケアが必要となります.人工呼吸器関連肺炎の主因は,口腔咽頭の分泌物の誤嚥ですから,できる限り清潔に保つことが重要です.
鎮痛・鎮静管理上の注意点
気管挿管中の口腔ケアは,気管チューブの操作時にバッキングなどの苦痛症状を引き起こすことがあります.適宜説明,声かけを行いながら,ケアを行うことが大切です.
通常の口腔ケアであれば,愛護的なケアにより鎮痛薬・鎮静薬の増量は必要ないかもしれません.しかし,バッキングによる頭蓋内圧亢進が問題となるような患者さんでは,鎮痛薬・鎮静薬のボーラス投与が必要なことがあります.
ウィーニング
鎮静の有害性は前述のとおりです.また,人工呼吸管理そのものも,人工呼吸器関連肺炎(VAP)や人工呼吸器関連肺障害(VALI)のリスクとなります.そのため,有害な人工呼吸管理からは少しでも早く離脱を進める必要があります.
ABCDE バンドル(ABCDEバンドル参照)に基づき,1 日1 回鎮静薬を中断し,人工呼吸器からの離脱が可能か,自発呼吸トライアル(spontaneous breathing trial:SBT)を実施し,評価します.
ウィーニングの実施方法
- ①個々の施設に応じた人工呼吸離脱プロトコルを作成し,適用する.
- ②毎日,人工呼吸器装着患者さん1 人ひとりについて,カンファレンスや申し送りなどで,SBT が実施可能か協議・評価し(表4),その結果を医療スタッフで共有する.
- ③開始基準を満たした場合に,SBT を実施する.その結果は,カルテに記録する.
[日本集中治療医学会,ICU 機能評価委員会:人工呼吸関連肺炎予防バンドル2010 改訂版より引用]
SBTの進め方
❶人工呼吸中と同じ酸素濃度とする.
❷設定:下記のいずれか.
1)T ピース下での自発呼吸
2)5cmH2OのPEEP + pressure support 5~ 7cmH2O
❸まず5分間観察する.この間で頻呼吸などの呼吸負荷による変化がみられることが多いので,必ずベッドサイドで患者さんの状態を頻繁に観察し,問題があればSBTを中止する.
❹問題がなければ,本試験に移行する.30~ 120分間観察する.
❺以下の条件を満たすときに成功と判断する.
1)バイタルサイン
・ 呼吸数< 35 回/ 分
・ SpO2 ≧ 90%
・ 高血圧,低血圧(収縮期圧> 180 mmHg,< 80 mmHg)がない
・ 頻脈,徐脈(> 140 回/ 分,< 60 回/ 分)がなく,ベースラインの脈拍数からの20%以上の変化がない
・ 危険な不整脈の出現がない
2)アセスメント
・ 意識状態の変化:不穏状態の出現,不安の悪化がない
・ 循環不全のサイン:末梢の冷感,冷汗の出現がない
・ 呼吸負荷のサイン:呼吸パターンの悪化,呼吸補助筋の使用,奇異呼吸の出現がない
❻ SBT不成功の場合
1)試験前の呼吸補助のレベルまで戻す.
2)翌日に再度トライする.
SBTのポイント
鎮静薬を中断する場合,鎮静薬の効果が切れて意識清明となるまでの間の鎮静状況が,患者さんが最も混乱し,自己抜管などのリスクも高くなりやすい状態となります.鎮静薬には健忘症状を伴うものもありますので,患者さんの置かれている状況を繰り返し丁寧に説明し寄り添う努力が必要です.
SBT実施中は,呼吸困難を感じることがありますので,患者さんが不安になっていないか注意深く見守ります.またそれとともに,呼吸回数や呼吸パターン,努力呼吸の有無,バイタルサインの変化を十分観察します.気管挿管のまま人工呼吸管理を中断してSBT(いわゆるTピース)を行うと,著しく呼吸仕事量が上昇することがありますので,さらなる注意を必要とします.
SBTが失敗した場合は,呼吸仕事量が上昇し,不穏を呈することもあります.呼吸仕事量が軽減されるように,人工呼吸器設定の変更を検討し,不安や苦痛を解消できるよう声かけやタッチングなど心理的なサポートをしていくことが大切です.
一定の基準に当てはまったら,当日のトライアルは中断し,明日のトライアルに向け一休みする旨を事前に伝えておくことも重要です.不成功が続くと,患者さん自身がSBTに嫌気がさしてしまうこともあります.トライアルが不成功だった場合,その原因を検索し「成功の可能性を高める何か」を1つでも行ったうえで翌日に備えましょう.上手くいかなかったとしても,共に考え,戦い歩んでいる姿勢が成功に向けた前向きな活力を作ります.
【コラム】no sedation って可能なの?
2010年に,人工呼吸患者さんに対する無鎮静プロトコルを実施した場合と1日1回鎮静を中断した場合を比較したno sedation プロトコルが発表されました1).無鎮静プロトコルを実施した場合は,人工呼吸管理日数,ICU滞在日数が有意に減少し,鎮静中断を超える効果が示されています.
以前は,人工呼吸管理に,鎮静薬投与はオプションとして必ずついてくるものだと考えられていました.しかし,本来セデーション(鎮静)の目的は,患者さんの不安を除去し,人工呼吸器を装着している患者さんであっても,快適性を確保することです.鎮静薬によって眠らせることと同義ではありません.
鎮静薬というのは,そもそも化学的な身体抑制です.薬剤には必ず副作用があり,大なり小なり臓器負担もあるものです.
気管挿管は非常にリスクの高い処置ですから,適切な鎮痛・鎮静あるいは筋弛緩薬の投与が必要になります.処置が終了すれば,薬剤の効果が切れ,患者さんは徐々に目覚めます.最も患者さんが混乱をきたすのは,この目覚める時だと考えられます.この時に,なぜ声が出ないのか,なぜ人工呼吸器が装着されているのか,病気と治療に対する説明を繰り返し行い,慣れるまでそばで見守ってあげることが大切です.
気管挿管されていても,適切な鎮痛管理がなされ,代替できるコミュニケーション手段があり,時間や場所と自らの病気と治療について納得が得られた患者さんは,多くの場合治療に協力をしてくれます(精神科疾患の既往や小児の患者さんは,無鎮静は困難である場合がありますが).そばにいる看護師,医療スタッフがしっかり患者さんの話を傾聴し,薬剤に頼るだけではなく,人の力で何か解決できることはないか患者さんと一緒に考えていく姿勢が大切だと思います.患者さんにとっては,快適性を与えてくれる看護師,医療スタッフの存在こそが,最も効果のある鎮静薬になるはずです.
[引用・参考文献]
[Profile]
池谷 まゆ (いけや まゆ)
日本赤十字看護大学大学院 看護学専攻
成人看護学領域 修士課程
*所属は掲載時のものです。
本記事は株式会社南江堂の提供により掲載しています。
[出典]『基礎からはじめる鎮痛・鎮静管理マスター講座~せん妄予防と早期離床のために~』(監修)道又元裕、(編集)剱持雄二/2015年2月刊行