患児・家族のために「なかったケア」を創り、仕組み化するチカラ

インタビューに答える小児看護専門看護師、井出さんの写真

患児・家族のために「なかったケア」を創り、仕組み化するチカラ |小児看護専門看護師

 

Profile

小児看護専門看護師

井出 由美(いで・ゆみ)さん

昭和大学病院 総合周産期母子医療センター

▼2007年度、聖路加国際大学大学院 看護学研究科 博士前期課程 修了

▼2019年度、聖路加国際大学大学院 後期課程 修了

▼2010年度~、小児看護専門看護師

 

学生時代から専門看護師になることが目標だったという小児看護専門看護師・井出由美さん(昭和大学病院、東京)は、新卒から5年の実務経験を積んですぐに資格取得へと走り出したそう。

 

現在は、"サブスペシャリティ"と自認するNICUで、専門看護師として実践や教育に活躍しています。

 

 

専門看護師は「変革者」、ならではの実践とは

今までなかったケアを創造すること。それが、変革者である専門看護師ならではの実践だと思うんです」

 

そう話す井出さんは現在、NICUの看護師が退院前に患児の自宅を訪問し、個別の状況に合った在宅療養を調整・提案する「退院前訪問」を標準的なケアとして病院に根付かせようと取り組んでいます。

 

自身の活動を笑顔で話す井出さんの写真

小児看護専門看護師としてNICUでさまざまな実践に取り組む井出さん

 

 

NICUからの退院とは、つまり「患児との暮らしを経験したことのない家族が、初めて赤ちゃんを自宅に迎える」こと。

 

生活のイメージが持てない家族をサポートする必要があり、NICUの退院支援は、成人の患者さんが住み慣れた自宅に戻る通常の退院支援とは異なる難しさがあると言います。

 

『生まれてからずっとNICUに入院していたわが子のことを分かっているのは、親である自分たちより看護師さんたちだ』――

 

NICU患児の家族に特徴的に見られる、こうした心理状況について井出さんは指摘します。

 

「そんな気持ちでいるご家族が、看護師から『自宅でもこんなケアしてください』と教わったら、とにかくその通りにしなければ…!と必死です。

 

一方、NICUの看護師は、『個別の家庭の暮らし』を十分に把握できているわけではありませんつい、病院のケアをそのまま在宅に持って帰ってもらおうとしてしまう。

 

そこに、どうしてもギャップや無理が生じてきてしまうんです」

 

職場の周産期総合センターで同僚たちと話している井出さんの写真

看護師、医師、患児と家族―。それぞれの思いや状況を調整しながらより良いケアを導くのは専門看護師の役割

 

 

NICUにおける退院前訪問は、まだまだ実践例は多くありません。

 

「『ケアのやり方は教えました、あとはご自宅の状況に合わせて考えてくださいね』ではなく、『一緒におうちに行きますよ、一緒に考えますよ』が言えたほうがいいですよね。

 

在宅生活の移行に不安を抱えるご家族へのサポートは、NICUにおいても必要な看護。それが当たり前にできる道筋をつくろうと思ってるんです」

 

 

家族が本当に中心になれる「家族支援」へ

まずは井出さん自らが実践者となって、出生後からNICUに長期入院した子や、退院後も医療的ケアが必要な子などを対象に、退院前訪問を実施してきました。

 

地域の保健師さんや訪問看護師さんの同行を調整するのも、大切なポイントです。

 

経管栄養や人工呼吸器を使用する子の家では、医療機器やベッドの配置を考えたり、入浴中にも吸引が必要になりそうなケースでは、家族の生活をシミュレーションしながら安全な動線を確保したり――

 

「お子さんとご家族を支える関係者がチームとしておうちに入り、『うん!これでOK!』と親御さんと一緒に確認することの安心感が、NICU退院後の生活へのスムーズな移行につながっているという手応えを感じます」

 

NICUでそばにいるママを見つめる赤ちゃんと、笑顔で母子を支える井出さんの写真

(写真:ご家族の承諾を得て井出さんより提供)

 

 

その手応えは、小児看護の専門看護師として井出さんが重視するFCC(Family-Centered Care:家族中心のケア)の視点からも重要なことだと指摘します。

 

FCC:ファミリーセンタードケア。周産期・小児医療において「患児・家族中心のケア」を示す概念。患児・家族の尊厳と多様性を尊重した支持的なケア、家族の意思決定を支援する十分な情報提供、対等で包括的なケア、家族とケア提供者のパートナーシップという視点を持つケア。

 

「アウェイである病院とは違う、文字通りのホームで、ご家族は主体的にお子さんとの暮らしを整え、養育能力が引き出される。看護師の指導を一方的に聞いてもらう医療者中心の支援では限界のあったところにまで、ケアを届けられているのかなと思います」

 

 

「一人で走ってもゴールは遠のく」

もちろん、こうした活動が「井出さんが一人で勝手にやっていること」になっては広がりはそこまで。

 

専門看護師が果たすべき実践は、次へ次へとつなげていく実践です。

 

そのためには、

 

この取り組みがなぜ必要なのかを伝える力、

周囲の理解を広げる力、

組織の仕組みを整える力、

 

―が必要だと井出さんは考えています。

 

専門看護師の役割について考えを話す井出さんの写真

井出さんが意識するのは「専門看護師が一人で突っ走らないこと」

 

 

「専門看護師は幅広い役割を担うべきではあるんですが、場合によって、現場での実践に役割が傾くことはある。その点では、認定看護師との違いは見えにくいかもしれません

 

けれども、その実践を積み重ねた先に、仕組みとして病棟・病院・地域に落とし込む。ここまでの動きを求められるのが専門看護師、なんじゃないかなと思うんです」

 

ゆっくりと、自分自身に確かめるように話す井出さん。

 

すでに「実践を仕組みに落とし込む」実績を築いてきました。

 

たとえば、

「生まれてくる子のNICU入院が予測される母親に対して、NICUスタッフが産前から介入を開始する」

というケアを、産科の外来・病棟も巻き込んで標準化したこと。

 

今はまだ井出さんが実践の中心になっているNICUの退院前訪問も、いずれは同じように「専門看護師がいなくてもできる仕組み」につくりあげていきたいと考えています。

 

「こうできればもっと良いケアができる、と見つけたことがあっても焦らない。専門看護師だけが突っ走っても、ゴールってかえって遠のくものですから

 

長期戦でじっくり取り組む粘り強さも、仕組み化を働きかける専門看護師の大切な力なのかもしれません。

 

 

看護roo!編集部 烏美紀子(@karasumikiko

 

(参考)

NICUの看護師が認識する家族中心のケア(Family-Centered Care)の利点および促進・阻害要因(浅井宏美、森明子:日本看護科学会誌35巻(2015))

 

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