母乳によい食事

『新訂版 周産期ケアマニュアル 第3版』(サイオ出版)より転載。
今回は母乳によい食事について解説します。

 

中井抄子
滋賀医科大学医学部看護学科助教

 

 

母親の食事と母乳に関するエビデンス

母乳は母親の血液から産生され、児の成長・発育に不可欠な栄養素を多く含んでいる。産婆時代には、児においしい母乳を与えることや乳房トラブルを避けることを目的に、あっさりとした和食を推奨していたという歴史があるが、それについて明確なエビデンスはない。

 

児が母乳を吸わなくなって困ったという経験をもつ母親に対し、母親の摂取した食物が母乳の味に影響を及ぼしており、嫌な味の母乳だから飲まないのだと伝えられていた過去もある。しかし、実際には母親の摂取した食物と母乳の味についての関連について明らかになっていない。

 

また、乳製品や脂っこいものを摂取すると乳腺が詰まりやすくなるため、それらの食物を避けるように今も指導されている現状があるが、それらの関連を示唆する研究はあるが、明確なエビデンスは確立されていない。よって、特定の食物を避ける指導が適切であるとはいえない。

 

母親自身が自分の食事が悪かったから児が吸い付いてくれない、乳腺が詰まってしまったと自責の念をもつことにつながる可能性があることから、根拠のない食事指導を行うことは、母親にとって不必要なストレスとなりうることを知っていておく必要がある。

 

母乳栄養率

日本の母乳栄養率は高く、平成17年度と平成27年度の乳幼児栄養調査結果を比べて、生後1か月では42.4%から51.3%へ、生後3か月では38.0% から54.7%へと増加しており、混合栄養も含めると母乳を与えている割合は生後1か月で94.9%から96.5%へ、生後3か月で79.0%から89.8%へと増加している。

 

 

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授乳期に推奨される食事

基本的には「バランスのよい食事」を勧める(図1参照)。児の発育・発達によい栄養素について述べる。

 

図1 妊娠中・産後のママのための食事BOOK

妊娠中・産後のママのための食事BOOK

(厚生労働省の平成29年度子ども・子育て支援推進調査研究事業)

 

エネルギー

授乳に伴うエネルギー消費は500kcal ともいわれており、母乳の産生のために+350kcalのエネルギーの付加が推奨されている1)。産褥期のエネルギー摂取量が1500kcal以下になると、母乳の分泌量が減ってくる2)

 

水分

乳房緊満や分泌過多を予防する目的に水分摂取を制限していた過去があるが、実際にはその効果はなく、身体の欲するままに水分摂取するとよい。逆に大量の水分を摂取することで、母乳の分泌を減らすことがあるという報告もある2)

 

脂肪

魚由来のn-3系多価不飽和脂肪酸を摂取することを勧めるとよい。n-3系多価不飽和脂肪酸であるアラキドン酸やDHA は神経系の発達のために必要な脂質である。目安の1.8g/日を摂取することで乳汁中に十分分泌できると考えられている3)

 

一方、トランス脂肪酸を含む食品を摂取すると、母乳中に移行し、児の多価不飽和脂肪酸の合成を阻害し、発達に影響を与える可能性が示唆されている4)

 

タンパク質

タンパク質の摂取は母乳中のタンパク質への影響はあまりなく、一定量が維持される。牛乳や卵といったタンパク源をアレルギー予防のために制限していた時代もあったが、現在は母親の食物摂取と児のアレルギーの関連については十分な根拠がないとされている。

 

母乳中の乳糖濃度は食事の影響を受けるが少ないとされている5)

 

鉄は母乳へ移行することから、母親は多くの鉄を必要とする。鉄を多く含む食事を摂取することで、母乳中の鉄レベルを最適にし、ラクトフェリンのバクテリアに対する役割を保護するといわれている。

 

鉄摂取の推奨量

産褥期にある女性の鉄の推奨量は18~29歳では8.5㎎/日、30~49歳では9.0㎎/日である。鉄を摂取するための食事の工夫については、「妊娠中期の食事」を参照。

 

カルシウム

カルシウムの吸収率は妊娠期に上昇し、授乳期には一時的な骨量の減少を認めるが、授乳終了後6か月間でほぼ妊娠前の状態に戻るため、付加は必要ないとされる。しかし、母親の摂取カルシウム量が少ないと母乳中の一定量を保つために母親自身のカルシウムを消費する2)ため、カルシウムを摂取するよう意識づけすることが大切である。

 

カルシウム摂取の推奨量

女性のカルシウム摂取の推奨量は650㎎/日である。

 

 

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母乳と嗜好品

アルコール

アルコールは母乳に移行することから、禁酒が推奨される。乳汁中アルコール濃度は飲酒後30~60分後に血中濃度が最大となり、飲酒量の2.0±0.2%が母乳に移行すると報告されている。また、母親の飲酒により児がアルコール中毒を起こしたという報告もある6)

 

さらに、飲酒はプロラクチン分泌を抑制し、乳汁の分泌量の減少や授乳期間を短縮させるといわれており、飲酒は授乳期の母児にとって悪影響を及ぼすといえる。

 

カフェイン

母乳中のカフェイン濃度は摂取後20分に血中濃度が最大となり、母親の摂取した量の0.06~1.5%が乳汁中に移行する。乳児の半減期は80時間と成人の20倍の時間を要するため、児の体内に蓄積されやすく、易刺激性や不眠などの影響が出る。児のカフェインの摂取量が1日800mg以上になると、乳幼児突然死症候群の発症リスクが上昇する6)

 

カフェインの摂取量

1日当たり5杯程度のコーヒーは影響がないといわれているが、これは約300mgのカフェイン量に相当する。紅茶は100mLあたり30mg、せん茶は100mLあたり20mgとされる。

 

Column

児の味覚の発達と母乳の味

生児は塩味、甘味、渋味、酸味をはっきりと弁別することができ、味に応じた表情や口や舌の動きを示すことが知られている7)

妊娠期から授乳期に羊水や母乳を介してさまざまな味に触れることで化学物質への経験が豊富となり、嗜好の変容や健康的な食物を好きになる習慣につながると理解されている8)ことから、母乳の味(成分)は児の将来の味覚の発達にとって重要な役割を果たしているといえる。

よって、妊娠期や授乳期に母親が様々な食物を摂取し、さまざまな味を経験することが児の食育につながるともいえる。

 

母乳の味

摂取糖分の多い授乳婦は母乳の糖度が高いことが報告されている。また、乳腺炎を起こした乳房の母乳は乳腺炎を起こしていない乳房の母乳と比較した結果、有意にうま味の増加と渋味の減少がみられることが報告されている9)

 

 

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引用・参考文献

1)日本人の食事摂取基準(2015年版)の概要、2015年12月23日検索
2)NPO法人日本ラクテーション・コンサルタント協会:母乳育児支援スタンダード、第4版、p.267~271、医学書院、2009
3)水野克己、水野紀子:あんしんナットク楽しく食べる赤ちゃんとお母さんの食事、p.23~28、へるす出版、2018
4)北村洋平:母乳成分の科学-脂質-、周産期医学、38(10):1217~1223、2008
5)中埜拓:母乳成分の科学-糖質-、周産期医学、38(10):1226~1229,2008
6)立岡弓子:乳房ケアのエビデンス、p.82~92、日総研出版、2013
7)河村洋二郎:味覚の生理学Ⅰ味覚整理学概論、調理科学、18(4):36~42,1985,
8)堀尾強:4. 子どもの味覚と嗜好の現状、小児科臨床、 67(12):29~34,2014
9)古田倫子、篠原ひとみ他:味覚センサを用いた乳腺炎による母乳の味の変化の分析、母性衛生学会誌、52(4):472~480、2012

 


 

本連載は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。

 

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[出典] 『新訂版 周産期ケアマニュアル 第3版』 編著/立岡弓子/2020年3月刊行/ サイオ出版

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